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ニートリヒ・シュロス

『はい、そうです! 今あらゆる世界に干渉して、その悪意を増幅している〈マッドフラム〉という悪い奴がいまして……』


『そう! その通り! よくわかってくれたね! 賢い!』


『なかなか一回で理解できる女の子っていないんだよ?』


『え、契約に際する注意事項……? 給与……?』


『いや、許せないよね? 町とか人とか壊そうとするんだよ? それを止める力があなたに……』


『最近の子はシビアだなあ……いいよ、付き合う。じゃあまずは契約書を転送するね』


「あー! もう無理! 疲れた!」


 ヘッドセットを投げ捨てて、大いに溜息をつく。空地川サビ子は六時間に及ぶ説得を終え、座椅子の上に凭れ掛かった。目に見える風景はボロアパート『ニートリヒ・シュロス』の二〇二号室。年季の入ったローテーブルが視界に入った。


「ふ。さあ時刻はJST基準で十四時だ。一息つくなら、紅茶とコーヒーどっちがいい?」


「その問いかけいい加減やめなよ」


 目は赤く充血し、隈もできている。そんな彼女に声をかけたのは、ゲドードス前大王だった。相も変わらず塗り忘れのような白い姿の彼は、スウェット姿にエプロンでサビ子の前に立つ。


「そうは言うが、初めて会うやつや顔なじみにはアイスブレイクとして有効だからな。いわゆる持ちネタというやつだ。お前にはない魅力だな」ふん、とゲドードスは鼻を鳴らす。


「半分ぐらいは自虐だろうが! それで人が死んでるんだから全部愛想笑いだよ」


「それは……まあそういうなよ」


「ガチで落ち込むことある?」


 サビ子にも彼の困惑が伝線した。


「うるせえ! もういい、おれは研究に戻る。折角進展もあったのに、お前には教えてやらねえ!」


 急に拗ねだしたゲドードスにサビ子は慌てて縋る。


「あーもう、わたしがわるぅござんした! ねえねえ、進展って何?」


「……〈マッドフラム〉が事象を選定するのは完全にランダムかと思っていたが、法則があることがわかった。視聴者はおれ達の追跡を攪乱する気はないという考えは、おそらく間違いだ。奴らにも限界がある。おれ達が〈マッドフラム〉の追跡ができるのは、手抜きではなく必然だ」


「つまり、法則が分かった以上、〈マッドフラム〉の干渉する事象や、そもそも干渉自体を止められるってこと?」


 サビ子の顔がにわかに綻ぶ。


「そうだ。それもこれも、〈第六十六代美少女征夷大将軍ブレザーリボン〉がプレミアムプランに加入したマジカルスキスキステッキスマートフォンを譲ったからだ。少しは感謝してやらなくもない」


「おかげで帝国は完全撤退しないで『友好』を結ぶことになったけどね」


 その一言に、ゲドードスは思い出したように顔を歪めた。


「あのガキ、譲渡の条件にほとんど帝国側が降伏するみたいな条項まで書き足しやがって」ゲドードスは不満そうに言う。


「まあ、人間からしたらあっという間に復興が進んで大助かりなんだけど」


 サビ子は『ニートリヒ・シュロス』の窓の外、青く美しい地球を見た。


「嫌なことを思い出した。もういい。とにかく、こっちにはプレミアムアカウントに加入した『ピカリライブ』アプリがお前のを含めて二つある。一つは対多事象干渉大規模ストリーミングサービス『ピカリキャスト』に改造して使えなくなったが、もう一つで『視聴者』と〈マッドフラム〉の鑑賞の仕組みの研究が進んでいる。〈パスワード〉も定期的に研究の報告を送ってくれているし、〈マッドフラム〉とのケリはもう少しでつく」


「なんだ、法則がわかったらわたしが殴りこんで、それでおしまいかと思った」


「そう簡単には進まねえよ。お前にはまだ、仕事がある。そういうことだ」


 ゲドードスはそう言って、この一室の壁に展開された十台を超えるモニター郡を指した。そこには一様に『ピカリキャスト』の表記と、見知らぬ事象世界の光景が映っている。その中には、アバターとして設計された、ウサギのような鳥のような、奇怪なマスコットキャラクターの様子も表示されていた。


「現地の女の子に頼んで戦ってもらうの本当に大変だからさ。そろそろわたしが直接殴りこんで〈マッドフラム〉と戦えたりしないの?」


「奴は視聴者のバックアップの元、同時に複数の事象へ干渉できる。その結果、意識が変質した〈マッドフラム〉がどんな風になったのか、知ってるだろ」


「……うん。そうだったね。ごめん」


「そういうことだ。おそらく、こっちがバックアップを視聴者並みに用意できてもこの問題を解決することはできない。人間の意識や認識能力の限界だ」


 ゲドードスの顔が沈む。


「じゃあ、仕方ないか。紅茶がいいなー」


「わかった。用意しよう」


 そういって、ゲドードスは立ち上がった。その時であった。


『ラムラムエネルギーマイナス十点七三。ラムラムエネルギーの相転移現象を確認』部屋にサイレンが鳴り響く。


「マイナス十点七三? 本当に?」サビ子は目を丸くした。


「視聴者が動いた。視聴率、十一パーセント。新番組だ!」ゲドードスは二〇二号室の壁を触ると、モニターを現出させる。


『対象特異点・自動照準。ターゲット〈天夜サニー〉』


「よし、じゃー配信始めますか」


 サビ子は大量のモニターの前に座ると、その中の一つを指定して正面に持ってくる。


「アバターは、かわいいからこれにしよっと」


 それは、角の付いた羽根のような耳を生やしたウサギだった。


「じゃ、ゲドードス。紅茶キャンセルでエナドリよろしく」


「ああ。じゃあ、いい配信を」


「うん。任せて」


 サビ子の伸ばした手を、ゲドードスが握る。


「いってらっしゃい」さらに、彼はサビ子の頭頂に自分の額を当てる。サビ子は上を向き、彼の額へおのれのそれをぐりぐりと押し、答えた。


「いってきます」


 ◆魔法少女支援マスコットキャラクター配信アプリ『ピカリキャスト』


『Tap to STREAMING!』

『PIKARI CAST』


 《アカウント認証開始》

 《認証対象:空地川サビ子》

 《アカウント名『ストリーマー・コサビ』》


 ◆サーバー接続中→接続完了。


 配信開始まで、


 ●●○3

 ●○2

 ○1


 《『ピカリキャスト』スタート!》



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