ブラックホールはそれほど黒くない
「もういいだろ、〈レツ・ワリコミ〉」
ついに月面で決着をつけようとしていた〈魔法少女空地川サビ子二十七〉と〈絶望魔法少女マッドフラム〉の間に立つのは、タキシードに身を包んだゲドードス大王であった。
「ゲドードス、大王様……」
〈絶望魔法少女マッドフラム〉の五十三億人級の一撃。月すら別つはずの威力。だが、それすら恐怖の大王ゲドードスの片腕で事足りるのだ。
「なんでだ! どう見てもわたしの勝ちだ!」
〈マッドフラム〉は涙声で叫んだ。だが、ゲドードスは首を振る。
「見ろ。〈魔法少女空地川サビ子二十七〉のコメント欄を」
ゲドードスは自らのマジカルスキスキステッキスマートフォンの配信画面を見せた。
《スペシャルチャット》
【999,999,999,999】
『がんばれおれの推し』
「桁がでかすぎてなんて書いてあるかわからないよ!」〈マッドフラム〉は見た目相応に首をぶんぶん横に振って悲鳴を上げる。
「ちょうど世界中の〈ミラーアイ〉を解除したからそのリソースをすべて投入した。退位した後はバリでのんびりしようかと思っていたが、その貯蓄も尽きた」ゲドードスは少し寂しそうに言う。
「お前、馬鹿なのか?」〈マッドフラム〉は目を瞬かせた。
「ああそうだ。おれは、『バカに』されてしまった」
ゲドードスはやれやれと肩を竦める。
「サビ子は、殺させない。まだ城の抵当や生命保険の解約もできる。別荘も他の時空間にいくらでもあるしな」
「いかれてやがる」
「さあ、どうする。まだやるのか?」
余裕な声を発すゲドードスの背後には、顔を赤くして呆けている〈サビ子〉がいる。その背中には桁数もよくわからないスペチャを受けて謎の後光すら差している。
「……やる」
〈マッドフラム〉は拳を固めて言う。ほう、とゲドードスは吐息を漏らした。
「わたしは、気付いた。この世界には、どうしようもない憎悪や復讐心、抑え込めない怒りが満ちている。わたしはそれの代弁者だ。だって、わたしを応援して、憎め、戦え、殺せと叫ぶ人たちがいる!」
〈マッドフラム〉は自身のスマートフォンの配信画面を突き出した。
「馬鹿! 魔法少女がそんな邪悪な理由で戦うな!」
さすがに〈サビ子〉が前に出る。だが、負けじと〈マッドフラム〉も即座に言い返した。
「だったら! 思うことも、考えることも、感じることも駄目なのか? 誰だって完璧じゃない。怒りも憎しみも、それ自体は大事な気持ち、心でしょ! わたしは、みんなのそういうよくない気持ちを、簡単に否定なんてできない!」
「うぐ」
〈サビ子〉は押し黙った。気づけば唇を噛んでいた。
「だが、わかっている。そういう気持ちがいつか身を滅ぼすことにつながることを、周りを不幸にすることを、わたしはよく知っている。わたしのことはもういい。だけど、わたし以外の未来のある人たちに、そういうことはしてほしくない」
ぴしり。〈マッドフラム〉のスマートフォンに亀裂が入った。
「でも、そういう気持ちを持った人の心を、否定はできない! 持っちゃいけないなんて言えるわけがない! だから、わたしだけはそういう心を肯定する! わたしだけが、それでもいいって言ってあげる! それが、わたしの魔法少女!」
ばりん!
ついに〈マッドフラム〉のスマートフォンは砕け散った。その内側から、黒い羽虫の群れのような『わだかまり』が生まれた。同時、〈マッドフラム〉の姿は消滅し、代わりにもはや怪人とは到底いえない白く朽ちた一メートルほどの石柱が月の上に立った。
〈サビ子〉ゲドードスも、その石柱と、その傍に輝く『わだかまり』を見つめた。もうそこに〈レツ〉か〈マッドフラム〉がいるのかわからないが、〈サビ子〉は言う。
「〈マッドフラム〉ちゃん! 確かにそう思う気持ちはあってもいいけど、だからって、暴力をふるう理由にはならないよ! わかってるよね?」
「わかってる。だから、その時はお前が止めに来くればいい。お前が、本物の魔法少女なら」『わだかまり』が言う。
「え、その状態で喋るの?」〈サビ子〉は困惑をそのまま言葉にした。
「さらばだ、魔法少女。わたしはここでやられるわけにはいかない。また、どこかで会おう」
「おいこら待て! 話は終わってない! 魔法少女なら、そういう気持ちにも負けるな! おい! 聞いてんのか! こら!」
〈サビ子〉は慌てて手を伸ばすが、すでに『わだかまり』は消滅し、石柱もばらばらと砕け散り、月に交わることすらなかった。
「ちょっと! ゲドードス! なんとかしてよ! なんかすごいんでしょ?」
月の地面を踏み鳴らし、〈サビ子〉はゲドードスを睨みつける。
「……」
だが、当のゲドードスは目を丸くし、『わだかまり』の後を見つめるのみ。
「どうしたの?」
異常に気づいた〈サビ子〉がそう問うと、ゲドードスは首を振る。
「駄目だ。あれは、おれにもどうにもならないものがついている。追跡もできない」
「なにそれ。誰?」
〈サビ子〉は声を尖らせた。
「決まっている。視聴者だ。あいつのことを、視聴者が欲している。当に〈レツ〉の体は崩壊しているが、あいつの魂に刻まれた熱情が、きっとどこかの事象に現れるだろう」
ゲドードスは宇宙の暗黒を見上げ、深く深くため息をついた。
「そんな、滅茶苦茶な……」〈サビ子〉の全身から力が抜け、ペタンとその場に座り込む。
「宇宙って、黒いんだね」ゲドードスの見る景色を、〈サビ子〉も見ていた。
「そう見えるか?」
「違うの?」
「おれには、無数の光が飛び交っているのが見える。そう捨てたもんじゃない」
ゲドードスは、〈サビ子〉へ向けてそう言った。




