プロローグ(1 )
雨の日は嫌いだ。
周りが、自分が暗くなっていくような気がして。
溜め込んだDVDを見たり、パソコンにずっと釘付けになって、必死に頭をフル回転させながらキーボードをカタカタさせている。
『健一は立ち上がった。そうだ。この世はきっと善悪の塊で出来ているんだ。自分は何にも悪くない。そこにあるのが絶望でも、誰かがきっと希望を拾って持ってきてくれるのだ。いつか大海原に』
ここまで一気に打ち込んだかと思えば、ふとその手を止めた。机の端に置いてあったルーズリーフを取り出して、新たな殴り書きを付け足していく。
『恭子との険悪をこの世のせいだと勘違いする』
『権利の主張』
スマートフォンの着信音がなっているのにも気づかず、文字を書いてはパソコンに打ち込んでいく。その作業が延々と続いている。
扇風機の風にのって、ビールの空き缶がごろごろと転がっていく。白い絨毯の上には、大小様々な大きさのカバンがきちんと置かれている。テレビ台にある、星形の黄色い置物の横には、写真が数枚置かれていて、カレンダーには赤と青と緑で覆い尽くされていた。
パソコンのデスクトップの時計を見た。あと一時間。
仁蔵はタイピングのスピードを早めた。
『いつか大海原に旅立つんだ。やっぱり、自分の住める世界はここしかないんだ』
ここまで打ち込むと仁蔵は、何かを思い出したかのようにノートパソコンを閉じ、玄関から外へと出た。
閉じたパソコンには、天井の電気が写っていた。
まだ雨は降っている。