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そのとき、光を見た

 〈魔法少女デイリー・ミニカ〉は現在大売出し中の新人魔法少女である。今日は立川での魔法少女不足を補うため、『幕府』の依頼で正体を隠して潜伏している。


 ゲドードスの支配下にある二十三区から離れ、東京にて最も栄えている都市〈ブライトタワー〉立川。その喫茶店の窓際で新春いちごパフェを口にできるのは、平均視聴者数五万人を抱えている余裕からだろうか。


 半ば繰り上がりとはいえ、『幕府』の依頼で立川に招聘されるのは悪い気はしない。むしろ、ここで認められてからが本番だ。なにせ、自分が〈アンダーグラウンド〉狛江の主要怪人を倒し続けて三か月になる。今や自分は狛江の顔と言って相違なかろう。あそこはしばらく、中級怪人どころか四天王すら近付くことはないはずだ――ふ、と余裕の笑みを湛えて彼女は、自分の縄張りの方角を見た。


「ん?」


 不可思議であった。何故か、遠く常に砂嵐に覆われたエリアに、赤い光が瞬いている。そして、それは忽ち一本の線になったかと思うと、あっという間に砂嵐とともに消え去った。


「え? え? どういうこと?」


 正体がばれないようにと格好つけて買った大ぶりなサングラスが、十一歳の少女の顔面を滑り落ちる。切り裂かれた砂嵐の向こうからは、ついぞ彼女が作り得なかった狛江の青空すら顔を見せる―これは即ち、何かが狛江を超えて二十三区に立ち込める暗雲すら断ち切った、ということを示していた。


 周囲の人すら、遠く調布や狛江方面に異常が起きていることに気づき騒いでいる。しばし忘我の中にあった〈魔法少女デイリー・ミニカ〉こと■■■■(十一歳)だが、遅れて周囲の客たちの声の中に、一つの言葉が繰り返されていることを理解した。


「――号」「法少女」「魔法」「二十」「号」


 はっとして、彼女は自分のマジカルスキスキステッキスマートフォンを手に取る。すると、さっそくそれはニュースになっていた。


 それを読み、彼女は目を白黒させた。


 そんなことってあるものか!


 ――それから、八時間後。


 〈グレイベルト〉調布。〈ニートリヒ=シュロス〉(正式名称『末法荘』)二〇二号室。


「あれ? ここは……」


 〈魔法少女二十九号〉こと空地川サビ子(二十七歳)は目を覚ます。


 見慣れた汚い天井。不釣り合いな丸いシンプルなシーリングライト。


「わたしの、部屋だ……」


 そう口走って、異常を飲み込んだ。


「待って! わたしは狛江で戦っていたはず!」


 湿気た掛け布団を吹き飛ばし、サビ子は大声を上げた。服装はパジャマになり、勿論指先が滅茶苦茶に折れているわけでもなく、背骨も内臓も無事である。


 ――ぱちぱち、ぱちぱちぱち。


 そうして周囲を見回し、ひたすら混乱する空地川サビ子を、サラダ油が弾ける心地よい音と、鼻腔が勝手に広がる香ばしいソースの匂いが迎え入れた。ぐう、と勝手にサビ子の腹が鳴る。


「小麦粉を溶いて作った生地を鉄板で焼き、その上に刻んだキャベツを乗せてもう一度生地で閉じ、最終的に焼きそばの麺や薄く焼いた卵を合わせてソースやマヨネーズで味付けした料理を何と呼ぶ?」


 主に関西圏で『好んで』食される料理なのは容易に想像がつく。問題はその呼称である。地域ごとにこだわりがあり、対立を持ち込みがちなその名前。さらに問題を付け加えるなら、それであたかも意図的に対立を煽るようなその言い方。そして、それを積極的に突き付ける存在を、空地川サビ子は一人だけ知っている。


「げ、ゲドードス!」


 相も変わらず、何も書かれていないキャンパスのような白い男。ただ、今はサビ子が用意したキューティ拘束衣を着たままである。


「おれは料理じゃねえよ。まあ、世界統一の暁にはこの料理のことをそう呼んでもいいかもな。そういう文脈を込みにした大喜利の回答であれば……いや、つまんねえな。やり直し」


 空地川サビ子が主に生活に使っているその部屋は、かろうじてカーペットやローテーブル、箪笥や何やらと家具がそろっている。そして、一つしかコンロのない台所で、ゲドードス大王はなんと、フライパンをふるっているではないか!


「な、なんであんたが! どういうことなの!」


「目え覚ましたと思ったらうるせえなあ。とりあえず座れよ」


 フライパンを片手にゲドードスはローテーブルを顎で示す。サビ子は混乱のまま座椅子の上に。すでにテーブルにはすでに一つのその料理と、湯飲みと箸、皿が置かれていた。


「ほら。これが『ゲドードス』だ」


 フライパンからその小麦粉で構成されたその料理が焼き立てのまま皿の上に滑り落ちる。状況は意味が分からないが、その香りだけは本物で、サビ子は思わず唾を飲んだ。


「お願いですからここでそういう新しい対立を生むようなことを言わないでください」


 サビ子はついつい嘆願した。


「それは悪かった。まあ食えよ。今更毒は入れない」


 焼き立てにソースとマヨネーズがかかる。もうそうなっては駄目であった。サビ子は気付けば進められるがままにそれに箸を向けていた。


「う、うまい……」


 それは、サビ子が全く意図していない言葉だった。ただ、思い返すのは、地下魔法少女として生きると決めた日から、炭水化物の塊のような食事を避けていたこと。まさに、それは十二年ぶりの覚醒である。口に入ればたちまち染み入るように血管が拡大し、肉が膨れ上がるのを感じる。圧迫された涙腺が、今まさに涙さえひねり出そうとして……


「いや、やっぱりなんでいるんですか」


 目の前の最上級の異物であるゲドードスだけはやっぱり無視することができなかった。彫刻のように荘厳な顔がもぐもぐと、呼称不定の関西圏でよく饗されるその料理を口にしているとなればなおさらである。


「それはこっちのセリフだ。お前がおれを捕まえたんだろう」ソースで口周りを汚しながら対手は言う。


「た、確かに……」


 それを言われると、サビ子は何も言い返せなかった。


「って、違う! えっと、じゃあ、なんでわたしは狛江じゃなくて家にいるのかって話で……」


「それは、おれが拾いに行ったからだ。急いだほうがいいと思ったしな」


「ど、どうして?」


「ぬいぐるみと銃は返しておいた。お前はそのついでだ」


「あ」


 そういえば、たなかねみちゃんなる少女のぬいぐるみを危険地帯から回収しに行っていたのだ。それに、貸与された銃は期限内に返さない場合、連帯保証人の信用情報に傷がつく。もちろん、〈魔法少女二十九号〉の保証人は空地川サビ子である。ややこしい。


「それは……ありがとう、ございます」


 サビ子はなぜか礼を言った。礼を言うのは当然だが、やはり違和感がある。対手はやはり敵だからして。


「いや、ちょっと待ってください、でもなんで、そんなにわたしに……」


「別に。お前が気にすることじゃねえだろ」


 ぶっきらぼうにゲドードスは言う。そこで、サビ子はだんだん蘇る記憶のうち、最重要情報に行き着いた。


「待って」「さっきから待って待ってうるせえな」「あの時のスペチャ、あれってまさか!」


「そうだよ。おれだ。文句あるか」


 その言葉に、サビ子は顔を一瞬青くした。


「そんな、どうして……人類には、まだあれのやり方もわからないのに……」


「おれ達が解析していないわけがない。技術だけなら、おれ達の方が余程解析が進んでいる。スペチャぐらい余裕だ」


 サビ子は愕然とした。真に神の恵みとしか言いようのないその力、スペシャルチャット。それをすでに、敵方が自在にしているとは。


「なんだよ、急に怒鳴ったり静かになったり。落ち着きがねえな」


 自分が半分は悪いとはいえ、様々な問題がサビ子の前に結集していた。混乱するのも無理はないが、そうしてあらゆる問題が混然一体となった結果、サビ子は逆に落ち着いてきた。


「あっそう。まあいいや。あの額のスペチャとかめっちゃびっくりしたけど、所詮はわたしみたいな零細地下魔法少女相手だから誰も話題になんかしてないだろうし。いろいろあったけど、まずは現状維持だ」


 そこでサビ子は元気を取り戻し、その料理を頬張る。高濃度に圧縮された炭水化物に体が躍り、精神はさらに整っていく。


「話題になると困るのか?」


「そりゃそうでしょ。だって、わたしは地下魔法少女なんだし。目立ったら一大事でしょ」


「だとしたら、面白いことになってるな」


「え?」


 食事で温まっていた背筋が凍り付く。


 恐る恐るサビ子はマジカルスキスキステッキスマートフォンを取り出し、ニュースを見てみる。すると、一面に以下の文言が広がっていた。


『大手柄! 地下魔法少女が中級怪人を撃退?! 技の決め手はスペチャか』


『その名前は〈魔法少女二十九号〉!』


 その文言を目にしただけで、サビ子はもう手に持つ箸をころんからんと落とした。


「どうした喜べよ」なぜか自慢げなゲドードス。


 対して、サビ子は今日一番の大声を出した。


「大問題だよ! なんてことをしてくれたんですか!」


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