絶望魔法少女マッドフラム
「殴りづらいから、せめてもっと大人の見た目になってよ!」
〈魔法少女空地川サビ子二十七〉はそういいながら、拳を放つ。
「うるさいうるさいうるさいうるさい!」
〈絶望魔法少女マッドフラム〉はその拳を弾き、幼い手指で相手を打つ。
〈空地川サビ子〉はそれをこともなげに回避するが、そうすると彼女の背後に見えていた立川城の天守閣があっさりと吹き飛んだ。
視聴者数『2,420,345,278』の〈マッドフラム〉の一撃は、すでにバンカーバスター級の威力を誇っていた。
「ちょっと、魔法少女なんだから周りに気をつけなさいよ!」
ひょいと身を躱す〈マッドフラム〉へ蹴りを放ちながら〈空地川サビ子〉が文句を言う。はるか遠く、青紫に染まった空に掛る灰色の雲が消え去った。そのおかげで、薄ら白い月が現れる。
時刻はすでに夕刻から夜に代わりつつあった。
戦闘開始からまだ一時間も経っていないが、葬儀場は壊滅していた。二人の拳に抉られて跡形もない。二人は空中にとどまり、戦っている。
「ねえねえ、この状態のわたしってお空の向こうまで行けちゃう?」
視聴者数『2,480,555,239』
『いけるよ!』『でもいかなくていいよ』『え、何する気?』『どうでもいいけど二十七歳がやっていい口調超えてるぞ』
「えへへ。まあみてなって!」
〈空地川サビ子〉はウィンクをして見せ『グロ画像』『たまんねえな』『ファン辞めます』ると、両手を前に突っ張った。
「ドキドキ青春トルネード! ツヴァイ!」
そうして〈空地川サビ子〉の両掌から現れたのは、カップ麺にダンベル、サラダチキンに唐揚げ定食、ボクシンググローブにリクルートスーツの嵐だった。
「なにをするきゃっ」
〈マッドフラム〉はそれらを拳の一払いで消そうとしたが、消えない。だが、それらを被っても、痛み一つしなかった。
「なにこれ? 全然痛くないよ?」
思わず顔を両手で覆って守りを固めていた〈マッドフラム〉だが、拍子抜けした様子で周囲を見た。
「会いたかったよ、〈レツ〉」
「嘘……〈カタバン・デンジャード〉?」
そうして晴れた女っ気のないガラクタの嵐の向こうから現れたのは、〈レツ・ワリコミ〉のかつての同僚、中級怪人〈カタバン・デンジャード〉だった。そして、〈魔砲再革命アハト・カノン・アライヴ〉が初めて撃破した中級怪人でもある。
「わたし、あんたにどうしても言いたいことがあったんだ」
「な、なんだ、どうしたんだ急に」
当然〈マッドフラム〉も、彼女が当に殺されていることは知っていた。だがそれでも彼の、もとい彼女の脳はそれとは別に目の前の出来事を肯定している。
「わたし、あんたにずっと伝えたいことがあったんだ。知ってるよ、あんたが〈コゼーニ〉と〈センセン〉のこと、羨ましく思っていたこと。それから、わたしのことを、どう思っていたかってこと」
「や、やめろ〈カタバン〉! お前、それは……」
「聞いて、〈レツ〉、否、〈マッドフラム〉!」
〈カタバン〉は涙を流し、唾を飛ばして〈マッドフラム〉の名を口にし、言う。
「勝て! 頑張れ! 仇を討て! あいつを殺せ! わたしが応援してるから! わたし達のこの黒い思いは、お前にしか託せない!」
「え……?」てっきり違う言葉が来ると思っていた〈マッドフラム〉は間抜けな声を漏らす。
「そうさ。気持ちに、感情に、良いも悪いもあるもんか。やってくれ! 心のままに!」
「はあ?」もはや理解が追い付かない! 〈マッドフラム〉の目の前に、見知らぬ三両編成の電車が現れたかと思うと、突然喋り出したのだから。
だが、疑問は解決する間もなく消えてしまう。
「アハト・カノン・空地川・二十九号・アライヴ・サビ子キーック!」
目の前にあったはずの〈カタバン〉の幻影をぶち抜き、ヒール付きのコンバットブーツが容赦なく六歳の少女にしか見えない〈マッドフラム〉の腹に突き刺さった。
「きゃああああああっ!」
「悲鳴まで可愛いのは反則でしょ!」
「え、え、え、なにこれ!」
アハト・カノン・空地川・二十九号・アライヴ・サビ子キックは、ただ蹴るだけでは終わらない。〈マッドフラム〉の腹にヒールを突き立てたまま、ぐんぐん空を上っていく。
よく見れば、〈空地川サビ子〉の両肩には〈魔砲革命アハト・カノン〉と〈魔砲再革命アハト・カノン・アライヴ〉と〈魔法少女二十九号〉が取りついている。そして、その三人は必死でバタ足をして〈空地川サビ子〉と〈マッドフラム〉の推進剤となっているではないか!
つまり、これはロケットである。今、二人(+魔法少女三名)は、月に向かって離陸している!
「絵面が大分気持ち悪い! っていうか何する気なの!」
「これ以上、地球は滅茶苦茶にさせない!」〈サビ子〉は一瞬、ぐんぐん離れていく立川の町を振り見た。
「半分はあんたもでしょ!」
〈マッドフラム〉はもっともなことを言った。
「わたしはセーフ! かわいいから!」
〈空地川サビ子〉と〈マッドフラム〉はすでに第三宇宙速度を突破し、大気圏の外にいた。そんな〈サビ子〉の耳元で声がする。
「がんばって、サビ子!」
〈魔砲革命アハト・カノン〉が切り離され、
「いけいけ、サビ子! 負けるな、わたし!」
〈魔砲再革命アハト・カノン・アライヴ〉が手を振っていなくなり、
「わたし、二十七まで結婚できないんだ」
〈魔法少女二十九号〉は複雑な顔をして地球へ消えていく。
「余計なお世話だよ、バーカ! でも、楽しいぜ!」
そんな彼女らを〈サビ子〉は笑顔で送った。〈二十九号〉も最後には親指を突き上げて応援する。
「わけがわからない!」
そして、困惑の渦にいる〈マッドフラム〉は金切り声。振り見れば、真っ白な月の表面がぐんぐん迫っている。
「わたしもだよ!」
そして、衝撃。月の表層、直径二十キロメートルにわたる最も新しいクレーターが現れた。後に、サビコと名付けられる。
「もうっ! 月まで連れてくるなんて!」
「いいでしょ、ロマンチックで」
漸く〈サビ子〉の戒めから逃れた〈マッドフラム〉は肩で息をする。その隙に、〈サビ子〉は容赦なく拳を叩きこむ。
「ぶおっ!」
その余波は新しいクレーターを月に作った。後に、アハトカノンと名付けられるクレーターである。
「ふざけんな!」
〈マッドフラム〉が蹴りを放つ。〈サビ子〉はそれをまともに受け、膝を屈した。そこにできたクレーターの名を、レツワリコミという。
「なんだ、なんなんだよ! どうしてわたしが魔法少女やってるの!」
〈マッドフラム〉は〈サビ子〉の顔面に次々拳を叩きこむ。
『行け!』『応援してるぞ』『何が正論だ』『きれいごとなんて殴り飛ばせ』『敵を討て!』『憎しみは消えない』
「うるさいうるさい!」
『復讐は何も生まないなんて嘘!』『正論でイライラが消えるなら苦労しません』『むかつく奴が苦しんでるのが一番すっきりする』
「この、この、この、この!」
サンドバック状態になった〈サビ子〉をひたすらに殴り続けた。蹴り続けた。
『お前しかおれ達の気持ちはわからない』『がんばれマッドフラム』
「いい気になるなよ!」
そんな打撃の群れの隙間から、にゅ、と〈サビ子〉の手が伸び、〈マッドフラム〉の顔面へ向かう。
「何が、魔法少女だ!」
だが、そんな〈サビ子〉の腕を掴み返すと、〈マッドフラム〉はえい、とそれをねじって月面に叩きつけた。
「おぶ!」
『いまだ!』『止めを!』『いけえええええ!』『これが、おれ達が一時間夢見た瞬間だから!』
「おいおいほんとか? わたしが主役じゃないの?」
さすがの〈サビ子〉の顔に絶望が走った。まるで、サッカーボールでも蹴るように〈マッドフラム〉は爪先を引き絞った。向ける先は当然、〈サビ子〉の顔面!
「――魔法少女って、応援されるって、気持ちいいんだね」
絶体絶命のその瞬間だが、ふと〈マッドフラム〉が漏らしたその言葉に、空地川サビ子はついつい頬を緩めた。
「――そうだよ。知らなかったの?」
「くたばれ魔法少女! 衝撃波! マッドフラム・キャビテーションスマッシュ!」
視聴者『5,320,000,201』分の一撃が、今この月面と〈空地川サビ子〉の顔面を穿つとき。この時、〈サビ子〉の視聴者数は『4,500,311,261』であった。雌雄は決した。月すら二つに割れる一撃が宇宙へ注ぐ。
「もういいだろ、〈レツ・ワリコミ〉」
ばちん。
その蹴りを、たったの片手で受け止める。〈マッドフラム〉は驚きに目を見開いて、相手を見上げた。
「ゲドードス大王、様……」
月面の色にもそっくりな、真っ白な男がそこに立っていた。




