わたしの草(スーサイドプラント)は、ちょっと痛いだけなんです
「エレナ・エバンス! 貴様の放ったあの呪わしい草のせいで、我が国の騎士道精神は泥を塗られた!」
……ええと。
すみません。
いきなりそんなことを言われましても、わたし、どうしたらいいのかわからないんですけど。
ここは王宮の謁見の間。
床は白い大理石。柱はぴかぴか。天井には天使の絵なんかが描いてあって、いかにも王宮、という感じの場所である。
そして、そのいかにも王宮な場所の、いちばん目立つところで。
わたしは、元婚約者のエドワード王子に怒鳴られていた。
王子様って、怒ると怖いんだなあ。
いや、別に、怒っていなくてもそれほど優しい顔立ちではなかったんだけど。
「敵をあのような、のたうち回る凄惨な方法で自死に追い込むなど、卑怯極まりない! 聖女リーザも怯えている! 貴様のような悪魔の申し子は我が国には不要だ! 婚約は破棄する。今すぐ国外へ出ていけ!」
あら。
婚約破棄ですか。
そうですか。
いや、まあ、困るといえば困る。
わたし、一応、公爵令嬢ですし。婚約者だって、王子様だったわけですし。
でもですね。
わたし、ついこの間まで、この国のために一生懸命働いていたんですけど。
「……エドワード様。わたしはただ、隣国からの侵略軍から、この国を守りたかっただけです。わたしの固有スキル『スーサイド・プラント』で防壁を作れば、一人の味方も死なずに済むと思ったんです」
「黙れ!」
はい。
黙ります。
王子様がおっしゃるんですから、黙ります。
でも、ちょっとだけ説明させてほしかったなあ。
わたしの植物は、確かに、ちょっと変わっている。
葉っぱには細かい棘がびっしり生えていて、触れたものに、とんでもない痛みを与える。
しかも、その痛みは何年も消えない。
何年も。
つまり、今日触ったら、明日も痛い。明後日も痛い。その次の日も痛い。
眠れないし、ご飯を食べるのだって大変。もう、とにかく痛い。
ものすごく痛い。
……うん。
こうやって説明すると、確かにちょっと怖い能力かもしれない。
でもね。
だからこそ、敵は近づいてこないのだ。
敵が近づいてこなければ、味方は戦わなくていい。
味方が戦わなければ、怪我もしない。死ぬこともない。
すばらしい。
わたしとしては、ものすごくすばらしい作戦だと思うんだけど。
「おい! この薄汚い卑怯者をつまみ出せ!」
あ。
どうやら、説明する機会はもうないらしい。
騎士たちがわたしを取り囲んだ。
……そうか。
この人たちも、わたしが嫌いなんだ。
考えてみれば、当然なのかもしれない。
騎士様たちは、戦うのがお仕事だ。
敵を倒して、手柄を立てて、勲章をもらって、みんなに称賛される。
ところが、わたしが植物を生やしてしまうと、敵が近づいてこない。
つまり、戦えない。
手柄も立たない。
……あれ?
もしかして、わたし、騎士様たちのお仕事を奪ってしまっていたのかな。
それは、ちょっと悪いことをしたかもしれない。
「……わかりました。二度と、この国には戻りません」
わたしは頭を下げた。
そして、王宮の外に出たところで。
泥を投げられた。
……泥って、意外と重いのね。
いや、そんな感想を言っている場合じゃないんだけど。
わたしは、そのまま祖国を出た。
魔物相手に使っていた頃は、みんな喜んでくれていたのになあ。
どうして人間相手だと、こうなっちゃうんだろう。
馬車に揺られながら、わたしは考えた。
もしかして、ちょっとやり過ぎちゃったのかな。
だって、隣国の兵士さんたちは、わたしの植物に触れたあと、ものすごく痛がったらしい。
手足を切り落としてでも、その痛みから逃れようとした人もいたとか。
……うん。
それは、ちょっと大変だったかもしれない。
さらに、国宝のエリクサーを使って手足を再生した第二王子様は、傷が治ったら、痛みまで一緒に戻ってきてしまったらしい。
そして、絶望して自害した。
…………。
それは。
それは、確かに、気の毒だったと思う。
でもですね。
わたし、別に、殺そうと思って使ったわけじゃないんですよ?
そもそも、向こうが攻めてきたんですし。
それに、わたしの植物は、敵がその恐ろしさを知らないからこそ強いのだ。
一度痛みを経験した人間は、もう二度と正面から突っ込んではこない。
火で焼くとか、遠くから攻撃するとか、わたし本人を狙うとか。
対策はいくらでもある。
つまり、あれは初見殺し。
知らずに突っ込んできた相手には、ものすごくよく効く。
でも、魔物は違う。
魔物は本能で危険を避けるから、そもそも近づいてこない。
だから、何度でも使える。
便利。
とっても便利。
……便利だと思うんだけどなあ。
わたし、何か間違っているんだろうか。
◇
そんなわたしが、隣の小国にたどり着いたのは、ほとんど偶然だった。
正確に言うと、偶然というより、行き倒れたところを拾われた。
……うん。
行き倒れたの。
国境の荒野で。
お腹は空いているし、足は痛いし、服は泥だらけだし。
もう、なんというか。
ボロ雑巾。
しかも、かなり使い込まれたボロ雑巾。
公爵令嬢として、これでいいのかという気もするけれど、ほかにどうしようもなかった。
そんなわたしを見つけたのが、隣国の皇太子アルフレッド殿下だった。
死神皇太子。
そう呼ばれている人である。
強くて、冷酷で、敵には容赦がない。
……うん。
できれば、あまり関わりたくないし怒らせたくない人だと思う。
わたし、もう、怒られるのは十分なんですけど。
「君が、あのエドワードの愚か者に追放された公爵令嬢か」
軍の天幕の中。
殿下はわたしの話を聞いていた。
わたしは俯きながら、これまでのことを説明した。
婚約破棄されたこと。
国を追い出されたこと。
自分の能力が嫌われてしまったこと。
説明しているうちに、なんだか、どんどん情けなく、涙が出そうになってきた。
だって、わたし、本当に祖国の役に立ちたかっただけなのだ。
「……つまり、君は敵軍を一人も味方に近づけずに撃退したのか」
「はい。できるだけ味方に怪我をさせたくなかったので」
すると。
殿下は笑った。
低くて、楽しそうな笑い声だった。
「素晴らしい」
「……え?」
すばらしい?
今、すばらしいって言いました?
わたし、聞き間違えていないですよね?
「命を懸けて戦う戦場で、騎士道精神などという綺麗事を優先するとはな。泥水をすすってでも勝たねばならない我が国では、到底理解できん圧倒的強者の境地だ」
…………。
ええと。
褒められている。
これ、褒められているんですよね?
わたし、今まで、ずっと怒られていたので、褒められるという状況に慣れていない。
どう反応すればいいのか、ちょっとわからない。
「エレナ」
「はい」
「わが国は今、敵国の十万の軍勢に囲まれようとしている」
十万。
じゅうまん。
……多いなあ。
「君のその『おぞましい』といわれた力で、我が国の兵の命を救ってくれないか?」
わたしは、顔を上げた。
自分の力を必要としてくれる人がいる。
初めてだった。
怖がられるのでもなく、嫌われるのでもなく。
ただ、必要だと言ってくれる人がいる。
それだけで、なんだか胸の奥が温かくなった。
「……はい。殿下。お任せください」
わたしは答えた。
「わたしの力でよろしければ、喜んで」
ああ。
よかった。
わたしの植物、ちゃんと役に立つんだ。
◇
翌日。
敵軍は、本当に十万人いた。
地平線の向こうまで、兵士。
馬。
旗。
……うわあ。
すごい。
すごい数。
こんなにたくさんの人が、わざわざ殺し合いをしに来たんだ。
なんだか、もったいない気がする。
だって、十万人ですよ?
十万人もいれば、畑仕事だってできるし、町だって作れるし、道路だって整備できる。
なのに、どうしてみんな戦争なんかするんだろう。
まあ、今はそんなことを考えている場合じゃないんだけど。
わたしは前線の地面に両手をついた。
「――目覚めなさい。スーサイド・プラント」
魔力を解放する。
大地が震えた。
そして。
深い緑色の植物が、地面から次々と生えてきた。
細かな棘がびっしりと生えた、ちょっと、というか、かなり禍々しい植物。
それが静かに広がっていく。
幅、五百メートル。
国境を完全に遮断する、巨大な植物の壁。
わずか一時間足らずで完成した。
……よし。
できた。
わたしは額の汗を拭った。
これでひとまず安心。
味方の兵士さんたちも、これで安全。
よかったよかった。
と思ったら。
敵軍の指揮官が、何か怒鳴っていた。
わたし、耳はいいのだ。
「なんだ、あの草むらは!? 報告にはなかったぞ!」
そりゃあ、そうでしょうね。
ついさっき生えたんですもの。
「構わん! 突撃せよ!」
……あ。
来ちゃった。
重装騎馬隊が、ものすごい勢いで突っ込んでくる。
馬って速いなあ。
でも。
あの馬たち、わたしの植物に触れたらどうなるか、知らないんだろうなあ。
その瞬間。
「ヒヒィィィン!」
先頭の馬が、ものすごい声で鳴いた。
暴れた。
乗っていた騎士を振り落とした。
次の馬も、その次の馬も。
あっという間に隊列が乱れる。
そして、落馬した騎士たちは。
植物に触れてしまった。
「ぎゃあああああ!」
「熱い! 何だこれは!」
「助けてくれ!」
……うん。
痛いよね。
わたしも、できれば触りたくない。
というか、絶対に触りたくない。
自分で作った植物なのに、わたしだって嫌なものは嫌なのだ。
敵軍は大混乱になった。
まあ、当然だと思う。
だって、普通の草むらだと思って突っ込んだら、触れただけで激痛が襲ってくるんだもの。
しかも、幅五百メートル。
五百メートルですよ?
引き返そうにも、後ろから次の部隊が来ている。
進めない。
戻れない。
……あら。
これは、困ったことになった。
「罠だ! 退却しろ!」
指揮官が叫ぶ。
でも、もう遅い。
敵軍の統率は、完全に失われていた。
敵軍は十万人もいたのに、わたしたちの防衛線を突破できなかった。
攻撃は止まった。
そして、敗走が始まった。
……あれ?
終わり?
でも、そりゃ怖いわよね。
あの草むらが、怖い。
一度あの痛みを経験した人間は、もう簡単には近づいてこない。
わたしは、それを知っている。
だって、あれは本当に痛いんだもの。
わたしは、後ろを振り返った。
味方の兵士たちは。
誰も死んでいなかった。
誰も怪我をしていなかった。
よかった。
本当に、よかった。
「……信じられん。十万の軍勢が、我が軍の損害ゼロで退却しただと……?」
将軍が呆然としている。
いや、将軍だけじゃない。
兵士さんたちも、みんな呆然としていた。
そして。
「エレナ様万歳!」
「我が国の救世主だ!」
「一人の犠牲も出さずに国を救ってくださった!」
……あれ。
なんだか、褒められている。
しかも、みんな、ものすごく喜んでいる。
わたしは、ちょっと困ってしまった。
だって、これ、わたしにとってはいつものことなのに。
いつも通り、植物を生やしただけなのに。
そんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
そのとき。
背後から腕が伸びてきた。
アルフレッド殿下だった。
「見たか、エレナ。これが君の真の価値だ」
殿下は、わたしを強く抱きしめた。
「この国は君を全力で称賛し、守る。いや、私が君を誰にも渡さない」
…………。
え?
あの。
殿下。
ちょっと近いです。
いや、嫌というわけじゃないんですけど。
なんというか。
顔が熱い。
植物を生やすのは得意なのに、こういうのは苦手だ。
ものすごく苦手。
どうしよう。
わたし、今、どういう顔をしているんだろう。
◇
一方、その頃。
わたしを追放した祖国では、大変なことが起きていたらしい。
国境の大森林で、かつてない規模の魔獣の大暴走が発生したのだ。
スタンピード。
つまり、大量の魔獣が一斉に押し寄せてくる現象である。
……あれ?
そういえば。
わたしがいた頃は、そんなことなかったんだけど。
まあ、そりゃそうだ。
わたし、守りの薄い僻地の国境沿いに植物を撒いていたもの。
魔獣たちは本能的に危険を察知して、近づいてこなかった。
つまり。
わたしの植物は、見えない防壁だったのだ。
見えないけれど、ちゃんとそこにある。
魔獣たちはそれを感じ取って、遠回りしていた。
だから、国境は平和だった。
でも。
わたしは、もういない。
当然、植物もない。
つまり、魔獣たちにとっては。
あ。
通れる。
そういうことになったわけだ。
「エドワード様! 国境沿いの村々から、魔獣襲来の悲鳴が止まりません!」
「何だと!? 騎士団は何をしている!」
「各地で同時に襲撃を受けています! とても全ての村を守りきれません!」
……大変そうだ。
でも、仕方ないと思う。
だって、わたしがいなくなったんだから。
今まで、魔獣が近づいてこなかったのは、騎士団が強かったからでも、聖女様が頑張っていたからでもない。
わたしの植物があったからだ。
……あれ?
もしかして、みんな、そのことに気づいていなかったのかな。
いや、気づいていなかったんでしょうね。
だって、気づいていたら、あんなことにはならなかったはずだもの。
「リーザ! 聖なる光で魔獣を退けよ!」
エドワード王子は、聖女リーザに命じたらしい。
でも、リーザには魔獣の大軍を退ける力はなかった。
彼女がこれまで退けていたのは、わたしの植物によって弱っていた魔物だったのだ。
つまり。
そういうこと。
今まで、魔物が弱っていたのは、聖女様のおかげだけではなかった。
わたしの植物が、魔物を遠ざけていたり、弱らせたりしていたからなのだ。
その下準備がなくなったら、当然、聖女様だって大変だ。
「いやあああ! 来ないで!」
リーザの悲鳴が王宮に響いたという。
……うん。
怖いよね。
わたしだって怖い。
でも、わたしはもう、そこにはいない。
エドワード王子は、やがて気づいたらしい。
「エレナさえいれば……あの女の草があれば、兵を一人も動かさずに、すべての村を守れたというのか……!」
そう。
そうだったんですよ。
わたし、ずっとそう言っていたんですけどね。
聞いてくれなかったでしょう?
今さら気づいても、もう遅い。
結局、魔獣たちは王都にまで押し寄せた。
王子と聖女は、地下水道から逃げ延びたらしい。
かつて豪華な宮殿で暮らしていた二人が、無一文の難民になった。
……なんだか。
人生って、不思議だ。
あんなに立派な王宮に住んでいた人たちが、今は住むところもない。
わたしは、泥を投げられて追い出されたのに。
今は、ちゃんと屋根のあるところで暮らしている。
しかも、ふかふかのベッドまである。
……本当に、不思議。
◇
そんな祖国の話を聞いたのは、隣国の王宮だった。
わたしは、豪華な天蓋付きのベッドで、のんびりしていた。
ふかふか。
すごくふかふか。
天蓋もついている。
天蓋って、必要なのかな。
なくても眠れると思うんだけど。
でも、あるとなんとなく豪華な感じがする。
それに、ベッドが大きい。
大きすぎるくらい大きい。
わたし一人で寝るには、ちょっともったいない。
……いや。
何を考えているんだ、わたし。
「エレナ」
後ろから声がした。
アルフレッド殿下だ。
殿下は、わたしを後ろから抱きしめた。
「彼らのことを気にする必要はない。自ら防壁を捨て、綺麗事を選んだのだから」
「……でも」
「我が国は、君のおかげで無傷だ。敵国の軍勢も、今回のスタンピードの余波も、こちらには届かなかった」
殿下は、わたしの髪に触れた。
「城壁のない辺境の村の子供たちまで、誰一人怯えることなく暮らしている。君は、本当にこの国の女神だよ」
女神。
わたしが?
あの、スーサイド・プラントの持ち主のわたしが?
なんだか、まだ信じられない。
だって、ついこの間まで、わたしは悪魔の申し子だと言われていたのだ。
同じ植物なのに。
同じ能力なのに。
国が変わると、こうも評価が変わるものなんだろうか。
不思議。
でも。
嬉しい。
とても嬉しい。
「……アルフレッド様」
「何だ?」
「わたし、あなたに拾っていただけて、本当に幸せです」
わたしは殿下の胸に顔を埋めた。
「あのとき、わたしの力を受け入れてくださって、ありがとうございました」
「礼などいらない」
殿下は、わたしの顎をそっと持ち上げた。
「一生をかけて、君を幸せにすると約束しよう」
「……はい」
そして、唇が重なった。
甘い。
蜂蜜みたい。
ああ。
幸せだなあ。
わたしの植物は、確かにちょっと怖い。
触れたらものすごく痛いし、敵だって二度と近づきたくないと思うだろう。
でも。
わたしは、誰かを傷つけたいわけじゃない。
ただ、守りたいだけなのだ。
味方を傷つけずに。
誰も死なせずに。
できるだけ平和に。
それが、わたしの望みだった。
それをわかってくれる人がいる。
それだけで、こんなにも幸せになれるなんて。
人生って、本当に不思議。
かつて「おぞましい」と言われたわたしの植物は、今ではこの国の広い国境を守っている。
そして。
わたし自身も。
今度こそ、守ってもらえる場所を見つけたのだった。




