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3 仮勇者に就任となりました。その④

3 仮勇者に就任となりました。その④



ゆっさゆっさと体を揺さぶられる感覚に私の思考は徐々に浮上してゆく。

またしても体の節々が痛い。そりゃそうである。昨夜はあのまま、色々考えていたら寝てしまったので自業自得である。今日こそはちゃんとした布団で寝れる事を祈りつつ、私はぼんやりとする頭で私の体を揺さぶる相手を見る。

「やあ、アルファさん。おはよう。到着ですか?」

「到着ですけど、何でこんなところで寝てるんですか。探しましたよ。もしかして、ずっとここにいたんですか?」

痛む首や体をほぐしながら体を起こし、呆れ顔のアルファさんにムッとしながら答える。

「そんなん、部屋教えてもらってませんもん。戻りたくても戻れなかったんだから仕方ないじゃないか」

でも、昨夜は戻らないでもんもんとしたまま、ここで寝落ちしていたかもしれないが…。

私は昨夜千さんに貰ったアカルの実を口の中に放り込む。眠気覚ましにちょうどいい酸味である。

「そのアカルの実は昨夜一緒にいた女性からですか?」

何やら訳知り顔で私が持っていた茶色い袋を指して言うアルファさん。

私はげんなりしながら、

「はぁ?!見てたんですか?見てたらな声掛けてくださいよ!!」

「そんなこと言ってもね。さすがにそんな無粋なまねはできません。でも、女性の方は私の事気が付いていたみたいですよ?」

まったく、そんな気遣いは不要というものである。

しかし、千さんが立ち去ったのはアルファさんが来たからだったか。まぁ、抜け出してきたと言っていたくらいだからばれたらまずかったのだろう。

そんなことを考えていると、私のお腹が鳴った。昨日食べたのは結局あのサンドウィッチとアカルの実とジュースのみである。お腹が空きすぎて気持ちが悪い。

「アルファさん楽しそうなところ申し訳ないんですが、何か食べモノをください」

私は立ち上がると、大きく一つ伸びをする。体のどこかがボキボキなる。

「昨日もそう思ってわざわざ持ってきたんですけどね。いやー…ユーキ様もなかなかやりますね」

まだ言うか。褒められても嬉しくない。全く嬉しくない。

「今後その気遣いは不要です」

私はそういいながら、手渡された包みを開く。そこには、またしてもサンドウィッチ。嫌いじゃないがさすがに続くとうんざりする。パンが主食らしいこの世界ではしばらくお米は望めないか。米が恋しい。アルファさんの後ろ付いて行きながら、もそもそと食べる。そう言えば、お姫様の姿が今日は見えない。そんなことを思っていると

「姫様なら先に城に行かれましたよ」

「そう」

罪悪感ではないが、ちょっと顔を合わせずらい。自分から言った手前勝手な言い分ではあるが…

「大丈夫ですよ。船を出る時、ユーキ見ていなさい。この私のすごさを見せてあげるわ!!と、言っていました」

「………ああ、そう……」

転んでもただでは起きないなかなか骨のあるお姫様である。でも、次あった時が怖い気もするが、その時はその時でなるようになるだろう。

「まぁ、そのやる気が裏目に出ない事を祈るよ」





水竜から外に出ると、すぐ目の前には、横にどこまでも伸びる高い外壁と、大きな鉄柵をぶら下げた巨大な門が威圧的に立ちはだかっていた。

門とはそんなに距離はないはずなのに、壁がでか過ぎて自分が縮んだ気分がする。

「すごいですねぇ」

本当に圧巻である。思わず感嘆の声が漏れる。アルファさんはその言葉にクスリと笑って

「この外壁はこの島を一周しているんですよ。外壁の高さは10メートルで、横幅が3メートルくらいあります。そして、この島に入るための門が東西南北それぞれの方角にあるんですが、そこは砦のような拠点でもあり、高さはだいたい15メートル。門自体は高さが8メートルで横幅は5メートルくらいですかね」

なるほど、ようするに首を垂直にしなければてっぺんが見えない高さではあるということは分かった。

ってかこの島一周とは言うが、どのくらいの歳月とお金がかかったことやら…考えただけでも頭が痛くなってくる。

そして、砦の拠点であるという言葉その通りに、その門の前には剣をぶらさげ、しかめっ面の門番達が、並ぶ通行人達の通行証を見ながら、あーだこーだとチェックしていた。

しかし、どこの世界の役人も一般市民に対して、愛想のあの字すら見せないのだろうか。

私はアカルの実を食べながら、そんな役人の姿を傍観していると、横に並んだアルファさんがさらに説明をしてくれた。

「あと、開門時間、閉門時間がありますので、気を付けてください。朝は6時。夜は9時です。あっ!そうそう、雑談ですが、門それぞれに色と名前がついてまして、目の前にあるのは赤の門、後は東西北に青の門、黄の門、碧の門があります。方角がわからなくなったら、門の色で確認してくださいね」

「ふーん……」

「そして、私たちはこれから、お城がある王立市街に向かいます」

やっとこさお城に向かうわけか。今日こそは柔らかい布団で寝たいものである。私は嬉々としながら

「こっからどのくらいかかるんですか?」

「2時間くらいでしょうか」

アルファさんの言葉に唖然としてしまう。この島はそんなに大きいのだろうか。まぁ、湖の広さを思えばそれくらいあってもおかしくはないのかもしれないが、いくらなんでもでか過ぎではないだろうか?

「転移魔法とか便利なものはないんですか…」

便利な生活を享受している現代人の悲しい習性というか。どうにか楽をしたい。すると

「なくはないんですけど、セキュリティの関係上、空間封鎖魔法が各所に施されているので、無理に通ろうとしたらどこに飛ばされるかわかりませんよ」

うん。あれか何事も急がば回れということなのか。ここまで来て、さらによくわからないところに飛ばされるのはごめんである。私が疲れきった顔でいると、アルファさんは頭を掻きながら

「ここから直線で向かえば、1時間くらいなんですけどね。ちょっとここは道が入り組んでるんですよ。う~ん…何と言えばいいのか……。イメージとしては中央の城のある王立市街を中心に水路の輪、学術、商業、商店街の輪、水路の輪、民家、酪農、王立剣術学校の輪、水路の輪、外壁と、まぁ…こんな感じでサンドされてます。そして、各陸路には細かに水路が張り巡らされていて、陸路で行く場合、橋を使うんですけど、その橋の本数が防衛の関係上極端に少なくなってるんですよね。場所によっては上げ橋とか…。さらには各市街地の輪を繋ぐ橋はそれぞれ四つのみで、その位置も全部入ってきた橋からだいぶずらして設置しているので、陸路を行く場合大変なんです。なので、陸路を行くより水路を行く方が手っ取り早いというわけなんですけど、それでも、障壁や何やらで時間がかかるんですよね」

よくわからないが、つまり迷路みたいな作りということなのだろう。迷惑この上ないが、これも国を守るためだから仕方がないのだろう。

「あの水竜とかってので行くんですか?」

「まさか。街中で水竜は乗り回せませんよ。船で行きます。エルンの町で見た船を覚えていますか?」

煌びやかな雰囲気の船だろうか。確かにあれなら、小回りが利くだろう。

「あの煌びやかな乗り物ですか」

「そうです。あれは観光用ので、普通は煌びやかではないですが、今回私の愛船で向かおうと思っています。その方が確実に速いので!!」

「ほぅ…」

何なんだろうかこのデジャヴは、この自信に満ちた表情は誰かをを彷彿とさせる。

こういう表情の奴は絶対に信用しちゃいけない気がする。

「私の船はそんじょそこらの船なんて目じゃないですよ!ちょっと、改造を施してますので早く着きますよ」

改造?今改造とか言わなかったか?冷汗が背中を伝う。

「私は普通がいいです!!」

「いやですね。普通ですよ。ちゃんと、査定には通ってますから……」

にこりと笑う顔が爽やか過ぎて怖い。査定に通った後はいじってませんよね?なんて怖くて聞けない。

あのお姫様が先に行ったのはもしかしたら、アルファさんの船に乗りたくないからではないだろうかと、ちらりと思った。





私はアルファさんに引きずられるように、ほぼ顔パスに近い形で門を潜り、美味しそうな食べ物が売ってる商店をわき目も振らずに通り過ぎ、一直線に船着き場に向かう。

何度も、アルファさんに朝ご飯を食べたいと進言をしても聞く耳すら持ってもらえなかった。私は不貞腐れ、さらにはお腹が空きすぎて怒る気すら起きない。

アルファさんはそんな私の存在を忘却し、嬉々として船着き場に…いや…愛船に向かってまっしぐらに進む。そして一つの船の前で突然立ち止まった。勢いよく私の方に振り返ると

「着きました!!これです!!」

シンプルな感じの船だった。エルンで見たような外装に装飾などは施されてはいない。

つまりあれだ。面白みはないがよく手入れのされている船だった。

「どうです!!」

「……し…シンプルな船ですね」

そして、その後アルファさんは自身の船の美しさやらなんか色々講釈が入るのだが、面倒なので省く。と、言うか聞いてなかった。ってか寝てました。

でも、まぁ面白いところだけピックアップすると、この船の動力は風の魔力を圧縮させた宝玉を動力炉に入れ、それをジェット噴射のように後方から出して進むらしい。さらにエンジンオイルと違って水は汚さない。世界に優しい乗り物とのことだ。

「………と、言うわけで!さあ、ユーキ様乗ったら、そこのシートベルトをきちんと締めてくださいね?」

漸く出発らしい。途中から地面に座り込んで舟を漕いでいたのだが、アルファさんは気にしていないようだ。私は大きな欠伸を一つすると、乗り込み、しっかりと腰にシートベルトを装着する。

これから優雅な船旅が始まるのかと思ったのだが

ぼばばばばばばばっば!!!!!

エンジン部分である動力炉から何とも…凄まじい水飛沫と、暴走族が信号待ちでエンジンを吹かしているような音と振動が辺りに響き渡る。何が起こったのか分からず、ぎょっとして、アルファさんを見ると、目つきが変わっていた。それはまさに獲物を狙う猛禽類のような鋭い目つきだった。

ああ、これは…さらば優雅な船旅!!私は船の縁にしがみ付き、とりあえず、自分の身の安全を祈るしかない。泳げない私はここから投げ出されたら終わりだ。これから生死を掛けた戦いが待っている。

「行きます」

アルファさんが静かにそう告げた。

エンジン音が最高潮に達し、船の先が微妙に上がる。何故だろうか。聞こえないはずのF1のスタートシグナルが静かにカウントを取る。そして、最後のシグナルが鳴り響いた気がした瞬間、素晴らしいスタートダッシュで水路を駆け抜ける船。いったい誰と戦っているのだろうか。それは自分さと彼は答えるだろう……いや、よくわからないが、現実逃避をする私の周りの景色が飛ぶように過ぎてゆく。

優雅に航行している船の横を風のように走り抜け、すれ違うため横に寄っていた2船のど真ん中を通り抜け、ちんたら走る船を絶妙なドライビングテクニックですり抜けてゆく。

それはまさに神業と呼ぶべき素晴らしいものなのであろうが、その間私の体はベルトを軸に右に左に上下に揺さぶられ続け、堪能する余裕はない。

むしろ意識をなくした方が幸せかもしれないと思っていても、意識が遠のきかける絶妙なタイミングで方向転換のため急激に減速し、シートベルトが胃に食い込み、そのあまりの痛さで意識が遠のきそうで遠のかない。拷問である。お腹はきっと青あざができてるかもしれない。

さらには、多分気のせいだろうと思うが、後ろからは悲鳴と怒号と、何かがぶつかる音、ひっくり返る音、落ちる音が聞こえる。が多分気のせいだろう。耳がおかしくなったに違いない。後ろを確認できないのは酔っちゃうからだよ。しかし、私の耳は「バーサクシップが!!」「皆!!船を固定しろ!!」「奴が来たぞ!」と切羽詰ったような声らしきものが聞こえるが…これも気のせいだろう。忘れよう。

そして、無事に城について、まず私がしたのは胃の中のものをすべて川にぶちまける事だった。

車に乗ると人が変わるという話はよく聞くが、こちらの世界の場合は船に乗ると人が変わる人物というのがいるらしい。

ひとしきり吐き終わると、私の意識はようやく遠のいで逝ったのだった。




次回「3 仮勇者に就任となりました。その⑤」


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