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あとがき


 ※出囃子は「一丁入り」で。


 えー、夕暮れどきの居酒屋に表具屋のご隠居が着流し姿でやって参りますてェと、近所で電気店を営んでおります拓二さんがすでにカウンターで一杯やっておりましてナ。

「なんでえ拓ちゃんじゃねえか、どしたい、こんな時間から」

「こりゃご隠居、お晩でございます」

「家族と一緒に夕飯食べねえのかい?」

「……じつあ嬶ァがこれでして」

 拓二さん、両手の人さし指で鬼のツノを作ってみせます。ご隠居、思わずぷっと吹き出して、

「まったく、おまえさんは懲りないヤツだね。今度はいったいなにやらかしたんだい?」

「聞きたいですか。へへ、さてはあたしの失敗談を今夜の肴にしようという。ご隠居もひとが悪い」

 そう言いつつ拓二さん、となりに腰掛けたご隠居に猪口をさし出して酒を注いでやります。どうやら話し相手ができて喜んでいるようですナ。

「いえね、冴えねェ話なんですが、先週の火曜だったか水曜だかに、えらい陽気の日があったでしょう」

「四十度を越えた日かい。ありゃヒドかったねえ。年寄りは新陳代謝が悪くて汗かかないから、生きたまま干物になるところだったよ」

「あの日あたしは、茅場町にある古い民家へ屋内配線の修理に行ってたんですがね。ネズミが線かじったらしく、エアコンが使えないって電話で泣きつかれまして」

「そりゃ泣きつくだろう、あの暑いなか空調が利かないんじゃ家んなか蒸し風呂と同じだ。すぐに修理してやらないと」

「ですがねェご隠居、配線の修理てェのはたいがい天井裏へ潜らなくちゃならないんだ。あそこはホント風通しが悪いんですよ。それにグラスウールが敷き詰めてあったりするから気持ち悪いのなんのって。そんなところを汗みずくんなって這いずり回るわけですから、工事が終わるころには体じゅうホコリまみれ、おまけにダニでもいたのか、あちこち痒くってしょうがない」

「イヤだねェ、汗をかいた肌にグラスウールがベタベタ張り付くなんて、考えただけでもゾッとするよ」

 そう言ってからご隠居、カウンターへ向かって元気よく叫びます。

「おうい大将、酒くれっ、冷でな。それと肴は適当にみつくろってくれ」

「へい」

 そろそろ還暦になろうかというこの居酒屋のオヤジが、ご隠居の前に一合升を置きますてェと、それになみなみと酒を満たしてゆきます。あわてたご隠居、あふれた酒を舌ですくい取るのに必死。それを横目で見ながら、拓二さんひとつ深いため息をつきまして……。

「まあ仕事だからしょうがないんですがね、とにかく作業が終わったんで、すぐに家へ飛んで帰ェってひとっ風呂浴びようとしたんですけど、どうしたわけか今度は自分ん家の電気が使えねェときた」

「わかった、この間の計画停電だろう」

「そうなんです。まったく、ひでェ話もあったもんで……」

 拓二さん、たくあんを一切れ口のなかへ放り込むと、忌々しげに噛み砕きます。パリパリと良い音がしておりますナ。

「嬶ァに聞いたら、あと四時間は温水器使えないと抜かしやがるもんで、それまで待ってられるかって家飛び出しましてね、しょうがないから隣町にある銭湯目ざして歩きはじめたんですけど」

「徒歩で行ったのかい? あそこまで三キロはあるだろう」

「へへ、風呂上がりにきゅっとビールを引っかけるつもりでね。それだけを楽しみに汗かきながら歩いてったんですが……」

 そこへ冷や奴の乗った小鉢が運ばれてきます。ご隠居は豆腐が好きなんですナ。満面に笑みをたたえつつ割り箸を、ぱちりっ、そして独り言のように、

「……まさか定休日だった、なんていうオチじゃないだろうね」

「しまった、当てられちまった、さすがはご隠居だ」

「まったくドジなヤツだねェ。せめて車で行ってりゃすぐに引き返せたものを」

「そうなんですよ、風呂にも入れねえで、あの距離をふたたび歩いて帰るのかと思うとウンザリしましてね。いっそ公園の池にでも飛び込んでやろうかと」

「飛び込んだのかい?」

「まさか、そこまで酔狂じゃありません」

 手酌でもって酒をつうっと喉へ流し込みますてェと拓二さん、ふんと鼻息を荒くしましてナ。

「でもね、ご隠居。世の中には捨てる神あれば拾う神ありっていう、あれはホントですね。汗をだらだら流しながら、ちょうどピンク横町の前を通りかかったときなんですが、毒々しいネオンサインの向こうから、夢かうつつか、自分を呼ばわる声が、シャチョウ、シャチョウ」

「社長には違ェねえだろ、おまえさんとこ一応は有限会社なんだから」

「従業員は、嬶ァひとりですけどね」

「そんなこたァいいが……おまえさん、そりゃひょっとしてトルコ風呂の呼び込みだったんじゃねえのかい?」

「ぷぷっ、ご隠居も古いねェ、今どきトルコ風呂ときやがった。まあ、その通りなんですが。世のなかで風呂のある場所ってェのは、なにも銭湯のなかに限った話じゃない、あたしゃそう思い直しましてね。サービスタイムだから九十分延長なしで七千円ポッキリなんて言いやがるし、こっちも切羽詰まってたもんで、誘い込まれるようにノコノコと」

「付いてったのかい。はん、豪勢なもんだねい」

 ご隠居、あきれ顔で大根のナタ割り漬けをバリボリと噛み砕きます。まだかなり歯は丈夫なようですナ。いっぽうの拓二さんはってェと、だらしなく顔をゆるめて、エヘラエヘラ。

「個室へ通されるてェと、そこには良いぐあいに日焼けした可愛らしい娘がちょこんと座っておりましてね、イラッシャイマセ、なんて三つ指ついて挨拶するんですよ、うひひひっ、なんか日本語あやしいなと思ってたら、これがなんとまあ、ひりぴーな」

「ひりぴーな? ……ああ、フィリピン人の女性ね」

「とにかくあたしは嬉しくなって、浴槽んなかへ頭っからドブーン」

「おいおい、乱暴なことするんじゃないよ」

「どっぷりと肩までお湯に浸かって、はァ~あ良い心持ち、ついでに歯も磨いたりなんかして……もう体じゅうの汗やら、ホコリやら、グラスウールやら、ダニやらを、すっかり洗い落としましてね」

「ついでに別なところも洗ってもらったんだろう、こんちくしょうめ」

「エアーマットの上でイチャイチャ、ネチャネチャと。へへっ。いろいろ不浄なものも出してスッキリ爽やか、晴れ晴れとした心持ちで店を出ようとしたんですが……あの辺りは、ほら、夜になると帰宅するサラリーマンでごった返すでしょう。おつむに湯気立てたまま、風俗店のビルから出ていくところを知人なんぞに見られた日にゃあ、ご近所でどんな噂が立つことやら」

「ふん、おまえさんのヘチマ顔は目立つからな」

「ヤダなあ、面長と言ってくださいよ」

 そのヘチマ顔をかたむけてタバコをくわえますてェと拓二さん、カチリっと火を付けて鼻からふーっと煙を吐き出します。

「しようがないってんで、ビルの裏口からこそこそ逃げ出したんですが、そこはちょうどゲームセンターの入り口と向かい合わせになっておりましてね。マズイことに、ばったり出くわしちまったんですよ……」

「だれとだい?」

「うちのドラ息子と」

「ああ、真人ちゃんね。そういや、たしか来年は高校受験だったな」

「勉強もしないでゲームセンターに入り浸ってる極道息子でして」

「おまえさんの若ェころそっくりじゃねえか」

「こほん……。そのドラ息子がね、あたしの顔を見るなり、ははあ、そういうことか、ってな表情でニヤニヤ笑いやがんですよ。憎いヤツでしょう。で、こう右手を出してきましてね、母ちゃんには内緒にしといてやるから五千円よこしなって」

「あげたのかい?」

「そこまでナメられちゃいませんよ。銭なんか渡した日にゃァ親父としての沽券にかかわるし、だいいち銭湯へ行くつもりで出てきたもんだからそんなに持ち合わせはねえ。てなわけで、大人を脅迫するたあ太ェ餓鬼だって頭小突いてやりましたよ」

「そしたら?」

「そしたらぜんぶ嬶ァに言いつけられました」

「なるほど、それで飯作ってもらえないってわけだ。そりゃあしようがない、おまえさんが悪いんだから、奥さんの機嫌がなおるまで毎日ここで夕飯べな」

 大笑いしつつご隠居、ホッケの開きを箸でほぐしはじめます。拓二さんはてェと、徳利がもう空になったんで仕方なく勘定書をつかんで立ち上がろうとする。それをご隠居が手で制しましてナ。

「いいよいいよ、ここは俺が一緒に払っておくから」

「え、そうですかい。じゃあお言葉に甘えて……」

 こういう、おごる側、おごられる側という自分の立ち位置をですナ、スマートに演じられるようになれば、人間万事塞翁が馬、明日は淵瀬のやっとこせ。よく大の男がバーの勘定書きをうばい合って「俺が払う」「いいや俺が払う」なんて揉めておりますが、ああいうのはどうも、みっともなくていけませんナ。

 で、拓二さんが頭を下げて帰ろうとすると、ご隠居が呼び止めまして。

「まあ、ちょいとお待ちよ。ひとつ確認しておきてェんだが、今の話な、あれのどこがSFになるんだい?」

「だってほら、ソープランドへ風呂入ェりに行ったわけでしょう。ソープでもって風呂だからSFって……ダメですかね」

「ダメですかねって、おまえさん、たしか去年もSFとは素敵なファックだとか抜かしてなかったかい?」

「へへ、よくご存知で」

「いいかい、この空想科学祭てェのはね、参加者リストに、SFには一家言あるというお歴々の名前がズラーっとならぶ、伝統ある企画だ。それをおまえさんのように、素敵なファックだ、ソープランドで風呂に入った話だ、なんぞ軽口ばかり叩いてた日にあ、さすがにあの優しい管理人さんだって怒るだろう。ああいう、ふだんおっとりした美人てェのは、怒らせると意外に怖いんだぞ」

「やだなあ、脅かしっこなしですよ。あたしゃこう見えて気が小さいもんで。それに管理人さんは、まず怒らないと思いますね」

「どうして分かる?」

「だってよく言うじゃないですか……」

 いぶかしむご隠居に、拓二さん堂々と胸を張って。

「ならぬ管理人するが管理人」




 SF企画が今年で最後だなんてすごく残念ですね (^_^;) でもいつかきっと復活することを信じてます。今まで企画を運営してくださった実行委員会の皆さま、バナー職人の皆さま、参加者の皆さま、作品を読みに来てくださった読者の皆さま、本当にありがとうございました。またいつか一緒にやれたら良いですネ (*´д`*)  でわでわ。

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