第5話
陛下の部屋で待つ私の元へ、騎士カウンゼルがやってきた。
「ナファフィステア妃、ご機嫌いかがでございますか」
カウンゼルの笑顔、笑っているのに笑っていない。
強烈に張り付けた笑顔が、怒りを込めている。
ものすごい芸当をもっている人だ。
感心していると。
「本日は王弟殿下のお屋敷をご訪問なさったと聞き及んでおります」
「え、えぇ、まぁ」
ジワジワと締め付けるような圧迫感。
ユーロウスとはまた違った年季の入った迫力の怖さがヒタヒタと忍び寄ってくる。
来るならさっさと来いと言いたい。
「ナファフィステア妃の外出は、警護騎士団にとっても重大事。さっと声をかけてその辺のものを連れて行くのではなく、前もってお知らせいただければ幸いでございます」
「も、申し訳なかったわ。今後、気を付けます」
ゴクンと唾を飲み込み、なんとか、謝ってみる。
しかし、言いたいことはそれだけではないらしい。
「仮にも寵妃が、王弟殿下と必要以上に親しくなさるなどという噂は、臣の望むところではございません」
だからジェイナスは子供でしょうよ。まだ誕生日を迎えたばかりの十一歳なんだけど。
世間って、五月蝿い。
わかった、わかりました、十分に配慮しろって言いたいのは。
寵妃?
たまたま最後に残っているだけだっていうのに、そういうことにされるのは面倒な。
さっさと別の妃を連れて来ればいいのに。
「それから」
まだあるのか。溜め息が出てしまう。
ふうぅっ。
すると、カウンゼルはもとより、侍女リリアや女官達、騎士達にまでも厳しい目を向けられてしまった。
事は思ったより重大になっているらしかった。
「外出される場合は、必ず陛下の許可をお取りになってください。先日までの、お命を狙われていた状況をお忘れですか?」
「別に忘れていたわけじゃ」
ないわよ?
だから、警護も連れて行ったんだし。
「貴方にもしものことがあったらと、陛下はそれはそれはお心を痛めてらっしゃいました」
「そ、そう」
陛下、びっくりしたのか。
でも陛下に対してムシャクシャしてたから、陛下に許可取るっていうのも、ちょっと。
うーんと悩むナファフィステアの姿に、一同はまるで反省の色を見つけられない。
「ナファフィステア妃、カウンゼル様はこうおっしゃられたいのです。陛下が妃のことを心配するあまり執務も疎かになり、周囲に怒鳴りちらし王宮内はパニック。その上、予期せぬ陛下の外出に警護の騎士達にとっては多大な負担。そういうわけで、妃の軽々しい行動が引き起こした被害は甚大である、と」
き、きついわ、リリア。
一緒に行動していたはずなのに、王宮の状況など把握しているのはなぜなのかしら。
さすが王宮女官、プロなのだわ。
「まあ、そういうことです。今後はくれぐれも軽率な行動はお控えください」
カウンゼルは留めの一言を突き刺し、帰って行った。
私の行動が軽率で、王宮中が迷惑を被った。
つまりは、そういうことで。
いつの間にか、私は重要なポジションにいるということらしい。
夜になり、部屋へ主である陛下が帰ってきた。
無表情で、機嫌が悪いんだか良いんだかわからない。
良いわけはないんでしょうけど。
陛下が部屋に入った途端に、女官達はみな退出していった。
緊張感が漂う空間。
この張りつめた冷気、陛下は平気かもしれないけど、私は嫌い。
言いたいことがあるなら、言えばいいのに。
何も言わない、ついでに、視線も合わせない。
「心配かけて御免なさい。今後、外出する時には前もって連絡するわ」
先に謝ってしまえ、と言葉を出す。
自分的にはスッキリ終了。
「じゃ、お休みなさい」
スタスタと部屋を出て行こうとすると、ポイッとベッドに放り投げられた。
一瞬で。
腰へ後ろから腕がまわされたと思ったら、あっという間だった。
ベッドで仰向けに落ちた私は、今、ベッドの天井を見ている。
何が起こった?
そこへ、ぬうっとアップで無表情の陛下の顔が出現。
ぎょっ。怖っ!
心臓が縮むかと思った。ドキドキドキドキ。
時々恐ろしく恐怖を醸し出すので困る。
で、何なのか。
……。
……。
……。
だから、何なのよっ。
言葉にしようよ、陛下。
しかし、待っても埒が明かないので、必死に考えてみる。
「ここで一緒に寝ればいいのね?」
私はまだ夜着に着替えていないのだった。
この部屋に連れてこられてから、そのままだから。
「着替えに」
行こうと思ったら。
陛下が私の服のボタンを外しはじめた。
服は置いておくとして、この人は何が言いたいのか。
お願いリリア、陛下の言いたいことも、解説してほしいっ。
そんな願いが聞き届けられるはずもなく。
「悪かったわ、陛下。最近、気が立っていたのよ」
少し、反省してみる。
月のもののせいで、自分がイライラしていたという自覚は、ある。
些細なことに腹を立てたのも、そういうことで。
「でも、体調が悪いときに押し倒すというのは、無しよ?」
陛下は答えずに、せっせと私の服を脱がせている。
だから、これで腹を立てることになったんだけど、まるで理解してないらしい。
「聞いてるの?」
「聞いている」
ん?
脱ぐのは服だけでいいのよ。下着は死守。
「陛下。さっき言ったでしょう? 体調が」
「悪くないのであればかまうまい?」
腕力では太刀打ちできない。
悔しいが簡単に下着まで取り払われてしまう。
そして、ぎゅうっと陛下は私を抱きしめる。
ぎゅっとされるのは嫌いではないけど、それは服を着ての話である。
「心配した」
ぼそりと耳元でつぶやかれ。その言葉は胸に響いた。
本当に、心配させてしまったらしい。
騎士カウンゼル達の言うように、実は危険がいっぱいなんだと思った方がいいのかもしれない。
陛下の妃というのは恨まれる立場のようだし。
見えない敵が多い立場っていうのも、嬉しくないものだ。
「ごめんなさいってば」
「反省しているか?」
「反省してます。出掛ける時には前もって連絡する」
その私の答えでは、お気に召さなかったらしい。
「そなたは、余のそばにおればよいのだ」
連絡するしないよりも、もっと根本的に、外出することが嫌なようだ。
陛下は、我が儘だ。
それはしかし、普段口に出されることはない本音であり。
陛下は、案外、私を気に入っているのかもしれない。
心配されるのも悪くないかな、そんな風に思いながら、陛下に身をゆだねた。
ナファフィステアは、周囲の人達の思惑をまるで理解しておらず。
今、ようやく気付き始めたばかり。
『愛』が囁かれる日は、遥かに遠い。