表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/37

中級怪人レツ・ワリコミ

 

「それは失礼した。だが、誰にものを言っているのか、わかっているんだろうな、地下魔法少女」


 そういって振り向くのは、全身を分厚い甲殻で覆った雄々しき体格の、見るからに中級以上を示すゲドードス怪人であった。


「あ、あなたは……」


 今度こそ、演技ではなく本当に腰を抜かして〈魔法少女二十九号〉は敵を見上げた。


「おれの名前は、中級怪人〈レツ・ワリコミ〉! この下級怪人〈コゼーニ〉の無二の親友!」


 中級怪人が言葉を発す度、町が揺れるのを感じる。


「そして! お前はおれの敵だ! 友の仇! その全身、割りに割って引き千切ってやる!」


 筋肉質な肉体に、暗褐色の甲殻の鎧を纏った恐るべき姿。身長はなんと二メートル以上! 頭部は折り重なるように透明な殻が多層を成して、その薄い部分から不気味な光が二つ漏れている。おそらく、各波長の電磁波を自ら発し、その反響を観測して周囲を特定しているのだ。


「ひょーーーーーー!」


 だが、何より恐ろしいのは巨大に膨れた両腕の鋏!


(シャコ型の怪人だ! 殴られたら死ぬ!)


 配信中とか魔法少女とかなど関係ない! 情けなく悲鳴を上げて走り出す!


(叶うわけがない! 中級怪人を倒すには、最低でも千人以上の視聴者が必要なのに!)


 下級と中級の戦闘力の差は千倍以上。しかも、中級の中にも差があり、一万人の視聴者がいても勝てないことがある。下級を姑息な手を使って何とか撃滅せしめた〈二十九号〉がどうこうできる相手ではない。ちらとみた今の視聴者の欄は当然『0』である。


 しかし、幸い地の利がある。十七年間通い詰めた狛江の地形は、逃げるだけならば地図などいらない。


「早く調布に逃げなくちゃ!」


 走っているうちに冷静になる。故に〈二十九号〉は叫んだ。


(こう叫べば怪人は調布行きを邪魔するはず! だからわたしは追いつめられた振りをして、近くのミニカちゃんの縄張りに逃げ込む! 売り出し中の魔法少女だ! 別の案件の途中でもミニカちゃんは必ず来る!)


 伊達に修羅場は潜っていない。相手が中級怪人であればこそ、勝つことはできなくても対処はできる。


「おっと、割込みさせてもらうぜ」


 だが、それはもちろん、相手との根本的な力量差を加味しなければ、の話である。


 ――目の前に、再び壁のような背中を持った〈レツ・ワリコミ〉が現れる。


(中級怪人の固有能力! なんにでも割り込むってことか!)


「くたばれ!」


 〈レツ・ワリコミ〉そのハンマーのような鋏で容赦なく〈二十九号〉の体を水平に殴りつけた。


「うおぇえっ!」


 それを体に受けて、〈二十九号〉は吐瀉しながら地面を何度も跳ねて遠くに転げた。それは、水切りの石ころに似ていた。


 ごん、と激しい音を立てて電柱の残骸にぶつかり、停止する。この百年間、砂嵐に耐え続けたそれが、いとも簡単に圧し折れ倒れる。


「かっ……あ」


 すでに、視界が白み始めている。それは、砂嵐だけが原因ではないだろう。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!)


 微動だにしない体に反し、〈二十九号〉は、否、空地川サビ子は叫び出したかった。内臓が破壊され体内にとろけ出す激痛、背骨が折れた絶望感、鼻と喉が砂で詰まる苦しさ、冷える指先、恐怖、恐怖、恐怖!


「ふん。地下魔法少女の癖に、一丁前に衝撃を逃がしたか」


 確かに〈二十九号〉は無意識のうちに相手の力を受け流す努力をしていた。それがかろうじて命を繋いだのだ。


「だが、それも所詮は小手先! わが友の悔しみとともに、この一撃で地下に割り入れてやる!」


 極太の鋏が振り下ろされる。きっと頭がぺしゃんと潰される。その直前になって、空地川サビ子はあることに気づいた。


(わたしは、ずっと独りだった)


 ――ぐしゃり。


 狛江の大地に、瑞々しい音が響く。どろーりと液体が広がっていく。生臭さが狛江の空気に伸びていく。


「何が、起きた?」


 困惑の声を上げたのは、〈レツ・ワリコミ〉だった。彼は、半分ほどに潰れた自分の自慢の鋏を見て、動揺を隠せない。


「え? わたし、生きてる……?」


 否、それだけではない。〈魔法少女二十九号〉の体が赤く煌々と輝いている。彼女自身も何が起きているのかまるで理解できていなかった。皮膚の下は骨も内臓もなくぐちゃぐちゃにシェイクされていたはずなのに、それすら治っていた。


 慌てて、傍に落ちているマジカルスキスキステッキスマートフォンを拾う。


 視聴者数『1』


「でも、一人だけでこんなことは……」


 答えはすぐ下、真っ赤に塗られたコメントにあった。


 《スペシャルチャット》

【100,000,000】

『がんばれ地下魔法少女』


「スペチャが、わたしに?」


「なんだ、何が起きている!」


 この時ばかりは〈レツ・ワリコミ〉の方が混乱していた。雑魚中の雑魚、地下魔法少女を倒そうとして、逆に自分の鋏が砕かれたのだ。


「スペチャなんて! こんな、こんなの……! わたしに扱えるわけがない!」


 一方〈二十九号〉もまた、別のことで焦っていた。全身に滾る圧倒的な『力』が体を突き破ろうとする。自身の袖口を見遣ると、カーキ色のそれが時折ピンク色の学ラン風のそれに切り替わる。手も、十八歳のすらりと伸びきった美しい指先ではなく、幼く丸っこい形に瞬く。


「駄目! それは違う!」


 慌てて押さえつける。


「わたしは」『わたしは』「地下」『魔法少女の』「〈二十九号〉!」『だから』「もう!」


 目に見える容姿だけではない。その声もまた、成熟した女の声と子供の間を行き来する。明らかに異常事態であった。


「おのれ、地下魔法少女! だが、お前を倒せば!」


 この状況で〈レツ・ワリコミ〉は〈二十九号〉より先に冷静さを取り戻した。彼の声が〈二十九号〉の注意を引く。見れば、潰れたはずの鋏が元に戻っている。恐るべき再生能力であった。だが、〈魔法少女二十九号〉が真に気にしたのはそこではない。


 ――ねみちゃんのぬいぐるみが入ったボンサックが、敵の足元に落ちている。まるで助けを求めるように、袋の口から可愛らしいぬいぐるみの手が伸びていた。


 さらに、その背後には例の巨大な砂嵐が見える。あれに巻き込まれては、ぬいぐるみの発見は絶望的だ。


「その妙な光ごと、もう一度叩き潰してくれる!」


 〈レツ・ワリコミ〉が大きく一歩を踏み出す。その足が、ぬいぐるみに上に掛った。


「やめろ! それはねみちゃんのお友達だ!」


 ――〈魔法少女二十九号〉が手を伸ばしたその時、〈レツ・ワリコミ〉の身に何が起きたのだろう。


 〈レツ・ワリコミ〉の体が動かなくなった。否、延長されていた。


「特異点? 馬鹿な、地下魔法少女がこれを?」


 それは、ぬいぐるみと〈レツ・ワリコミ〉の間に生じた、一センチほどに見えるほぼ無限の『距離』であり、点。問題はそれを〈レツ・ワリコミ〉が踏んでしまったこと。そして、その『点』があっという間に彼の体を埋め尽くし、そのままその背後、瓦礫の町や砂嵐にも表れた。


 そうして、一瞬で〈レツ・ワリコミ〉の姿が消滅した。


「え?」


 自分が何をしたのか、〈二十九号〉には分からなかった。ただ、無差別に作られた異なる時空間の差は、中級怪人がいた場所も、その向こうの瓦礫も、砂嵐すらも、全てを引きちぎって消し去っていた。


 ――青空。


 常に汚染物質の砂嵐に曝されている〈アンダーグラウンド〉狛江に、久方ぶりの青空が注ぐ。そうして漸く、〈二十九号〉は地面の上に変わらず、無事な様子のぬいぐるみの手を見て安堵した。這い寄り、それを胸に抱える。


「……よかった。ねみちゃんのお友達は、元気だよ……」


 そんなことを口にしていると、〈二十九号〉は全身から力が抜ける思いを感じて意識を閉じた。


 ――それを、真っ白な人影が冷笑を浮かべて見下ろしていることなど気付くことも無く。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ