視聴者数ゼロの地下魔法少女(27歳)が仕方なく助けた魔王に激推しされてトップ魔法少女に成り上がる ~魔法がないので実銃と筋肉で戦っていたら、なぜか同棲が始まりました~
それは、まるで悪夢だった。
下級怪人よりはるかに劣る人間の、魔法少女でもないただの人間が、中級怪人〈レツ・ワリコミ〉の攻撃、そのすべてを避けていく。
「なぜだ!」
その内に秘めた筋肉も、この両目の視力も、脳の反射も、全てが敵である空地川サビ子を凌駕しているはず。だが、それでも〈レツ〉の攻撃は、二十七歳の女、空地川サビ子の体を掠めもしなかった。
蹴る、殴る、蹴る、殴る。必殺のシャコパンチも、空地川サビ子は当たらない。
「ふざけるな! 何故だ!」
紙一重ですべてをやり過ごしたサビ子は、さらに拳すら放ってみせる。
「アハトンパンチ!」
「ブオッフォ!」〈レツ〉が悶えた。
サビ子の拳が〈レツ〉の顔面に響く。これもまた、一度や二度ではない。反撃しようとした〈レツ〉の拳が動く前に、肘を当てて向きを逸らす。そして、カウンター気味に殴りつける。
「カノンナックル!」
「違いがわからねえ!」
その甲殻にも、何度拳を、蹴りを入れられたことか。当然、その甲殻は血だらけである――空地川サビ子の。
「どうして止まらない!」それは〈レツ〉の心からの悲鳴だった。
「あなたが、止まらないから!」それはサビ子の意地であった。
その言葉。視線。それに込められた重さを感じ、何とか〈レツ〉は倒れ込むのを堪えた。
「……ああそうさ! おれには背負うものがある!」
そして、攻撃を選ぶ。だが、やはり〈レツ〉の拳は当たらず、サビ子の蹴りが脇腹に当たる。
「そんなわからずやには、アハト・カノン・アライヴ・キック!」
左足を軸に、右足でロー、ミドル、ハイ、を連続かつ一秒以内で決めるという、空地川サビ子の体幹の凄まじさがわかる攻撃。その一撃一撃がただの人間であれば骨折を伴うだろう。それをまともに受けてバランスを崩した〈レツ〉へ、最後にサビ子は飛び蹴りを決めた。これこそが、空地川サビ子の必殺技、アハト・カノン・アライヴ・キックである。
サビ子は空中で一回転して着地。
「まさか……このおれが……」
一歩、二歩、三歩、と〈レツ〉は後退し、そして、膝をついた。
――ばりん!
全身に亀裂を走らせていた〈レツ・ワリコミ〉の体がついに弾けた。本来なら脱皮という機能を伴ってもげた腕さえ再生するはずだがが、その深さはあまりに彼の芯に及んでいた。
――ばりん、ばりん、ばりん!
「うおおおおおおおお!」
〈レツ〉は今まで浴びたことのない、まったくの未知の激痛に叫んだ。その叫びに呼応するように、青い体液が吹き出て醜悪な噴水の様相を呈す。自慢の分厚い甲殻に包まれた腕は肩ごともげ、足も千切れ、顔も半分潰れている。
(これが、おれの終わりか)
だが、安息もあった。これで、彼は限界を迎えたのだ。名実ともに最強の敵と戦い、体を徹底的に粉砕されて、倒されるのだ。
(もういい、おれは、戦わなくていいんだ。魔法少女に負けて、死ぬのだ)
そしてこの時、長年魔法少女であり続けた空地川サビ子にはある予感があった。それは、十七年間視聴され続けてきた女の勘である。
「……やっと、わたしのことを見たのね」
同時刻、アメリカ合衆国米軍基地エリア51にて。二十四時間三百六十五日、常に宇宙を監視している装置群が、突如として異常を検知した。それを見て、局員は叫んだ。
『大気圏外より、高速で接近する物体在り!』
その局員の声半ば、ユーラシア大陸の東、日本列島のほぼ中央、関東、東京都立川、昭和記念公園に強引に建造された大葬儀場に『何か』が墜落する!
その威力は言うに及ばず、大気圏を突破していた故、東京都二十三区の港区からでも、そして奥多摩他の檜原村からでも観測できるほどの噴煙を突き上げた。
だが、その前も後ろもわからない環境で、空地川サビ子は笑った。
「もう、わたしには『これ』なんていらないのに。まあいいや。見せてやるよ、最強の魔法少女の『配信』を!」
そう、彼女の手には、もう手放したはずのマジカルスキスキステッキスマートフォンがあった。それは、明確な『視聴者』の意志であった。
――われわれは、お前が見たい!
「さあ! 今日から始まる新番組!」
空地川サビ子は叫んだ。
《プレミアムアカウント認証開始》
「『視聴者数ゼロの地下魔法少女(27歳)が仕方なく助けた魔王に激推しされてトップ魔法少女に成り上がる ~魔法がないので実銃と筋肉で戦っていたら、なぜか同棲が始まりました~』」
◆サーバー接続中→接続完了。
「絶対見てね! 見ないと、あなたも地下魔法少女にしちゃうぞ!」
――それから、もう一つ。噴煙の中、絶望に暮れる怪人がいた。
「嘘だろ……まだ、このおれに、戦えっていうのか?」
噴煙の中でも、そのマジカルスキスキステッキスマートフォンの液晶画面の明かりが〈レツ・ワリコミ〉の顔面を照らした。なんと、彼の顔の前にも、マジカルスキスキステッキスマートフォンが浮いているのだ!
◆魔法少女配信アプリ『ピカリライブ』
『Tap to STREAMING!』
『PIKARI LIVE』
《アカウント認証開始》
《認証対象:レツ・ワリコミ》
《アカウント名『絶望魔法少女マッドフラム』》
「やめろ! おれはもういい! 戦いたくない! これ以上何を背負えっていうんだ!」
『配信を中止します』
「なんだよ、どういうことなんだ……」〈レツ〉は崩れた顔面に残る片方の目だけで、その黒く落ちたマジカルスキスキステッキスマートフォンの画面を見続けた。と、再び液晶が動き出す。
◆魔法少女配信アプリ『ピカリライブ』
『Tap to STREAMING!』
『PIKARI LIVE』
《プレミアムアカウント認証開始》
《認証対象:レツ・ワリコミ》
《アカウント名『絶望魔法少女マッドフラム』》
◆サーバー接続中→接続完了。
〈レツ〉は口から青い体液を噴き出して絶叫した。
「おい、やめろ! おれは望んでいない! 戦いたくないんだ! おれは負けたんだ、これから死ぬんだよ! ほっといてくれ!」
配信開始まで、
●●○3
●○2
○1
《『ピカリライブ』スタート!》
「そんな……おれが、おれが何をしたっていうんだ……」
――おれが、戦いを望んだからか。無用の戦いを、望んでしまったからか。
もはや生物に見えない、酸性雨で溶けたコンクリート塊のようになった〈レツ・ワリコミ〉の体を、光が包んでいく。
その砕けた手足に纏うのは、死んでいった怪人達の激情。
その穴だらけの胴体を埋めるのは、魔法少女達の最期の嘆き。
その心を埋めるものはなく、
その崩れた頭を隠すように、満面の笑みの少女の顔が包んでいく。
『がんばれ!』『戦って!』『お前がやらなかったら誰がやるんだ』『魔法少女に負けるな!』『敵を討て!』
「やめてくれ、頼むから、やめてくれ」
突風が噴煙を攫っていく。そして、大葬儀場の天辺、そこに残ったのは二つの人型。
「〈魔法少女空地川サビ子二十七〉!」
装いも新たに、チアリーダーの服装に学ランを肩からひっかけつつ、カーキで色を統一したあまりにも不気味な魔法少女(二十七歳)の女がそこに。
「〈絶望魔法少女マッドフラム〉……」
黒と紫。フリフリのドレスに身を包み、シャクナゲの花をあしらった、十歳の正真正銘の魔法少女がここに。
二人の魔法少女が相まみえた。
「めちゃくちゃかわいいじゃん、〈レツ〉さん」〈魔法少女空地川サビ子二十七〉は思わず笑みを浮かべてそういい、
「うるせえ! 死ね! クソババア!」〈絶望魔法少女マッドフラム〉は少女の声を荒げて飛び掛かる。
双方、視聴者数は『200,000,000』と『200,000,000』
史上空前の視聴者数の殴り合いがここに始まった。




