対処方法は取り敢えずパンチで
休日の朝ぐらいゆっくり休みたいのに、そうは私の体質が許さなかった。24時間何時でも何処でも発動するこの体質は、不幸体質のほうがまだましに見えるぐらい、私にとっていらないもの。
規則正しい生活を普通に送っている私に、神様!
貴方は何の恨みがあるんですか!!
第1話 対処方法は取り敢えずパンチで
目覚まし時計を止めたのは、白いスーツとシルクハット、それから小粋なモノクルを身に付けた男だった。…背中から生えた黒い翼が人間の男ではないことを示しているが。
白い格好してるのに、黒い翼生やすなよ、と少しズレた感想を持ちながら(残念ながら、変なものとの遭遇が多すぎて、蒼は余り驚かなくなっている)、取り敢えず空中で静止していた右腕を、顔に近付け目を擦った(これは目に悪いのでおすすめ出来ないが)。
「初めまして、ソウちゃん」
蒼が欠伸をして完全に覚醒したのを見計らって、男は話しかけてくる。無駄に耳に心地よいテノールが、空気を伝わって、蒼の鼓膜を震わす。
「帰れ」
しかし蒼の朝の第一声はそれだった。余りにも自然に発せられた言葉に、男は、
「僕は君の魂を…って、帰れ!?」
と、次に言うはずだったのであろう言葉を途中まで言いかけてから、蒼の言葉にツッコんだ。
何だ、コイツ死神だったのね。
“魂”という言葉に、そう思った蒼は、眉を顰め、あたふたしている死神男を見つめる。朝から自分の魂がどうのこうの言われたら、誰でも不愉快になるだろう。
結果、それは次の蒼の行動に繋がることになる。…簡潔に言うと、蒼はムカついたので、男の鳩尾に強烈な一撃をお見舞いさせた。
「ぐふうっ!!」
軽い混乱状態に陥っていた彼は、蒼の一撃を避けることなど出来るはずもなく、人類共通の急所に完璧に入った。…まあ、人では無いので急所になるかは分からないが、空中で腹を抱えながら苦しんでいる彼の姿を見て、死神も急所は人間とおなじなんだなぁ、と蒼は静かに考えていた。
★ ★ ★
「で、あなたは一体、何しに来たんですか」
土曜日なので、学校の準備はしなくても良いが、寝間着姿のまま、ミニテーブルを挟んで死神と会話するのは、第3者から見れば余りにも可笑しな光景であろう。
部屋の時計が、7時を指そうとしている。
「はい…あの、僕は君の魂を守りに来ました…」
蒼の一撃がよっぽど効いたのか、彼は下を向いたまま言った。
「死神じゃなかったんだ」
「死神!!!?僕がですか!!あんな野蛮な種族と一緒にしないて下さい!」
蒼の言葉に、過激な反応をする男。先程までの弱々しい態度は何処へやら。
バンッとミニテーブルを手で叩き(その時、パキッと音がした)、怒りで三角になりつつある目で、蒼を見つめる。
蒼は、男が手で叩いた部分を見る。……罅が入っていた。
蒼は無言で、拳を見せた。途端に大人しくなる男。蒼の握力と相まって、彼女のパンチ力の凄さを、先程身をもって体験した彼が、これ以上声を荒げることは無かった。
男は大人しく話の続きをする。
「ソウちゃ…いえ、蒼さんの体質が異常値を示していまして…。上から、暫く様子を見るようにと指示が出たので僕が来ました」
「それが私の魂とどう関係が?」
確かに、今の男の発言は、蒼の魂云々と関係がない。
「その体質を利用しようとする輩も居ますからね…。奴らの狙いは、貴女の体が持っている体質」
「欲しいのはあくまで体。魂は必要ない。だから、守りに来た…ってこと?」
「はい、そうです」
男は、神妙な面持ちで頷く。彼の白い髪の毛が、それに合わせて微かに動いた。
蒼は沈黙したまま、彼を見る。
……嘘をついているようには見えない。
「名前は?」
「へ?」
「帰れって言っても居候するんでしょ」
「は、はい!置いてくれるのですか?」
「仕方ないから」
琴原蒼、彼女は自分の能力…と変なものを嫌っていながら、お人好しであった。
「ルイと申します。天使派遣局討伐部、部長です。よろしく、蒼さん」
「…よろしく…(まさかの部長…しかも天使だった…。だから、死神を毛嫌いしてたのか…)」
少し態度を改めようかな、と思った蒼だった。