第2話
確かにご褒美をあげようとは思った。思ったのは事実。
が、何事にも限度というものはある。
図体のでかい体力も持久力も有り余っている男性が、ちっさなか弱い女性に対する配慮っていうものは、どんな場合においても忘れてはならないものだと思う。
要するに、ご褒美は二度とあげるもんじゃないってこと。
せっかく、かわいい弟との初めての出会いに、こんなに腰が重い、足が怠いってどう思う?
朝から不平不満をタラタラと言葉にせず延々と表現していた。
侍女リリアなど、女官たちは気を使って、気を静めるようなお茶を用意してくれている。
「ナファフィステア妃、殿下がいらっしゃいました」
その言葉の後、緊張した面持ちで入ってくる男の子。
すっごい美少年。さすがに兄弟だけあって陛下に似ている。
ということは、陛下、小さいときはこんなだった?
いや、きっと違う。
表情が、態度が、柔らかい。控えめな態度だからなのかもしれない。
既に私より少し高い背丈でスラリとしている。今、伸び盛りなのだろう。大人とは違い、胸板の厚みがまだ薄く、手足が長い。
子供だからか顔もまだ尖ってなくて丸みが残っている。
すごい。少女マンガの絵が実現すると、こうなる?
やっぱり、がっしり男性より、スラッとした柔らかタイプの方が好きかも。なーんて、妄想していると。
「初めてお目にかかります、ナファフィステア妃。ハイドヴァン家のジェイナスと申します」
緊張しながらも私の前で礼をしてみせる、小さな貴公子。いや、私よりは大きいけれど。
小さな貴公子に、それはもう見事な笑顔で右手を差し出した。
「ナファフィステアよ、お姉様と呼んでちょうだい」
差し出した手にキスをしてくれた。
うわぁお、これが王子様ってやつ、よ。
「お姉様、ですか」
「そう呼ぶのは嫌かしら、殿下?」
戸惑う殿下の様子に、ちょっとがっくり。姉弟したいんだけど、急には無理だったかな。
そう思っていると、侍女が横から言葉を挟んできた。
「ナファフィステア妃、『お姉様』は呼び方が女性的です。男性の殿下がお使いになるのは、少々問題かと」
主に女性が使う呼び方だったのか。
それは確かにおネェ先生じゃあるまいし、使いたくないだろう。
「そうなの。残念ね」
じゃあ、男性はどう呼ぶんだろう、と頭を捻っていると。
「では、義姉上、とお呼びしてもよろしいですか?」
控えめに殿下が発言した。
この態度、ほんと、素晴らしい。陛下とは比べものにならない。
「ええ。嬉しいわ、殿下。仲良くしましょうね」
「はい、義姉上。僕のことはジェイナスとお呼びください」
これよこれっ。くーっ、堪らないわ。
この謙虚な態度。この愛想の良さ。
陛下は何処に置いてきたのかしらね。
「じゃあ、ジェイナス。早速、ダンスの練習に行きましょう」
一国の王がそんな謙虚な態度などとれるはずもないだろうに、ナファフィステアは勝手なことを思いながら、今日もダンス練習へ向かったのだった。
ダンス練習では、ナファフィステアの足捌きに多大な問題があることが発覚した。
身長差による歩幅の違い以前の問題だったのだ。
しかし、今日はそれだけに集中できるので、格段に上達した。
ジェイナスは、何度もふらつくナファフィステアの相手を辛抱強く続けたのだった。
「助かったわ、ジェイナス。だいぶん上手に踊れるようになったと思わない?」
私はパルデニ氏に向かって自信ありげに問いかけた。
メキメキと上達したのは先生にも当然わかっていることで。
それを言葉では認めたくないのだろう。嫌そうな半目で斜め上から私を見下ろしてくる。
「今日は見られるようになったわ。でも殿下のおかげだということを忘れないで」
おネェ先生は釘を刺すことは忘れなかった。
ちゃんと踊れるのは、ジェイナスが適切にリードしてくれるからだということは、私にもわかる。
踊れるようになってはじめて、男性のリードって必要不可欠だったんだと思う。
極端な身長差は、相手の男性にとっても非常にサポートしにくいらしい。
「流石です、殿下。すでに美しいダンスを習得しておられるとは」
おネェ先生、わたしとえらく態度が違う。
うーむ、子供といえど美少年は男性。先生、思ったより守備範囲が広いのか。
と観察していると、冷たい視線が返ってきた。
「貴女は基本から練習していただきますっ」
らんたった~らんらん~ぱん。
「足が悪いっ」
おネェ先生の妙なリズムに合わせて独りで踊らされる。そして、罵倒が飛んでくる。
新しく出来た弟の前で、カッコ悪いったらない。
早く憶えなくっちゃ。
先生、ジェイナスに触るんじゃないわよ。
視線で忠告する。
おネェ先生、眉を上げて、残念そうにジェイナスの肩へ伸ばそうとした手を降ろした。
油断できないわね。ジェイナスをあんな毒牙にかけるわけにはいかないから、注意しないと。
夜は、体調が悪いといって、陛下を部屋に入れないように言いつけ、早く就寝することにした。
今夜もご褒美の続きをと楽しみにしていた陛下は、傍目にも分かるほどがっかりした。
それほど今夜ご期待なさっておられたのですね、陛下。女官達は肩を落とす陛下からそっと目を逸らした。
そんな陛下のことなど考えもせず、ナファフィステアはダンス練習の程よい疲れに、ぐっすりと深い眠りを貪っていたのだった。