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3 仮勇者に就任となりました。その⑤

3 仮勇者に就任となりました。⑤



衛兵と元気なアルファさんの二人に両脇を抱えられながら、私は真っ青な顔の情けない姿のまま今、王に謁見するために控えの間にいる。無意味にだだっ広い空間だった。出口は入ってきた扉と私の目の前にある正装姿の衛兵が両脇に立っている扉の二つのみ。

あの後、気を失った私は救護班の人に担架で運ばれ、手厚く看護をして頂いていたらしいのだが、非情にも気を失っている私を思いっきりたたき起こし、もうろうとしている私の両脇を男二人で抱え上げ、行きたくないと駄々をこねる私を完全に無視し、無様な姿を城中にさらけしながら、今現在ここにいる。

いまだかつて、こんな無様な勇者の謁見はあったのだろうか?絶対にないだろうと私は断言できる!!そして、私は謁見が終了し、ここを出た瞬間に誹謗中傷の嵐の渦に飲み込まれ、肩身の狭い思いをするんだ。完全にいじけている私をそっちのけで、こうなった元凶であるアルファさんが立派に手続きをこなしてくれる。一度自分の運転を体験してみればいいんだ。

「み…水が欲しい……」

「謁見が終わるまで我慢してください」

「せめて椅子に座らせて……」

「駄目です」

「鬼かアンタ……」

衛兵さんの何とも同情してくださる視線。心はいらないだったら水を用意していただきたい。

「水~みずぅ~…」と唸る私を完全に無視し、衛兵とアルファさんに両脇を抱えられ引きずられている姿は、はっきり言って犯罪人のようである。と、いうか実際ここまで運ばれている途中、何度か罪状を聞かれた。それにアルファさんが律儀に一個一個「こちら勇者その3ユーキ様です」と紹介してくれるものだから、何とも恥ずかしい思いをした。

ほっといて欲しい。消え去りたいと何度も胸中で叫んだことか。しかし、なによりも私の精神に打撃を与えたのは、紹介を受けた人の感謝とか労いの言葉とは裏腹の何とも残念そうな視線を肌で感じたことだった。私の精神的ダメージはもはや風前の灯火のようだった。

「ねぇ…いつ始まるの?もう、こんちわーって言って終わりにして……」

項垂れ、ぼそぼそと言う私に、アルファさんは容赦ない。

「何言ってるんですか。今日は王への挨拶だけですけど、明日には正式な就任式があるんですよ」

「………はぁ?危機的状況って言ってるくせにで何そんな呑気に、就任式とかって…むぐっ!!!」

アルファさんの掌が私の口を塞ぐ。衛兵さんもぎょっとした視線を四方に向けている。残念ながらここには私たち3人と銅像のように立つ衛兵二人しかいない。

「いいですか。あんまり、そう言う事は軽はずみに言っちゃだめです」

言論の自由はないのか。なんとも、面倒である事この上ない。そもそも、私はこの国の人間じゃないのだからどうでもいいじゃないか。大体謀略なぞ内輪でやってる暇があれば、飯炊きとかすればいいんだ。困って王都まで来てる人を助けない。まったく、これだからお上は駄目なんだ。

お…怒りで少し気分がよくなってきたぞ。そんな私の様子に何かを感じ取ったらしいアルファさんが

「お願いですから、ユーキ様は絶対に口を開かないで大人しくしてください。めんどくさがりで我関せずを貫いてるかと思えば、変なところで沸点低いみたいですし……内情やらいろんな事は後でちゃんと説明しますから、ここは我慢ですよ?」

釘を打ち込んできた。私は思いっきりアルファさんを睨みつける。アルファさんはそれを真正面から受け止める。小さい子供に言い聞かせるように、アルファさんは

「終わるまでは大人しくしてください」

私は重い体を動かして、塞がれていた手を払いのけると

「黙ってりゃいいんでしょう。だまってればぁ!!」

「約束ですよ。まったく、手のかかる弟を得た気分です」

「こんな可愛い弟ができてよかったじゃないか。お兄ちゃん」

「そうですねー。しばらくは、暇をもてあまさなくて済みそうですよ」

嫌みを言う私にアルファさんは呆れた顔をして、私の頭をぐりぐりと撫でまわす。頭が揺れて気持ちが悪い。わざとか!!わざとやってるのかこの男!!

「…はく……」

私は込み上げてくるものを耐えながら、項垂れた。

「大人しくしててくださいよ」

その言葉と共に、扉が開いた。




中に入ると、三方向から人が入ってきた。下らん演出だな。

それぞれに勇者と思しき人と、アルファさんと同じような立場であろう勇者付きの人といった組み合わせである。

早く終わればいいのにと思いながら、ぼんやりと勇者連中を眺めていたのだが、その中の一組に私の視線は釘づけになった。見た事がある顔だった。見間違いするはずのない顔だった。た…他人の空似とかか。世の中には自分によく似た人間が3人いるらしいしな。うん。いや…でも…

私は引きずられながらその人から視線を逸らす事が出来ず、茫然としていた。

胸中穏やかではない私をそっちのけに、初老の神経質そうな感じの禿げた爺さんが目の前にある王座横に立った。そして一つ咳払いをすると、挨拶が始まった。

「勇者諸君。きっと諸君は今自分の置かれてる立場に戸惑っている事だろうと思う。しかし、これだけは言わせて頂きたい。君たちは我々の希望であると!!」

どーん…と漫画的な効果音を真後ろに付けてあげたくなる。できないので、とりあえず拍手をすればいいのだろうか。でも、生憎両手は塞がっているので、心の中で拍手を送りつつ、空の玉座の横で、自分に陶酔しきった演説をするこの禿の阿呆は誰だ?とちらりとアルファさんに視線を送ると、こそっと

「宰相のジャール様です」

宰相…宰相って何をする人だ?偉い人だよな。私が疑問に思っていると脳内に

(宰相とは総理大臣とか首相みたいなものですよ。この国の場合は王の補佐。この国の政治を掌握されてる方なんじゃないですかね)

キツネ氏のありがたい注説にほうほう、と思っていると、私のフードの中が少し重くなる。

(おや?今日は仕事はいいの?)

(今日と明日は休日なので、及ばずながら、祐樹さんのフォローにやってきました)

部下はこんなに頑張ってるのに、あの阿呆はきっと、優雅に休日を楽しんでるに違いない。

(いえ、結局神様にばれまして、お仕置きされてます)

ざまぁ見ろである。でも、神様が知ったという事は帰れるのではないかと思うのだが

(それは、残念ながら無理です。こっちに帰ってきたわけではありませんので…)

いらぬ期待はしない方がいいという事なのだろう。しかたがない。

私たちが脳内でそんな会話がなされている最中にも、話は進行しており、いつの間にか目の前には何とも憔悴しきった壮年のがたいのよい男性が玉座に腰を下していた。

着ているものは簡素な感じではあるが、質のよいものであるのだろう粗野な感じは受けない。これがあの姫様の父親か。と思うと何やら親しみに似たものをなにやら感じるが、まぁ、気のせいだろう。それどころか重苦しい威圧感みたいなものしか感じない。

しかし、本当に雰囲気というか纏う空気があの快活な姫様とは違う。口を真一文字に結び、眉間にしわを寄せる姿はちょっと、近寄りがたい雰囲気ではある。少しくらい親しみやすさがあっても罰は当たらない気がする。

うん。でも、よくよく観察すれば、ところどころはなんとなくパーツが似ているので、やっぱり、親子なんだろうなと思わせる部分もなくはない。白髪は混じっているが、あの姫様と同様の髪色に、紅茶色の瞳は知的で、強い意志を感じさせるのはそっくりである。

「こちらは、この王国を統治しているスペンサー・ランドル・ディノ・ルーヴィル陛下である」

頭を下げるべきなのか?ってか…やり方?作法が全く分からない。私が困ってアルファさんに視線を送っていると、雰囲気を察してくれたのか王様が手を上げた。

「そのままで構わない。君達が異世界から来たという勇者か。まずは、礼を言わねばなるまい。他世界のために、尽力かたじけない。こちらも最大限の助力は惜しまぬつもりだ。ジャール……」

低く響く声は疲れを感じさせるが、どこか労りとか温かみみたいなものを感じた。そこまで威圧的な人物ではないのかもしれない。

「はい。まず、勇者様のご紹介から…最初に勇者その1様ユリーシャ・X・ヴォルト様」

その紹介で、私から見て右に2人目の人物が一歩前に出た。

「王よ!お初にお目にかかります。今ご紹介にあずかりました勇者ユリーシャです」

高らかにそう告げる人物に改めて視線を向けた。

一言で言うと、博物館に展示されている中世の甲冑がそこにいた。

全身が銀色の甲冑で覆われている姿のため、兜から覗く碧眼の目だけしか見えず、そのため、容姿はわからないのだが、声からすると若そうな感じではある。しかし、なんかガシャコン、ガシャコンと動くロボットのようだった。ここまで来たのだから動けはするのだろうが、動きが鈍そうである。あれでまともに戦えるのだろうか。

「あれは…戦えるのか?」

ポロリと出た私の一言に、アルファさんも

「戦えなくはないですよ。ちゃんと関節部分は動けるように考えて作られてますからね。でも、甲冑の全盛期はかなり昔ですし、今じゃ武器も多様化してます。あれじゃ、速攻でやられちゃいますね」

あの甲冑勇者の従者の人、顔が微妙に引きつっている気がする。

王様も微妙な顔をしているが、何も言わない。禿に至っては首を横に振っている。私の持論からいえば、こういうような人の場合はほっとくのに限る。

「よろしく頼むぞ。勇者ユリーシャ殿」

「お任せください。私が住むイギリスでは古くから魔法が信じられてきました」

ああ、イギリス人なんだな。しかし、この自動翻訳機すごいな。などと感心している中、話は進む。

「さすが、勇者ユリーシャ様!魔法が使えると!!」

なんかものすごく馬鹿にされてる発言だが、それよりも気になるのはジャールさんの反応が大げさすぎる事である。盛り上げてるのかな?

「はっはっは!使えません。ですが、知識はあります」

いちいち何でそんなに自信満々なんだろうか。カシャンっという音を立てながら胸を張る。しかし、その知識とやらは、考えたくはないが、児童書的なものの知識ではないだろうな。昨今は魔法学校ブームがありましたからな。

「魔法とはずばり!杖を使うんですよね!!あと、ほうきも必要ですよね。で、杖はどこに売ってるんでしょうか?個人的には伝説の杖とか欲しいんですけどね。ギルバート君に聞いても呪文と魔法陣がどうのと言って意味が解らなくて……あと、レインさんに聞いたんですが、自分の剣を伝説の剣とかにできる場所がるとか…そこはどこなんですか?……いやー…気になる事ばかりですよ!!」

あっははは!!と笑うその姿に、この場が微妙に氷ついたのにこいつは気が付いているだろうか。天を仰ぐように涙しているギルバート君の心中を察する。

「まぁ、勇者である私には神のご加護が付いていますし、必要な時になれば力を授かるのでしょう!!なんせ私は勇者なのですから!!なので、私が来たからには大船に乗ったつもりでお任せください!!必ずやこの世界を救って御覧入れましょう」

「泥船の間違いじゃ…いてっ」

ぼそっとそう言った私はアルファさんに頭を叩かれた。睨んだら睨み返された。黙ってろということらしい。

(口は災いのものと言いますよ)

黙れキツネ。

「……頑張ってくれたまえ……」

微妙にそう言う王様の顔は引きつっている。しかし、なんだね。このユリーシャさん気合十分の熱い人のようではあるが、思考回路がヅレている気がする。これが、レインさんが言っていた一世代前の遺物か…一体レインさんに何を言ったのだろうか?それも気にはなるが

(キツネさっき甲冑が言っていた伝説云々なんてそんなのなあるの?)

(伝説の武具とか武器ですか?なくはないですよ)

(あっ。あるんだ)

(クラスチェンジ的なイメージですかね。今手にある武器、防具をある場所に行くとクラスチェンジして強くさせるというか……)

(服はこのままなんだ)

(若干は変わるとは思いますけどね。武器の能力を授けられる時に水の神殿で説明受けなかったんですか?)

杖はどうでもいいとしても、武器武具の事あの口悪巫女面倒になって説明省きやがったな。

しかし、クラスチェンジしてあの甲冑がどう変化してゆくのだろうか。それはとても見たい。宝塚ばりになるのではないだろうか…。私がにやにやしていると

「えー…続きまして、勇者その2ミコシバシロー様」

その名を聞いた瞬間、びしっと言う音共に私の表情は固まり、これでもかというくらい顔を思いっきり下に向けた。それに釣られて、両脇の衛兵とアルファさんも前屈みになる。若干苦情を言われるが知ったこっちゃない。今、自分は男の姿ではあるが、ばれないとは限らない。昔からものすごく感がいい人なのだ。

「は~い」

ユリーシャさんの熱いハキハキしたものいいから一転して、今度は何とも気の抜けたようなフワフワした返事が聞こえてきた。

「えっとぉ。勇者その2になりました。御子柴司路、大学生です。シローでよろしくぅ」

よく知っている。この何とも気の抜けた喋り方。見なくてもわかるきっと、へらへらとやっぱり気の抜けた表情で笑ってるに違いない。でも、まだ本人とは限らない。思いっきり拒否反応を示す首を無理やり持ち上げて、その人物を見た。そこには憎らしいほどの清々しいまでの笑顔があった。

「将来は~。近所の祐樹ちゃんをお嫁さんにして暮らすのが夢で~す。なので、今打倒ちー君を掲げてまーす!!」

お気楽自己紹介発言に誰も突っ込めない。ってかなぜ、ここに司路兄がいるんだ?!

御子柴司路…私がこの世で苦手としている人物の筆頭である。

さて、この御子柴司路についての説明をしなければいけないのだが、簡単にいえば、近所の幼馴染のお兄ちゃん的な人物である。近所でも有名な天才青年で、容姿性格すべてにおいて火のうちどころのない人物として有名。ただし、彼にはある欠点が存在していた。唯一の汚点と呼べるもの。ただし、それはある人物のみに発動するので、実質的な被害は皆無といえた。そして、その欠点が露見した最大の理由が私であり、さらに言えば、その最大の被害者も私であった。そしてその欠点と、私をお嫁さんするという事が実は繋がるわけなのだが…。

それはとある昔、司路兄の記憶が発端となる。小さい頃、当時近所のガキどもにいじめられていた司路兄を私が助けた事があったらしく、その姿は何でもヒーローのように格好良かったのだと司路兄は語っているのだが、実際のところ、私には司路兄を救った覚えがなかった。確かに当時の私は、正義感がめっぽう強くていろんな事に首を突っ込んではいたのだが、司路兄を助けた記憶はなかった。しかし、いくらその事を否定しても、司路兄は頑ななまでに納得してくれず、それどころかそんなヒーローのような私の姿に惚れたと恥ずかしげもなく言いだす始末。さらには、救ってくれたお礼に一生養っていくとまで言う。最初の頃は何とか言葉での解決を試みていたのだが、らちが明かず、なんというか…堪忍袋が切れて思いっきりぶん殴ったところ、何とMっ気に目覚めてしまったのだ。それから、今まで以上に付き纏われていた。大抵は、ちーちゃんが追っ払ってくれるのだが、ここにはちーちゃんはいないのだ。何としても、ばれるわけにはいかない。気を確かに持たなくては!!

「なんとも…軽い人物ですね」

アルファさんの毒気を抜かれたような声に私は真顔でアルファさんを見据え

「奴の見た目で判断しちゃだめです。奴は天才肌の人間なんです。やることなす事さほどの労力もなくやってのける憎らしい奴なんです。そして、敵です」

「……ゆ…ユーキ様?……」

「私の天敵です……」

アルファさんの困った顔が目の前にあり、はたっと意識が戻る。しまった。飛んでいた。言葉に出していたみたいだ。うん。私はにっこりとアルファさんと衛兵さんに笑いかける。

「今の事は全力で忘却してください。そして、この事は他言せぬようにしてください。特に、あの馬鹿にばれるような事をした場合、全力で、潰します。いいですね?返事」

『は…はい……』

ひきつった顔の二人の視線が真正面に戻る。

「次…勇者その3様…名は…」

私はアルファさんと衛兵さんの肩から体を起こすと、ジャールさんを見据え、一言だけ告げだ。

「ユーキです。姓は捨てました。これよりユーキとだけお呼びください」

本名がばれてなるものか。死活問題である。同姓同名もありかもしれないが、極力避けられるものは避けるべきだろう。この時の私は、とにかく司路兄にばれないようにすることに必死すぎて自分の言葉意味なんて二の次だった。

「そ…そうか…。その心意気。その身を捧げる覚悟という事か…」

ジャールさんの目が潤んでる気がする。そんなつもり全くないんですが…ってか!!その解釈はどうしたらできるんだ?この世界では本名は伏せるが、戻ったら普通に使いますけどな。冷静に働いていない私の脳内に、アルファさんの何とも、悲しいお知らせ。

「ユーキ様…この世界で姓を捨てるというのは、結構重いです」

(墓穴を掘りましたね……)

冷たい視線を背中と横から感じ、熱い視線を横と前から感じる。

内情を知る人々からの冷めきった視線。内情を知らない人からの熱い思いの視線。

冷汗が背中を伝う。知らなかったものはしょうがない。しかし、かといって今更撤回すればどうなるか。そんなもん答えは決まってる。私は自分の身を守るためなら何だってするのさ!!

「ふん。どうとでもなれだ」

ぼそっと投げやりに呟く。ため息が背中と横から聞こえる。言い返せない。

「君と私はライバルという事だね!!負けないよ」

サイムアップして爽やかに笑う何も知らないユリーシャさんが酷く憎らしく見えた。




「……さて、お互いの自己紹介が終わったところで、本題に入ろう。ジャール」

王様のペースは乱れることなくは進む。ある意味この王様も大物だろう。普通は怒りたくなるよな。こんな残念な勇者ばっかなんだから…

ジャールさんは背筋を伸ばし、真面目な表情で勇者たちを見渡す。

「はい。では、ここからは私の優秀な部下からの報告を交えながら、ご説明をさせていただきます。ミラーここへ」

その声で、一人の長い漆黒の衣を身にまとった男が入ってきた。これもまた、知った顔だった。

もう驚かないぞ。私は入ってきたその男の顔をよく、知っていた。いや、名前が違うので、似た人を知っていた。

「………もう、いやだ」

私は泣きたくなった。どうしてこうも、自分とあまりいい関係ではなかった人間ばかりが集うのか。

「どうも、ご紹介にあずかりました。ミラーと申します。これより皆様に本勇者承認に至るまでの道のりのご説明をさせていただきます」

淡々とした喋り方。そして、神経質そうに眼鏡を直すその癖。表情のあまり変わらないクールな人柄は一部の女子に絶大な人気があった。間違う事無く、私が通う高校の現生徒会長藤堂鏡也その人にそっくりな人物であった。世界には自分に似た人が3人はいるというが…異世界でもあるのだな。

どういう立ち位置でこの人がここにいるのか全くの不明だが、私はこの男の双子の姉とは浅からぬ因縁がある。そいつのそっくりさんまでいたら最悪だ。引き籠りどころか隠居生活を送るぞ。

「今回、勇者として適性があるのか試験をさせていただきます。なので、今皆様は仮勇者といった状態です。この試験では、一番勇者として能力の高かった方のみ、本勇者様と位置付け、全力でバックアップしてゆきます。ほかの方は申し訳ありませんが、仮勇者様として最低限の保障のみとさせていただきます」

「へー…最低限ってどのくらい?」

司路兄が手を上げて、へらへらと質問する。そんな司路兄の態度に眉を顰めながら

「衣食住と移動賃金…武器その他は各自でどうにかしてください」

なるほど、本当に生きる上で必要なものだけは保証してくれるという事か…なんつーか。どこの世界においてもこの生徒会長は変わらない性格をしているらしい。もちっと丸くなるべきではないだろうか。

「使えない者に投資したところでお金の無駄です」

切り捨てるところは本当に簡単に切り捨てる人物である。そのせいで何人の生徒や同好会が泣きを見た事か。しかし、本当にそっくりである。

「勇者として認められるためには仕方ない。で?その試験とは?」

「簡単です。この近くに魔族の偵察基地と思われる場所があります。そこを潰してきてください」

簡単なのだろうか。そもそも、剣の使い方すらまともに解らない人間達に、潰して来いとか簡単にいうか普通。常識的に考えて無理だろう。

「はーい。無理だと思いまーす!!そもそもぉ、剣使えないしぃ、普通は一小隊ぐらい用意してやる様な事じゃないのぉ?それとも用意してくれるの?」

「いいえ。勇者なんだからそれくらいできるかと思ってたんですが?違うんですか?」

ああ…何だこいつ?なんかこの人勇者に対して大きな勘違いしてないか?そんな無茶ぶりを真顔で言われても困る。ってか頭にくるぞ。ってかお前一人でやってみろってんだ!!私は大きく息を吸い込むと

「おい。そこのミラーさん。黙って聞いてれば何よ!!いい?あのね。勇者も最初は鍛えないと一小隊と同等のようには使えないと思うよ。ってか。鍛えてもそこまで強くならないと思うよ。大体さ、一小隊と闘ったら普通死ぬからね。弱いんだからね。勇者もただ人よ。死んだら生き返れないんだよ?そこはわかってる?そもそも、今現在ここにいる仮勇者は戦闘のせの字すらわからない連中の集まりなんだよ?あそこのイギリス人の格好を見れば一目瞭然でしょ!!それが、今大手を振って行って勝てると思う?死にに行くようなもんじゃない!!ちっとは考えてよ!!私は死にたくないからね!!」

私は思いついた言葉を一気に捲し立てた。

ハタと気が付けば、アルファさんとキツネのため息が聞こえる。

ミラーさんは顎に手を当て、大きく一つ頷くと

「……なるほど、あなたのおっしゃる事は一理ありますね。ただの残念な人ではなかったようだ。一から育成して強くさせねばならないわけなんですね。よくわかりました。でしたら、一カ月で基地を壊滅させてください」

「………人の話を聞いてたか阿呆……」

私が半眼で睨みつけていると、眼鏡生徒会長もどきはクイッと眼鏡を上げ、

「聞いていましたよ。ですので、この世界のおおよその枠組みを知るのに一週間、ここから、基地まではどんなに遅い人の足でも一週間。さらに、基地に向かうまでに我らの力が及ばず、大変な目にあっている村々が道中いくつかあります。ぜひ、勇者様のお力をお借りできればと思っておりました。そこでの解決時間を入れて、さらに基地を壊滅させ、戻ってくるのに一カ月で往復できるでは?かなり余裕のある日程を組んだつもりですけど?」

確かによくできた工程だ。知識、実践経験も積める。それでも、基地を破壊するまでの能力があるとは思えないんだけどな。この男にはそれだけの根拠があるのだろうか。

「はいはーい。少人数で何とかなる根拠は?」

司路兄の何とも場の空気を読まない気の抜けた喋り、しかし、的を得た質問だった。

「今までの歴史で勇者の能力は文献を読めば分かります。あのくらいの規模の基地程度なら十分、少人数で破壊できる能力があると統計は告げています」

この世界には統計がとれるほどの人数の勇者がきていたのか?それこそ、眉唾ものである。なんかこのミラーさんという人は胡散臭い。

「そこまで我らに期待を掛けてくださってるんですね!!感激ですミラーさん!!」

絶対に違うと思うぞ。ユリーシャさん。この人は疑う事をしないのか?

そんなユリーシャさんを冷ややかに見ていると、隣と後ろから私に突き刺さる冷ややかな瞳

「……穏便に済ませようとかって頭はないんですか。確実に目を付けられましたよ」

(引き籠り計画からえらく遠のいた言動をとってませんか?)

アルファさんとキツネの言葉にむっとしたが、

「………」

もちろん、自分のまいた種のため言い返す事ができず、大きく息を吐き出すとこれからどうするか考えを巡らせた。




次回「4 引き籠り計画始動までの道のり…のハズ…その①」

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