空地川サビ子
『にじゅうきゅうごうちゃんへ』
それは、一通の手紙だった。
アリアーネちゃんの代理人エヌ女史から受け取った、たなかねみちゃんからの手紙。あの日は酔っぱらってしまい、ポケットに入れたままだったのだ。
雨に濡れてぐちゃぐちゃだが、読める。否、読まなくてはならない。空地川サビ子は震える指先を何とか制御しながら、その封筒を開けた。
『ねみの ともだちの みのたんを みつけてくれて ありがとうございました』
『みのたんを おとしてしまって ごめんなさい』
『ねみも おおきくなったら にじゅうきゅうごうちゃんみたいな やさしいまほうしょうじょに なりたいです』
『たなか ねみ 6さい』
滲んでいても、わかる。話によれば、たなかねみちゃんは調布から幼稚園バスごと拉致されたらしい。ぬいぐるみはその時に落としたと聞いた。
『やさしいまほうしょうじょになりたいです』
「なっちゃだめだよ」
サビ子はぐしゃりと手紙を握り潰した。
「くそ、なんでこんなときに、こんなもん読んじゃったんだ」
サビ子はその手紙を胸に押し当て、目を抑えた。
『そろそろ、わたし達の役目も終わりかなって思います』
『次のシリーズ、というかシスターっていうのかな?』
『プリミティブシスターズ・ミックスビートのウトトちゃんが来週から頑張るから、応援しようね!』
脳裏によみがえるのは、『プリミティブシスターズ』最終回。二人で最強だったはずの配信を一人で行うリルコちゃん。見ている子供達に負担をかけまいと振舞っていたが、流石にわかる。
「魔法少女は、死んじゃ駄目だろ」
がばり。
空地川サビ子は起き上がった。がしゃん、と自分の胸に繋がっている機械が不満を唱える。だが、聞いてなどいられるものか。ベッドから降りると、檻の格子の前に立つ。
「魔法少女が、諦めたら駄目だろ」
サビ子は目の前の檻に手をかけ、強引にその隙間をこじ開け始めた。
「魔法少女が、この程度で……!」
最初はびくともしなかった檻が、徐々に悲鳴を上げ始めた。ぎ、ぎ、と異音が響く。
「魔法少女がこの程度で、負けるわけが、負けていいわけがないだろ!」
ぎこん、とついに檻が音を上げた。人一人分、全身に余分な体脂肪などなく、徹底的に鍛え上げられた女の体一つがするりと抜けられるほどの隙間ができた。そこを堂々とくぐる。
――がしゃん!
そして、サビ子がギリギリ通れる程度の隙間に、胸から繋がる機械が引っかからないわけがない。
「うるせえよ……じゃなくって、お静かに!」
サビ子は勢いよく胸から管を抜いて捨てた。死ぬかと少し不安になったが、全然問題ない。案外何とかなるものだと思った。
傍に掛けられていた血の染みの残る穴の空いたブラウスをひっつかむと、とりあえず着ておく。だが、マジカルスキスキステッキスマートフォンには目もくれない。
空っぽの檻が並ぶ異様な空間。そこをサビ子は闊歩した。すると、当然下級怪人と出くわす。
「お疲れ様ー!」
「はい、お疲れ様ゲドス!」
そのあまりにも堂々とした態度に、怪人は会釈をしてサビ子を通した――否!
「いや待て待て待て待て! お前は人質ゲドス!」
「チッ。ばれてしまったみたいね!」
その瞬間、サビ子の肘打ちが下級怪人の胸に深く沈んだ。さらに流れるような動きで首元に手刀を叩きこむ。十七年間鍛え上げられ、二十四時間魔法少女であり続けた女の力である。
「これが、プリミティブシスターズのアイちゃんの、プリミティブチョップよ!」
「おい、あれをみろ! 脱走者がいるぞ!」
と、騒ぎを聞きつけたのか、次々と下級怪人が詰めかける。その数、十を超える。それを、サビ子は逃げも隠れもせず受けて立った。
「プリミティブ正拳突き!」「ブレザーキック!」「デーモンバニー四の字固め!」
サビ子の前に怪人あり、サビ子の後ろに怪人なし。痛みとショックで動けなくなった人型が転がっていく。
「馬鹿な……ただの人間に、おれ達怪人が負けるはずが……」
ついに残った最後の怪人ががたがたと顎を鳴らしながら、サビ子を見上げる。
「わたしは、独りじゃない」
下級怪人の首を締め上げ、双眼のゴーグルの向こうで恐怖におびえる対手を見つめ、空地川サビ子は言い放つ。
「わたしはいつも、魔法少女と一緒だった。心の中にみんながいる。みんながわたしを応援してくれる。だからわたしは、今までも、これからも戦える!」
「何を言っているか、わからないゲドス!」
「だろうね! あーあ、どうしてわたしはこんな簡単なこと、忘れていたんだろう」
そうだ。今日この日まで、こんなくだらない、魔法少女として戦えた理由なんて、たった一つに決まっていたのに。
「アハト・カノン・壁ドン!」
掴んだ相手をそのまま壁に叩きつけて沈黙させる。
その衝撃で、隣のドアがきい、と開いた。奥に、見覚えのある各国の代表者が見える。どうやら空挺魔法少女隊の作戦は失敗したらしい。
「やっぱ、偽物じゃ役に立たないか」
サビ子はやれやれと首を振って、国連代表と檻を挟んで対峙した。
「君は、救援に来た魔法少女か! いや、なんか思ったより老けてるな。日本人が幼く見えるとはいえ……」
「失礼しちゃう。帰るよ」
「嘘ですごめんなさい。君の後ろの壁に鍵が掛かってるからそれを使って……」
白人の男の言葉を無視し、サビ子は檻を両手でつかむと、力づくで開き始めた。
「ぐ、ぎぎぎぎぎぎ!」サビ子はうなる。
「え? なんで? どうして鍵があるのに?」周囲にいる代表者達も困惑の表情を浮かべた。
「魔法少女の力、キューティ、パワー! プリティ、ファイト!」サビ子は叫ぶ。
「いや、どう見てもパワーしかない! アラサーパワーだよ!」
「マジカル、パワー!」
ぎこん! 本日二度目の侵略帝国の檻の敗北である。
「わかった? わたしは魔法少女」サビ子は少し息を切らして笑った。
「いや、あんたはもう女の形をしたゴリラだよ」
「帰りたくないの?」
「わかった! ほかの代表はわたしに任せて、君は周囲を見張ってくれ!」
「そうですね。あ、そこに鍵があるから使うといいですよ」
「いかれてやがる」
サビ子はそんな言葉を隆々と茂った広背筋で受け止めながら、おそらく血相を変えているであろう下級怪人の群れをマジカル筋肉とフィジカル格闘術でねじ伏せた。
「脱出経路を教えて」やはり、最後に残した怪人の胸倉をつかんで、プリティインタビューをサビ子は敢行した。
「そこの階段を下ってください……点検用の狭い奴ですが、監視カメラもありませんし、ばれないで外に逃げることができるはずです……」
「ありがとう。あなたってかわいい!」
「だろうね」
空地川サビ子にフィジカルで敗北した下級怪人は力なく頷き、意識を飛ばした。
「よし、逃げよう、なんかすごい筋肉の人」
「いいえ。わたしには、最後の決着をつける相手がいます。だから、あなた達は先に帰って」
「だが、君も生き残るべきだ! その体力、技術はアメリカの軍隊だって叶わない!」
「いいえ。わたしは魔法少女です。だから、先に行ってください」
サビ子は、床に落ちていた石片をいとも簡単に握り潰して砂に変えた。各国の代表者たちは血相を変えて逃げて行った。
「さて。行くか」
階段を上る。そして、屋上に出た。そこは、変わらぬ大葬儀場、祭壇前。だが、雨は上がっており、それどころか、夕陽が当たりを赤く染めていた。周囲には死体がわざとらしく残されていた。サビ子は拳を固めた。
「話し合い、できそう?」だが、それでもサビ子はそう問うことをやめることはできない。
「まさか。おれは最強の中級怪人〈レツ・ワリコミ〉だ」
返事をしたのは、きっと、ずっとここに立っていたであろう中級怪人。
「そう。多分、あなたさえ戦うことをやめたら、怪人だって気が変わると思うんだけど」
「買いかぶりすぎだ。だが、悪くはない。おれがいま、ここで新生侵略帝国を作れば、もう一度戦える。死んでいった仲間のために!」
真っ赤な夕日に照らされた、亀裂だらけの哀れな体。人間の血に塗れ、からからに乾ききり、ばりばりと歪に捲れ上がった殻が痛々しい。
「馬鹿なこと言わないで!」
「魔法少女のセリフの方が全部馬鹿らしいだろバーカ!」
〈レツ・ワリコミ〉の拳が伸びる。それを、サビ子はすれすれで避けると、〈レツ・ワリコミ〉に接近した。
「戦うんだね」最後の確認。
「ああ。それでしかおれ達は分かり合えない!」




