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最終話(サイドB)

 

 王宮の比較的小さい一室。


「王弟殿下がおいでになりました」


 その官吏の声でドアが開かれる。

 扉の外に控える騎士達の間を抜け、ジェイナスが部屋へ入ってきた。

 いつものことながら、緊張しているようだ。


「お呼びと伺い参上いたしました、陛下」


 強張った顔は、先日の叱責のせいなのだろう。

 手を上げ、ジェイナスを一旦黙らせる。


「みな、下がれ」


 官吏や騎士達が部屋を出ていく。

 宰相にも目を向けたが、出る気はないらしい。

 これくらいなら、かまわんだろう。

 まずはソファーに座って落ち着いてから、言葉をかける。

 ジェイナスはまだ落ち着いてはいないようだが。


「ジェイナス、兄上、でよい。この前は、妃が世話になった」


 口調を和らげてジェイナスに話しかける。

 弟でありながら、兄弟として接することは殆どない。

 顔を見るのも年間で数える程なのだ。


「私の不徳の致すところ、誠に申し訳ありませんでした。妃様におかれましては何の落ち度もございません。妃様へは」

「ジェイナス。お前に落ち度があるとは思っておらぬ」


 懸命にナファフィステアを庇おうとする姿に頬が緩む。

 それと同時に、自分のジェイナスに対する行動は大人げないものだったと思う。

 確かに他人の妻を簡単に屋敷に招き入れることは、非常に危険なことではあるのだ。

 王弟殿下という地位と、守るべき母がそこにいないことを考えれば。

 しかし、あの場であんな風に伝えるべきではなかった。

 ジェイナスの側には、それなりの側近を付けておく必要があるだろう。前側妃に任せてはおけないようだ。


「妃のことも心配する必要はない。あれを叱責するものなどおらぬ。今回のことは、単に、余と喧嘩しただけだ」

「兄上と、喧嘩?」


 驚いているのはジェイナスだけでなく、宰相も同様である。

 そんなに可笑しなことだっただろうか。


「妃はそなたに、そう話してはおらなんだか?」


 ジェイナスは目の前のテーブルをジッと見つめ、あの日のことを思い返しているようだ。


「義姉上は、嫌だといってるのに陛下が無理やり寝室に居座るのだと、随分怒ってらっしゃいましたが」


 そんなことを、子供に愚痴っていたのか。

 少々呆れる。

 他人に内情を喋らせないようにする必要がありそうだ。


「義姉上、と呼んでいるのか?」

「あっ。申し訳ありません」


 唇を噛みしめるジェイナス。


「かまわぬ。どうせ妃がそう呼べとでも言ったのであろう?」

「妃様は、『お姉様』と呼ぶようにとおっしゃられたのですが、さすがにその女性のような呼び方は出来ず、義姉上で許していただきました」

「実際、そなたの義姉なのだから、妃様などと呼ぶ必要はない。余のことは兄、妃のことは義姉と呼ぶがよい。どこであれ」

「はい、兄上」

「後で妃のところへ顔を出してやってくれぬか。あれには知り合いが少ないゆえ、そなたが訪ねていけば喜ぶだろう」


 その言葉に、ジェイナスは顔を綻ばせた。

 よほどナファフィステアが気に入ったらしい。


「ありがとうございます、兄上」


 ジェイナスは入ってきた時とはまるで違い、子供らしい表情で出て行った。

 ご褒美をもらった子供のような。




「陛下、少々お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「なんだ」


 宰相が珍しく妙な顔をして声をかけてきた。

 歯切れの悪い言い方だ。


「先日、妃様が外出されたのは、陛下が妃様の寝室に居座ったせいなのでございますか?」

「その、ようだな」


 宰相が難しい顔をしているが、そういえば彼はナファフィステアのことを直接知る機会がなかったのだろう。

 彼はナファフィステアのことを噂ほど悪い人物だとは思ってはいないようだが、行儀作法も今勉強中の頭の悪い小娘だと思っているようだ。

 妃が陛下の訪れを嫌がるということ自体、理解不能だろう。それも、現在、ただ一人の寵妃ともなれば、宰相の中の妃のイメージはどんな風であるのか。

 考えただけで可笑しさで笑えてしまう。

 だが、余ですら、まだ理解しているとは言えない。

 先日、妃が王宮内にいないと知った時、真っ先に思ったのは、彼女が逃げた、ということだったのだから。

 あの一時に味わった闇を妃が知ることはない。

 胸を貫く痛みと激しい恨み。必ず彼女を見つけ出し、鎖につないででも閉じ込めようと思いめぐらせていたなど、知られたくはない。

 まさかジェイナス相手に愚痴を言いに出かけただけとは。


「妃には、余の寵を受けている自覚がないのだ」

「左様でございますか」


 宰相は不審顔だ。言葉は肯定しているが、内心そんなはずはないと思っている。それはそうだろう。

 後宮を閉じ一人残された妃。誰もが、王がその妃を寵愛しているからだと思っている。

 宰相は、王に伴われて公式の場に出ている時のすました妃の姿しか知らない。

 王の寵愛を得て王妃となることを望んだ、他の妃達と同じように思っているのだろう。


「妃を王妃にする。だが、妃はそれを嫌がるだろう」


 ナファフィステアは、後宮の争いを納めるために王が妃を大事にしているふりをしていると思っているようなのだ。いまだに。

 以前、そう言ったかもしれないが。

 彼女は王を特別扱いしない。

 しないことが嬉しくもあり、不満でもある。

 媚びてほしいわけではないが、それなりに甘えて欲しいと思う。

 のだが。


「左様で、ございますか?」

「妃は王妃になるものだ。密かに警護を厳重にせよ。そなたにも妃に会わせてやろう。そのうちにな」


 妃を宰相に会わせることを渋る、心の狭い陛下であった。



 妃付きの事務官吏が自分の裁量を発揮しはじめるのも、この頃からである。

 ジェイナスへ放った『じゃあ、今度、一緒に寝る?』発言は妃の観察報告書に記されることはなかった。

 王宮の平和のため、引いては、この国の安泰のため、と。

 しかし、会話を全て記録せよとの陛下の命令に背くことになるため、ストレスで何度も身体を壊すことにはなるのだが。


 ナファフィステア妃が王宮へ居を移し三週間が過ぎようとする頃のことだった。



~The End~

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。

おまけ話という割に話数の多い投稿となりました。

楽しんでいただければ幸いです。

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