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3 仮勇者に就任となりました。その①

そこまで酷くはないですが、若干下ネタ的な表現が入ります。ご了承ください。

3 仮勇者に就任となりました。その①



沈黙が重かった。

神殿での暴挙から、かれこれ一時間は過ぎただろうか。

レインさんのありがたい説明では、この暴力少女は水の大陸を治める中央国家の姫君と言うが・・・。

「まぁ、姫の事は勘弁してやってくれ。悪気があるわけじゃない。ただ、なんだ……真面目なんだよ。あと、詳しいことは道中聞くなり、城についてから聞くなりしな。そうそう、ユーキさぁ。私はおまえのこと少し気に入ったわ」

レインさんはニヤリと意味ありげに笑うと、私の頭をぐちゃぐちゃにしてくれた。何となく嬉しかったけれど、裏がありそうな笑顔で怖かった。

そして、今は水の神殿を離れ、馬車で王都を目指しているのだけれども、目の前には先程私に剣を突きつけてきた暴力少女が、座っている。頼みの綱だった姫のお付の従者殿らしき人は御者の横。

暴力少女…お姫様と狭い空間に二人きり。

さらに、舗装されていない道をガタゴトと揺れる馬車。「あっ。ごめんなさい」「大丈夫だよ。もう少しこっちに来るといいよ」みたいなウハウハな展開になるはずもなく。期待するわけもなく。

私は慣れない馬車移動に完全に酔ってつぶれてしまっていた。

私が真っ青な顔で窓から顔を出していると

「大丈夫ですか?」

「・・・・・・んあ?」

蒼白であろう顔をお姫様に向ける。少しは心配してくれるのだろうかと思いきや、

「・・・馬車ぐらいでそんなに酔うなんて・・・」

呆れ果てた表情がそこにはあった。

私はそれを不機嫌な表情で受けとめ、再び窓の外へ視線を向ける。そんなことをいわれても、私の世界では馬車はもはや過去の遺物、観光地くらいでしか見ないような存在なのだ。乗る事すら初体験ともいえる。酔って当たり前ではないか!!

しかし、そんなことをこの世界の住人に告げたところで理解されるはずもない。まさに多勢に無勢。腸は煮えくり返るが、余計なことは口をつぐむに限る。

負け惜しみのように心の中で悪態をつくことで、溜飲を下げる。・・・実際は口を開くと吐きそうなので、心の中で言うしかなたったともいえる。

私がそんな感じで自分で自分にツッコんでみたりと気を紛らわせていると、細く白い手がぬっと目の前に現れた。その手にはなにやら栄養ドリンクくらいの大きさの瓶。ちらりとその出所であるお姫様に視線を向ける。お姫様は何も言わずに、私に小さな瓶を突きつけてきた。しばらく様子を見るが、どうやら受け取らないと引っ込める気がないらしい。私はしぶしぶとそれを受け取る。毒でも入ってるんじゃないだろうか。そんなことを思っていると、案の定不機嫌そうな声音で

「・・・酔い止めです。毒を盛るなんて姑息なまねはしませんのでご安心ください」

なるほど、でも、酔い止めとはそもそも乗る前に飲むものではないだろうか。そんなことをちらりと思ったが、せり上がって来るモノに耐えきれず、一瞬躊躇したが、一気に飲み干す。

無味無臭。そもそも液体という概念すら感じさせない飲み物だった。

「……これ本当に中身は入ってる?」

「失礼な。そんなあからさまな嫌がらせはしません。それは簡易魔法薬で一番即効性のあるものなんですよ?そこまで酷くなったら、薬草じゃどうしようもないです」

そんな会話をしていると、胸のムカつきが収まってきた。確かに、ものすごい速攻性のある薬である。いいものを持ってるならさっさと渡してもらいたいものである。いや、これこそまさに嫌がらせなのかもしれない。

「こういうの持ってるならさっさとくれたっていいじゃないか。大体さ、さっき丸腰のわ…俺にいきなり剣を突きつけてきたりとかなんなんだよ」

私が嫌みをいうが、お姫様の表情は変わらない。

「この世界の命運がかかってるんです。慎重にもなります」

「大義名分を並べれば、剣を突きつけるのもありなの?」

「あなた剣持ってたじゃないですか」

「……あのね。持ってても使えるとは限らないでしょうが!!そもそも、前の二人もわた…俺と変わらない感じじゃなかった?」

「……あの二人が例外なのかと…」

私は大きなため息を吐き出し、外の景色を眺める。外はのどかな田園風景が広がる。電柱も、トラクターも、私が知るような田園風景はそこにはない。けれど、どこか懐かしい風景が目の前に広がっていた。あえていえば、行った事はないし縁も所縁もないが、ヨーロッパ風の田園風景が広っている。

しかし、ここが地球ではないと私に知らしめるように、牛の代わりに見たこともないような毛の長い巨大な生き物が大きな鍬を引き、畑を耕していた。

しかしそれを省いても、のどかな風景のこの世界が、危機とは思えなかった。

しばらく二人で無言でいると

「剣を向けたことは、大変申し訳なかったと思っております。私自身、先にお着きの勇者の方々に対して少々思うところがありまして、あなたに掛けていた期待が大きすぎました。本来ならば、来ていただいたことに感謝を申し上げるべきところなのかもしれません。けれど、我々にとってあなた方がどんな方であれ、希望であり、唯一の対抗手段であるんです。どこまで戦えるのか知りたかった」

いじけた声で、何とも慇懃無礼な台詞をお姫様はおっしゃった。だが、まぁ…これで私が使えないのがわかってよかったのかもしれない。

「それは、期待を裏切ってすみません」

投げやり気味にそう答える。さて、今後は様子を見ながら自分のレベルを上げていく算段を練らねばなるまい。と自身の生き残り計画を脳内で模索していたのだが、世の中は得てして自分の思い通りにならないものらしい。

「いいえ、あなたが謝る必要はありません。私は考え方を改めることにしました。どうやら最初から完璧を求めすぎ、目が曇っていたようです。世の中そうはうまくいかないもの。これは神の思し召しなのでしょう。他のお二人には申し訳ないですが、あれを避けたのはあなただけです」

「はい?」

何故か私が期待していた台詞と大きく違う返答だった。ここでこのお姫様は「本当にその通りです」とかいうんじゃないのか?呆気に囚われる私を尻目に、お姫様は先ほどまでのつんけんした態度はどこへやら、キラキラとした紅茶色の瞳を私に向け、興奮した表情で続ける。

「無様な姿ではありましたが、この私の剣技をあなたは避けました」

「偶然だと思います」

「いいえ。そうとは思えません。レインもこの三人の中ならあなたを押すと言っていました。あのレインが言うのです。間違いがありません!!ですので、私はあなたを鍛えることにします」

あの口悪巫女の謎の笑みはこれか。あの女は余計なことを吹き込んでくれていたらしい。私はあの口悪巫女にたいして舌打ちする。これで私の計画にいらぬ障害ができてしまった。どう見ても目の前のお姫様はちょっとやそっとじゃ引きそうもない。むしろ、自身の案に酔いしれてる節がある。

「あなたをきっと強くします!!もちろん、今のままでは弱いので、私があなたを全身全霊お守りしますのでご安心ください」

大義名分に燃え腰に手を当てて胸を張る。その姿は何とも勇ましく頼もしい限りではあるが、あまり嬉しくない。そもそも、お姫様というものは楚々としているモノではなかったのか。

「ほかの二人の方がいいと思うな。俺弱いしさ。たぶん、君が女性だったから手を抜いたんだよ」

私の見解では、大方他の二人はこのお姫様の美脚に目を奪われて動けなかったに違いない。それでもなんちゃって男の私より幾分ましである気がする。

「私決めました!あなたを勇者の中の勇者にしてみせます!!」

きっぱりはっきり悦にはまり過ぎて、こっちの話はどこ吹く風、聞く耳を持たない頑固なお姫様である。「うぬぬぬ…」と私は呻きながらも何とか言葉を繋げる。

「それにさ。俺を鍛えてる時間がないのでは?」

「もちろん、その通りです。ですので、旅をつづけながら鍛えます」

あはは〜…あれか〜。ファンタジーでのレベル上げか~。

迷惑この上ないほどの使命感に燃えているこのお姫様をどう懐柔しようかと頭を悩ませていたその時、御者の横に座っていた従者が高らかに告げた。

「姫様、エルンの町に到着しました」

その声につられるように、窓の外に視線を向けると、のどかな田園風景は一変し、綺麗に整備された美しい街並みが広がっていた。私はおもわず感嘆の声を上げ、窓から身を乗り出し辺りに視線を向ける。道路わきには露天商がひしめき合う様に立ち並び、その店先では様々な商品を売り買いする人々の活気あふれる姿が広がっていた。

そして何よりも目を引くのは、いたるところに張り巡らされた用水路だった。

キラキラと光を反射する人工的に作られた水路の中を色とりどりの屋根を付けた物売りの船が行き交い、露天商とはまた違う鮮やかさを醸し出している。また、美しい細工の施された船もその中にいくつか浮かんでいるのが見える。もしかしたら、貴族が優雅に舟遊びに興じているのかもしれない。

さらに面白いのは、少し狭い道の道路脇にも小さな川が流れており、そこはどうやら家庭用に整備されている用水路らしかった。玄関先から少し下ったところに川が流れており、そこでは野菜を洗ったり、冷やしたり様々な用途で使用されているのが見受けられる。少し離れたところには洗濯場らしき場所も設けられているようで、衛生面もきちんとしているのだろう。

私がなんとなく感心してそれらを眺めていると、後ろから大きな咳払いが聞こえた。私が振り返ると、

「もとかく!この話はあとでゆっくりいたしましょう。ようこそおいでくださいました。ここは水の大陸中央国家ルーヴィルの首都アクアの玄関エルンです」

水の都その名に違わぬ美しい場所だった。

私がその美しい景色を堪能していると、お姫様が私の服の裾を引っ張った。

「王都はここエルンにある湖の中央にある島になります。…ちなみにエルンとは湖の名前でもあるんですよ。で、王都に行くには、郊外から出ている船でいきます。でもその前に、前のお二方もそうでしたが、簡単に服を整えましょう。それは寝るときのお洋服なのですよね?」

言われてみれば、あまりの怒涛の展開で自分の服に頓着してる余裕がなかった。見下ろせば見慣れたパジャマ替わりのジャージ姿だ。さらに言えば、靴すら履いていない。

これではさすがに外に出れないだろう。と考えていた時、ふと、もう一つ嫌なことが脳裏をよぎる。あれだ。私は女の姿の時に男に変えられたわけで…。下着はどうなっていただろうか…何気無く胸元に手を置く。本来なら女性の胸を守るものの残骸が虚しく存在を誇示していた。うん、なるほど、胸がこうであると言うことは…下は言わずもがななのは間違いないだろう。

うん。まずいよね…非常にまずい。これはまさに危機的状況。このままでは私は変態勇者のいらぬ汚名が…考えるだけで身震いする。

「早急に何とかしないとまずい」

思わずそう口に出して呟いてしまった私に

「任せてください!!この私がこの世界の最新ファッションをご提供いたします」

私が慌ててその声の主を見ると、楽しそうなお姫様の姿がある。しまったと思い制止しようと手を伸ばすが、時すでに遅し、嬉々として従者に指示を出した後だった。うん。あれだ。そんなに気合い入れないでほしい。嫌な予感しかしない。でももう止めるのが面倒だ。説明も面倒。もうなるようにしからないだろう。私はそう結論づけ…腹を括り、この日何度目かになる重い溜息を吐くと、流れに身を任せようと椅子にその身を深く沈めた。



次回「3仮勇者に就任しました。その②」


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