敵の根城と屈折した女怪人
東京都二十三区。
そこは、日本全国四十七都道府県にある〈ダークドーム〉の中でもひときわ濃い闇に覆われた場所である。
そして、その上空千メートルには、水の中のガラス板のように見えづらい、透明な円盤がある。
〈ミラーアイ〉
これは、世界各国の首都に作られた、侵略国家ゲドードスに通じる巨大な回廊である。その向こうに、前人未到の怪人たちの城があった。
「何故だ! 〈レツ・ワリコミ〉が負けただと!」
その一室。壁も床も真黒な、死んだ珊瑚を思わせる造形で覆われた空間。本来なら窓もないここは暗黒が満たしているのだが、その壁や柱は蝋燭の火に形の似た、紫色の燐光を放っている。それが周囲への知覚を許していた。これは、その標を吹き消さんばかりの女の怒声である。
「信じられん!」
部屋には、いくつか人影があった。そのうち一つ、中央で堂々と立ち、ふんぞり返っているのが中級怪人〈カタバン・デンジャード〉であった。全身を、カラフルなの中吊り広告のようなレオタード風、或いはボンテージのような衣装で覆う女怪人。その手には、不気味に巨大な三節棍が握られている。それが、ただ何の気もなく床を打つだけで、部屋が大いに揺れて悲鳴を上げた。
「どうかご辛抱を! 〈カタバン・デンジャード〉様!」
そんな〈カタバン・デンジャード〉へ跪き首を垂れているのが下級怪人〈チリッパ〉である。彼はほかの下級怪人と同じく双眼のレンズ入りマスクをつけている。故に表情は判然としなかったが、声の震えからして相当に怯えていた。
「お前、何故〈レツ〉は一人で狛江に降りたのか、知っているか?」
「それは……」
「〈レツ〉は、下級怪人〈コゼーニ〉を心配して降りたのだ!」
同時、振り回された三節棍は部屋の直径一メートルはある奇怪な柱を一撃で圧し折った。
当然、〈チリッパ〉もそれを知っている。〈コゼーニ〉には愛する婚約者〈センセン〉がいた。しかも〈センセン〉のお腹の中には子供もいる。だが今のご時世、妻と子供を養うのは主に経済的理由で、かなり勇気がいる。
「下級の癖に功を焦り、勝手に行動したからだ! そして〈レツ〉は部下の指導にも熱心だったが故!」
〈カタバン〉は三節棍を次々に振るい、柱を、床を、壁を、次々に粉砕した。その様相に、〈チリッパ〉は覚悟した。
「このままでは、城が駄目になります! おやめください〈カタバン〉様!」
〈チリッパ〉は土下座をもって懇願した。すると、まるで蛇のようにうねった三節棍が〈チリッパ〉を打った。
「ッ!」
「おのれ! ならばお前が城の代わりだ!」
ばん、ばん、ばん、ばん、と三節棍は壮絶に〈チリッパ〉を打つ。打たれるたび、〈チリッパ〉は悲鳴を上げた。
「そして、それもこれも魔法少女だ! 誰が〈レツ〉を倒したのだ!」
「名を、〈二十九号〉といいます!」
「そんな名など、東京では聞いたことがない! 〈レツ〉を倒したのだ。『幕府』が呼び寄せたほかの地域の魔法少女か?」
「いいえ! 地下魔法少女にございます! 視聴者数は精々三人の、零細も零細、雑魚中の雑魚にございます!」
「嘘を申せ! あの〈レツ〉がその程度の魔法少女に負けるわけがない!」
更に数度の後、ついに、全身をパンパンに腫らした〈チリッパ〉は四肢を床に広げて力尽きた。肩で息をする〈カタバン・デンジャード〉はそれを一瞥もしない。
「許さん。許さんぞ地下魔法少女……」
き、と睨んだ壁が明るく光り、一人の地下魔法少女の顔を映す。さらに、詳細なプロフィールも。推定二十七歳。成人女性。配信中は十八歳前後の少女になり、年もわきまえず明るくうるさく話しかける癖があるという。読んでいるだけで身の毛がよだつ。
「なんと屈折した女だ! 年も弁えず、足まで出してこんなフリフリの着いたドレスを着て歩くなど!」
「〈カタバン〉様の格好も相当……」
ばん。〈チリッパ〉は静かになった。
「おのれ〈魔法少女二十九号〉……わたしの初恋〈レツ・ワリコミ〉を負かした魔法少女め」
そう語る〈カタバン〉の目から、はらはらと涙がこぼれていく。
「やつを最初に泣かすのは、わたしと決めていたはずなのに!」
薄れる意識の中、〈チリッパ〉は、この人も相当屈折しているなあ、と思う。
〈カタバン〉は三節棍で床を打った。最後の力を振り絞り、〈チリッパ〉がタオルを差し出す。
「明朝、出るぞ。調布の京王電鉄を襲い、わが力で徹底的に破壊してやる。その時が、〈魔法少女二十九号〉の最終列車だ」
それだけ残し、部屋を後にする。残された〈チリッパ〉の体が崩壊していく。本来であれば、一撃で下級怪人など消し飛ばす威力の攻撃を受け続けていたのだから当然である。彼がここまで耐えられたのは、強靭な精神があればこそ。それだけの威力を持った三節棍を操るのがこの〈カタバン・デンジャード〉――五万人級の実力を持った強力な中級怪人である。




