編み物
家に帰って二階に上がってみると、N・Kと魔術機が居間で編み物をしている。二人は人機が流している音楽を鼻歌で追いかけている。N・Kの隣の椅子に腰掛けて二人に話しかける。
「ふーん、中々絵になることやってるじゃねえの」
N・Kは鼻歌を歌いながら俺に毛糸球と編み棒を差し出す。それを黙って受け取り、タコの編みぐるみを編む作業に入る。傍から二人の作業を覗いてみると、N・Kは既に犬と猫の編みぐるみを完成させ、今は鳥を編んでいる。対する魔術機は手袋を編んでいるが、一組目の片方も出来ていない。N・Kが笑みながら俺に話しかけてくる。
「手が止まってるわよ」
その言葉を聞いて手元に目線を落としてみる。タコの頭の部分が完成したところで止まっている。女どもに合わせて鼻歌を歌いながらゲソの部分を編み始める。あっという間に一本目が完成する。ふと手が止まる。正しいゲソの本数が思い出せない。思い出せないまま再び手を動かす。
四本目を編んでいるところで首に何かが巻きつく。それをマフラーだと認識した瞬間、背後からN・Kに抱きしめられる。俺は咄嗟に彼女に文句を言おうとするが、真っ赤になった顔で口をぱくぱくと動かすだけだ。そんな俺を見てN・Kが言う。
「いや~、あなたがこんなに可愛かったなんてあの頃は気付かなかったわ~」
不本意な発言にようやく反論が出そうになる。ところが彼女が俺を尚更きつく抱きしめてくるので、その言葉も消えてしまう。俺が何もできなくなってしまったのを見て彼女が離れる。マフラーを手に包めて放り投げる。俺は彼女に問う。
「いつの間にマフラーなんて編んだんだ?」
彼女がマフラーを受け止めて答える。
「あなたが自分の作業に集中してるときにね、まあ慣れた仕事だもの」
答えを聞いて次の問いを投げかける。
「で、なんで夏にこんなもん作っちまったんだよ」
彼女が笑って答える。
「今のやり取りをしたかったから」
そう言うと、彼女は席に着いて編みかけの鳥を再び編み始める。俺もゲソを編む作業を再開する。とりあえず八本が完成する。違和感は無い。間違いなく完成だとし、毛糸球と編み棒を置く。魔術機のほうを見る。片手の分だけは出来ている。もう片方を手間取りながら、黙々と作っている。俺とN・Kはそれを眺める。それに魔術機が気付き、俺達に背を向けて作業する。俺が言う。
「隠さなくったっていいじゃねえか」
魔術機が言う。
「嫌ですよ、恥ずかしい。それに見なくったっていいとも言えるじゃないですか」
N・Kの方を見る。彼女も俺の方を向く。二人で声を出さずに笑う。俺が言う。
「オーケー、じゃあ見ないようにするよ」
そう言って、俺もN・Kも魔術機を見つめ続ける。彼女は返答せずに作業する。黙々とした作業が続く。ふと悲鳴が上がり、作業をする手が止まる。魔術機が右手を上下に大きく振る。こちらを向く。目が合ってしまう。魔術機の頬が膨らんで赤くなる。編み棒を握る左手を大きく振り上げる。今度は振り下ろす。しかしそれは中途半端な所で止まる。また編む作業を始める。俺とN・Kはそれを延々眺め続ける。