4 引き籠り計画始動までの道のり…のハズ…その①
4 引き籠り計画始動までの道のり…のハズ…その①
「……駄目だ。俺にはありとあらゆるセンスがない」
そう呟き、私はカウンターに突っ伏した。
あのミラーが定めた期限が4日ほど過ぎたとある日。とある場所。ようやく、自分の事を「俺」呼びが馴染んできた頃。
今、私の目の前には、広辞苑のような厚みのある書物が二冊積まれている。
その表紙には、『魔法基礎』『魔法応用編』と書かれているのだが、まったくもって理解できなかった。よするに、読めたところで、それを理解できる頭とセンスがなければどうしようもないということだ。
最初のうちは真面目に、楽しく勉強できていてよかったのだ。ファンタジーみたいにカッコよく魔法を使う自分の姿を想像したりもしていた。それなのに、本当に現実はうまくいかない。一応、スキルとして魔法の使用はできるにはできるのだが、それを使うセンスが問題だった。
さらには、剣術もスキルを覚えることはできてもそれを使うセンスがなかった。
ようするに、スキルを使えるようになったとしても、それを使用する頭がなければ、宝の持ち腐れとしか言えないという事だ。世の中そんなにうまくできてないのだね。
「まぁ、気長にやりましょう。本来は幼少時より学校に入って、順序良く勉強していく過程を吹っ飛ばして覚えろって言ってるんですから、普通はこんなの到底無理な話ですよ」
アルファさんはそう言って慰めてくれる。ちなみに彼は今、私の専属の教師である。
「……あの二人はできるのになぁ」
そう、あの二人はずれているところはあるものの、とても優秀であった。
なんつーか…スペックの違いが如実に表れた結果が目の前に突きつけられていた。なんで、天才が二人もいるんだよ。
まだ四日目、されど四日目……たったそれだけなのに、完全に私は不貞腐れていた。
「まぁ、あの二人が規格外だったということでしょう。そんなの気にせず、ユーキはユーキなりに学べばいいと思いますけど?」
「わかってらい…」
「おい。ところで、お前らいつまでここにいるつもりなんだ?」
呆れたようなアルバさん。そう、ここはアルバさんのお店の一角なのである。今私たちは昨日からここに入り浸り、アルファさんの授業を受けていた。アルファさんは肩をすくめ
「ユーキが嫌がるんですよ。城で勉強するの。あの二人との差を見せつけられて……存外ユーキは負けず嫌いのようですからねぇ」
負けず嫌いは別としても、目の前でポンポンポンポン上級魔法を使われたらさすがにへこむ。私は今だに焚火を起こせる炎を出せるくらいだっつうのに…
ちなみに、今、私はアルファさんに「様」付けを止めてもらっている。そもそも、「様」呼ばれるほど自分はえらくないと思う。
「なるほど……」
アルバさんは突っ伏す私の頭をぐりぐりと撫でまわす。そして、チョコバーみたいなものを側にそっと置いてくれる。完全に不貞腐れたガキに対する扱いである。
私はそれをもそもそと食べる。
「さて、とりあえず、おさらいをしましょう。ではまず、魔法の源マナについてです。説明はできますか?」
「……この世界にはマナと呼ばれる魔法の源があり、そのマナは精霊や聖獣、悪魔、魔獣などのアストラル体の魂がマナに還ったものの集まりである……でしたっけ?」
「はい。よくできました。魔法はどうやって使うんでしたっけ?」
「魔法陣と演唱の組み合わせ……それが苦手なんだよぉ…あああああああ………」
この世界において、魔法を作動させるためにはまず、ベースとなる魔法陣を展開するところから始まる。そして、この魔法陣はどの魔法を呼び出すにしても基本的な根幹はすべて同じである。なので、そのベース部分を基にして、演唱によって火属性やら水属性やらのスペルをそこに組み込む事で、様々な魔法を具現化させるわけなのだが…これがまた原理はわかっても難しい。
さらに言えば、火属性だからそれだけを組み込めばいいというわけでもない。
例えば、炎の矢を出現させ、相手方に放つ場合、炎属性なのだから炎と形状だけを言えばいいというわけではない。それくらいなら難なくできるのだ。しかし、それを「放つ」ようするに「飛ばす」ためのスペルも組み込まなければならないのだ。
だったら、それ込みで暗記しちゃえばいいと思うだろうが、そんな簡単な話ではない。
そこに魔法の威力調整、対象指定、放つタイミングそんなもろもろの微調整…そういったものを考慮しなければいけないのだ。
この世界に来て実感したのは、実際の呪文とは、ただ暗記して放つだけではなかったという事実。そこには、綿密な計画をもっているものらしい。いや、本当に勉強になったわ。ってまぁ、しみじみしているわけにもいかないのが、実状なのだが……
「発現はできるんですけどね。微調整ができないってのは致命的ですよね」
アルファさんのため息交じりの声に耳を痛めながら、私は唸る。
そう、魔法は際限なく打てるわけではない。ここら辺りはRPGの要素を思い浮かべてもらえるとわかりやすい。MPが存在するのだ。そのため、力調節が必要になってくる。すべての魔法を全力発射なんぞしてたら、MPがいくらあってもしょうがない。どういう事かというと、私が同レベルの誰かと闘う場合、双方MP100だとして、私がある魔法を暗記したままの魔法威力MP80で放つ。別の人は調節してMP40で放つ。私は残りMP20、相手はMP60。どっちが優位であるかは歴然としているだろう。余談ではあるが、修行すれば、MPは筋力HPと同じく上がる。また、魔力レベルが上がれば、同じMPで放ってもその威力は全然違うらしい。…ならば、魔法威力調節だけ全部暗記…としたいところだが、対象指定、威力調節、タイミングなんかは暗記しようもない。その時々でバリエーションは無限といえた。
「あ~やんなっちゃうなぁ。あ~あ~…もぉ~だぁ~めぇ~だぁ~~……へへいへいへい……」
「よくわからない歌作ってないで、ちゃんとする!」
「……ちゃんとってもなぁ…」
私は背中に取り付けられているホルダーから銃のような形状のものを取り出し、引き金部分の円の部分に指を入れてクルクルと回す。
今私が取りだしたものは、魔法を使うためのいわば「杖」のようなものだった。
ちなみに、この「杖」の形状はさまざまではある。それこそ杖も存在するが、この世界の戦闘時は剣が主流のため、両手が使えるように携帯しやすい腕輪とか指輪を持つ人が多いらしい。私の場合はただ単純に、ピストルから魔法が出るなんてかっこいいと思って決めた。それも今なら浅はかだったかもと少し後悔していたりもするが…まぁ、しょうがない。
では、これをどのようにして使用するかというと、私の場合で説明すると、丁度ピストルの弾丸が出る位置に透明な菱形のクリスタルが取り付けられており、そのクリスタルにはベースとなる魔法陣が覚えこまされている。どの「杖」にもこのクリスタルが埋め込まれていて、このクリスタルの中にマナを充てんさせ、それを空中に魔法陣として映像展開させる。そこに演唱を加えて発現させる。ちなみに、所有者の声にのみ反応するようにあらかじめ登録もされているため、悪用される心配もないらしい。
「展開」
私の一言で光の粒子がクリスタルに収縮し、そして、一気に弾けるように青緑色の魔法陣が空中に出現した。直径にして1メートルくらいの円である。ちなみに、魔法陣の大きさはその人の内包する魔力の大きさにも比例するらしい。私の場合は上の中ぐらいらしいとのことである。
「ばっ!!こらっ!!ユーキ!!人の店の中で魔法陣展開するな!!アルファも見てないで止めろ!!」
「大丈夫ですよ」
アルバさんの慌てた声に、私もアルファさんも慌てることはない。むしろ、のほほんとしている。
魔法の演唱は長いので割愛させて頂くが、このベースである魔法陣に順序としては、使用する魔法の属性、魔力の強さ、発現場所などなど微調整のスペルを組み込んだのち……起動スペルとなるわけである。
「………炎」
ボンっと言う音とともに、菱形クリスタル頭上にチャッカマンの炎が揺らいだ。
ちなみに、今のでMPは半分も減っている。本来炎程度の呪文に魔力は半分もいらないのだ。
補足として、自分のパラメーターがどこでわかるのかというと、この銃型の筒の部分に魔力パラメーターが組み込まれている。そのメカニズムはよくわからないが、自分専用にカスタマイズされているので、この残量を目安にして、魔法を使うものらしい。
「………なんつーか……」
アルバさんは私の炎を眺めながら、小さくため息を吐いた。
「凄いだろー…不審火くらいならいつでもできるよ」
「それ犯罪ですからね」
この数日で培われたこの阿吽の呼吸の漫才をみよ。意思の疎通だけなら群を抜いていると思う。
「魔力半分使用してるからね。なかなか消えないんだわこれ……」
私はそれをゆらゆらと揺らしながら、アルバさんに言う。
「本当にユーキは落差が激しいんですよ。初めての魔法演習時、戦闘魔術を演唱させたんですけど、城の壁思いっきり破壊しましたからね。初めて使ってあの威力は驚きましたよ。…それなのに、基本的なことが全然駄目なんて……」
「……どーせ俺は残念さ」
あの時は早く使ってみたくて、アルファさんの話なんてほとんど聞いておらず、その状態で覚えたての魔法をなんも考えずに、意気揚々と唱えて放ったら、まぁ…城に穴を開けてしまったのだ。
「初めて魔法放って、大穴開けるくらいですから、センスはなくはないと思うんですけどね」
あの後、アルファさんにこってり絞られ、とりあえず、呪文には力加減とか位置情報の設定とかのスペルが混じっている事を改めて教えられたのだが、今だに魔法の原理がよく理解できず、呪文の切れ目が解らなかった。どっからどこまでが魔法属性なのか、加減呪文なのか、発現場所指定なのか…まったく理解できていないため、丸暗記したものをそのままの形でしか使えない。
「まぁ…人には向き不向きがあるわな。元々戦闘時は演唱時間がかかる魔法より、剣の方がメインでもあるし…双剣はどうなんだ?そこそこ使えるようにはなったのか?」
「まかせてよ。逃げるのと避けるのは最速なんだよ!」
「そうですね。逃げ足だけは早いですね」
「………それは、褒めればいいのか?それとも呆れればいいのか?」
「そりゃ、褒める方じゃない?そもそも、命あってのものだねだろ!」
「まぁ…そうですけど、避けるのと逃げるのが早いって……男なら立ち向かう事も必要ですよ」
生憎私は元が女であるため、そんな心意気はいらない。情けないと言うなら言えばいいんだ。
「ほかの勇者はどうなんだ?」
「ユリーシャ様は剣の上達速度が速いですね。あの甲冑姿でよくそこまで敏捷に動けるなといった感じです。魔法も中級をマスターされてます。シロー様は重剣をいとも軽がる操ってますね。魔法なんてすでに上級レベルですから恐れ入ります」
「こいつは?」
「初級魔法で躓き、剣に至っては敵に向かうどころか敵前逃亡」
「おまえなぁ……もちっと、やり方あるだろう?」
アルバさんの呆れ果てた表情を横目に、今だに炎を灯したままの魔具の引き金部分に指を突っ込んでクルクルと回す。
「いいの。別に勇者になる気も、戦う気も元々ないんだから…とりあえず、何かあった時に逃げれればいいんだよ。だ~か~ら~、魔法も剣もそんなに急いで覚えなくてもいいもん。問題なし!」
「……問題大有りでしょう。王の前であんなに担架きっといて今更行きませんて…どうなっても知りませんよ?」
「どうなるもなにもさ。こんだけ無能な姿をさらせば、期待も何もないと思わないかい?」
悲しいかな。今では、勇者とは名ばかりの残念な人って感じの扱いを受けている。なんつーか…視線も非常に生ぬるく……取るに足らない。期待もしてない。そんな感じの扱いのため、四日しか経っていないのにすでに、こうして城で修行してなくてもほっとかれている。
「あのレインが一目置いてるのになぁ?目利きだけは信用できるあのレインが…」
アルバさんの失礼なレインさんの評価に、私は大きく頷きながら
「まぁ…弘法も筆の誤りといいますし、今回は見誤ったんでしょう」
さほど気にすることなく。呑気に答えを返しつつも、内心は実はほくそ笑んでいた。私の駄目さっぷりを披露するこの計画!!いい感じに浸透していっている気がする。着実に功を奏していると言えるだろう。
こんな感じで、私は引き籠り計画を実行するために着々と根回しを進めているのだった。
次回「4 引き籠り計画始動までの道のり…のハズ…その②」