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ユリイカ短編選集

ニート達の未来

作者: ユリイカ

 御手洗用一(みたらいよういち 35歳) 元・屑ヒキニート


 頭が悪い、目が悪い、耳が悪い、反応が鈍い、頭はボサボサでジト目のようにボーッとした目つきが他人を寄せ付けない。

 おまけに不安神経症というものを患っており、米粒ほどの不安をまるで天が落ちてくるかのように悩み苦しむ病気に悩み苦しんでいた。苦悩に苦悩するのは馬鹿げているが、事実そのとおりだったのでどうしようもない。


 目が悪いのに眼鏡をかけないのは、昔、眼鏡で細身の男に侮辱された経験があるからだそうだ。自分が同じ人間になりたくないという意地だった。

 見えないことに支障はないが、道端に落ちてるポリ袋をなんとなく蹴り飛ばしたら白い猫だったとか、そういうことはたびたびあった。


 彼はエゴの塊だったが、自分の事しか考えられないのはしょうがないだろう。なぜなら病気だったのだから。

 だれもガン患者に「汗水流して働け」とは言わないはずである。「まず病気を治せ」と言うだろう。

 彼は「ニートの多くは精神的にも病んでいるはずなのに、無思慮な根性論を振りかざすことはおかしい」と言う。私もそう思う。


 さて、彼はあまりに強い退屈と苦悩と無為な日々に耐えかね、「屑」という漢字を筆ペンで朝から晩までひたすら丁寧に書いていたら、いつの間にか上達していた、というエピソードを嬉々と語ってくれた。しかし公共の場で「屑」という漢字を筆で書くチャンスは恐らく来ないだろう。


 これほどまで病的な神経症だったのであるが、止まない雨はないように、明けない夜はないように、彼の病気も少しずつ治癒に向かっていった。


 とは言え、彼が「自分は回復した」と意識したのは突然のことである。彼は突然閃いたと思ったが、「それ」はこれまでもそこにあったのだと思う。

 必要な時に必要な場所で必要な事を閃くのは必然であり、物語にとっては必須でもある。


 御手洗は自分の不安神経症が「未来が見えすぎる」ことによるものだとある日、ハッキリ理解したのである。そしてその未来が途方もなく暗く長い道であったが為に尻ごみして先延ばしにしてしまっていたのだ。彼はその日、自分についての全ての過去を水に流した。

 未来の彼(つまり現在の彼)はそのことについて至言を残している。

 それは



                *



「何書いてんだ臼井」


 文が途中で途切れて驚かせてしまったでしょうか。これまでの文を書いていたサイト制作担当、臼井清うすいきよしは社長に見つかって、上記のセリフと共にあえなくパソコンの電源を落とされてしまったのです。

 彼が咄嗟に押した緊急回避キーにより、それまでの文書は社内ネットワーク内に自動保存されているので、僭越ながら続きを私、矢田美幹やだみきが書くことにします。


 核心から言うと彼、御手洗用一が私たちの社長です。彼は屑ニートから一転して社長になったのです。


 と言っても社員は社長含めたった4人。しかも社員は全員元ニート。

 社名の株式会社NEWT(New Employees for World Transmission)もNEETからもじったものです。


 彼は偉大なる気づきから、自分を叩き直す為にまず底辺を覗くことにしました。

 登録バイトの最底辺。週払いや日払いと言った、なりふり構っていられない人が集まる場所。

 彼はそこで便所掃除をしながら、次々に入れ替わる仕事仲間から人間というものの情報を集めに集め、法則を洗い出しました。

 また、「これまでしてきたことの反対のこと」をはじめました。

 これが私たちが御手洗社長を尊敬するポイントです。


 だれもやりたがらないことをやり、

 他人に反発していたところを、尊重し、

 偉そうだとバカにしていた目上の人を、尊敬し、

 全て最初は形からでも整えたのです!(ついでにボサボサの頭も)

 そして大事なのは、こうして少しずつ這い上がっていく感じが、たまらなく爽快だったという事なのだそうです。


 これまで彼はこう思っていました。「先に諦めてしまえば苦しみを味わわずに済む」と。

 しかしそちらの道のほうが苦しいと悟ってからは、しぶしぶ面倒なこと、やりたくないこと、全部やってみてから決めることにしたのです。

 彼はある日、パソコンを窓から投げ捨てて以来、一度も触っていないそうです。


 未来とは決断の先にあるような気がします。でも当たり前すぎて教訓にはなりませんね……


 では、これから経理の仕事を、カップアイスを木のヘラでチビチビ食べながらやるので、牛丸君にバトンタッチしまーす。



                *



 あー、矢田さんに書けって言われたから書きます。

 牛丸と言います。本名じゃありません。


 昔は牛若丸って名乗ってたんですけどね。もう若くないって事で、若という字を取ったら牛丸になっちゃいました。

 牛若丸なのにネットでは弁慶だというのが笑いどころです。ウェッヘッヘ。

 そうです。広報ステマ担当です。


 Webサイト作りは臼井君に任せて、僕はそれを非合法的なやり方で拡散してます。

 使えるものは使う、をモットーに有用なフリーソフトや自動ソフトは全部使って、何かできないかなっていうのが僕のコンセプトです。炎上はさせますが、特定の個人に迷惑をかけるようなことはしてないつもりです。(まあこれは言い訳か)


 この会社の欠点は「全員愛想がない」というので、今の世界ならそれでもやっていける所がいいですね。

<!-- 経理の矢田さんの美貌だけはリアルでも使えますけど、彼女のメンタルのアフターケアが大変なのであまり使用しません。リアルの女なんて屑です、ハイ。矢田さんが敬語で書いてるから清楚だと勘違いする人もいるかもしれないけど、年上にも常時ため口のひどい女です。頼んだことの半分もやってくれない。経理兼事務なのにお茶すら出してくれない。何でも断るから「ヤダ」なんて名前なのかと、小一時間問い詰めたい。あ、ちなみにこの記号で囲むと特定の人しか見えないんで、この文は矢田さんのPCでは見えません -->


 アイデアを売るという行為を、より具体的に提供できるように形にするのが僕たちの仕事です。

 自分たちでも作るし、人のサイトも作ってあげる。

 つまり、個人のホームページがそのままその人のアイデアみたいなものですね。


 そのホームページが人気出るかは知ったこっちゃありません。それはその人の資質ですからね。

 僕らは個人主義の社会に生きるだけです。元ニートだからその辺がよくわかるのですよ。

 多くのニートが思っているのは「今はニートだけど、本当はぼくは特別な奴なんだ」ということ。


 僕らはそれに対して何もしません。ただ彼らの言うなりに仕事をします。

 そして彼らは自業自得ながらに自覚するのですよ。自分という存在は世界に対して何ら影響力を持たない、ただの無能なのだと。無能だと認めるのが怖いのは誰でもそうです。だからニートやうつ病を仮面にするのですが、それで特別になれると思ったら大間違いです。


 90億も存在する人間の海。その一滴の雫にすぎない僕らが、黄色だ赤だとわめいても、海の中に落ちてしまえば全部青に染まるわけです。

 僕らはそれを社長に教えてもらいました。その恩義で仕事しているとも言えます。

 今自分の価値に嘆きながらニートしてる人にも、行動しなければ何も意味を成さないという事を、間接的にでも教えてあげたいと思っています。何か上からですみません。



                *



 臼井です。いや申し訳ない。途中で社長に見つかってしまい、僕だけで仕上げるはずだった社長の経緯紹介(隠し)ページを三人で書く羽目になってしまった。

 こんな予測不可能なエラーを楽しめるのも社長のおかげかもしれない。昔の自分ならイライラして壁ドンしてたと思う。


 僕自身について言わせてもらえば、一人で生きているように思えるこの世界も、明らかにそれでは説明のつかないことが山ほどある。

 人間は社会的な動物で、みんな「自分という存在がどこかで役に立てばいいのに」と心のどこかで願っている。

 ニートをしていて自分の中のそれに気が付いた。だからニートの日々も無駄じゃなかったのだと思う。

 盛大に間違いを犯すことによって、何が正しいかに気付く。僕ら凡人にはその道しかなかったのかもしれない。


 最後にその道について、先ほど紹介できなかった社長の言葉を締めにしようと思う。









<未来が明るいというのは嘘だ。見通しの良い未来なんて存在しない。


 未来は暗いからこそ『次の一歩を踏み出したらどうなるのだろう』と好奇心を持って進めるのだ。

 奥に向かって進むほど暗くなるのは自明の理だ。よって未来とは常に暗いものなのである。



 考えてもみろ。そもそも未来が明るいってことはだ。自分の人生を歩む時に、自分がどんな人生を歩むかすでに知ってるって事だろ。

 事実はその逆だ。知らないからこそ生きられるんだ。俺はすでに知られた俺の灰色の人生をもう一度繰り返すなんて死んでも嫌だぞ>



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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いっ! いやマジで面白かったです。 読み終わってなんかスカッとしたけど、ニートの哲学に共感できる自分に少しゾッとした ww
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