調印式
停戦協定にあたって、その協議は十六日間にわたって続けられた。人類側からは国連の代表団と日本総理大臣、〈六十六代美少女征夷大将軍ブレザーリボン〉が参加した。
そして、ゲドードス侵略帝国からはゲドードス四天王〈パスワード・バースデイ〉が主に担当し、ゲドードス大王自身はほとんど顔を見せず立川城から動かなかった。まるで興味がないようで、彼は用意された座敷で、手渡された『停戦要綱』をぱらぱらと読むと、畳の上に投げ捨てた。
「いい。よくやってくれたな、〈パスワード・バースデイ〉」
その言葉に、まるでミイラのように誰かの誕生日を書いた付箋を纏う彼の背筋が伸びた。
「いいえ! この程度造作もないことです。停戦とはいえ、事実上の終戦宣言です。人間にもわかりやすいよう、明日調印式を執り行います。万事、予定通りです」
「ああ。最後までお前の読み通りだったな。人間側も驚いているだろう」
「そうかもしれません。彼らとしても最速でわたし達が出ていくのは願ったり叶ったりでしょう」
「そうだな。傷病者の手当ても済んだ。死んだ奴はどうにもならんが、もともと停戦だ」
「はい。とはいえ、わたしももう、この時空間へ干渉するのはこりごりです。いい思い出がありません」
〈パスワード・バースデイ〉は窓から立川の町を見下ろしてそう言った。
「ですが、きっとあなたは違うでしょう、ゲドードス大王」
「何の話だ?」
「わたしには、お見通しですよ。以前のあなたなら、そもそもこんな停戦なんて言い出さなかったはず。〈魔砲再革命アハト・カノン・アライヴ〉のことですよ」
「さあな。ちょっとした退屈しのぎだ」
はぐらかしてばっかりだ、と〈パスワード・バースデイ〉は苦笑した。
「明日の調印式が終われば、わたし達はここから離脱します。あなたは自由の身ですが、どうするおつもりですか」
「さあな。でも、ここに居座る気はない」
「ならば、なおさら〈アハト・カノン・アライヴ〉にお会いしなくていいのですか。あれから一度も顔を合わせていないのでしょう。人間とも随分と仲良くなりまして。それくらいの融通は利かせますよ」
その言葉に、大王は返事をしない。
「わたし、一つだけ後悔しているんですよ」
「……」
「この戦いに参加して、まさか〈マルナゲルヤ・クイーン〉が大王様のことをあそこまで深く思っていると知ってしまったことです」
「お前には何でもお見通しだろ」
「そうですがね。でも、知っていることと認めてしまうということは違います。認めてしまうと、悲しい気持ちになります」
「何が言いたいんだ。回りくどい。消すぞ」
「認めたほうがいいと思います。それがどんなにあなたにとっての初めてで、未知で、わからないことで、その先に何があるのか見えなくても」
「でも、お前は後悔していると言っただろう」
「そうです。でも不思議と清々しい気持ちでもある」
「……」
「では、明日の調印式は手筈通りに。わたしも明日はこの時空間の正装で赴くつもりです。いつか人類と別の事象面でうっかり遭遇した時に気まずくならないように」
そういって、今度こそ〈パスワード・バースデイ〉は出て行った。その姿を、ゲドードスは一瞥もしなかった。
ゲドードスは、真っ暗な中にビルの明かりが眩い立川の町をじっと見ていた。
――その暗闇に、そっくりだとゲドードスは思った。
調印式当日。天気は曇り。別にゲドードスの気持ち次第でそれを晴れにしてやることもできたのだが、そこまでの配慮はいらないと思った。
調印式は、立川近郊、昭和記念公園で行われる運びとなった。昭和記念公園は、広大な敷地に四季の花畑と芝生が広がる国営公園である。春は桜、秋は銀杏並木が彩り、訪れる者にゆるやかな時間の流れを思い出させる。そんな場所に、十六日前から〈パスワード〉が指示した通り、ここで人間側が調印式のための準備を進めていた。
午前十時には国連代表者団が集結し、十一時には侵略帝国側の代表として〈パスワード〉とゲドードスが会場入りをした。
真っ白な壇上に、双方が並んで座る。〈パスワード〉は人間にまるで伏したように真黒なスーツを着ていた。ゲドードスは相も変わらずキューティ拘束衣のままだった。
「これより、停戦協定調印式を開始します」
司会の言葉が、会場に集まった記者団の背を伸ばした。この歴史的調印式は世界中に配信されている。
「本協定は、各代表が正式な権限を有することを確認した上で執行されます」
「本日ここに出席した各代表は、それぞれの国家および組織を代表する正統な全権を有する者です」
「協定文書は各席に配布されたものを最終稿とします」
「それでは、国連代表、署名のため、前に」
七十代の白人の男が立ち上がり、壇に上がる。そして、ペンを握った、その時だった。
「え?」
男の前に、ゲドードスが立っていた。
「だ、大王?」
ゲドードスは停戦宣言をしたのち、すっかり大人しく人間に恭順したと聞いていた。二十四時間の監視の中でも目立った動きをせず、ただ重症の魔法少女や人間には治療のために力を使ってくれもした。そんな彼が急にルールを破り、署名しようとした代表の前に立ったのだ。
誰もが思う。まさか、今までのしおらしい姿は、この時のための演技だったのではないか、と!
「大王! お前!」
顔を真っ赤にして国連代表が叫ぼうとした。遅れて周囲の警備員たちが騒めくが、大王は右手を振ってそれらを制した。
そのまま大王は代表の頭を掴むと、その場から跳躍した。その直後、文書が置かれていた壇が破裂する!
「謀ったか、大王! やはりお前は外道か!」
しかし、その行動の真相はすぐに分かった。
「人間め! あれはなんだ!」〈パスワード〉が絶叫した。
式を配信していたカメラは、吹き飛んだ壇の残骸の中央に、燃え盛るサッカーボールを映していた。
「あれはまさか『熱血サッカー少女隊』の!」
誰がそう叫んだか、その瞬間人間も怪人も問わず、無数のサッカーボールが調印式の会場を襲った。ゲドードスは人間の代表の前に立ち彼らを庇う。
「止めろ! やめさせるんだ!」日本内閣総理大臣の声に応じ、慌てて一人の魔法少女、〈第六十六代美少女征夷大将軍ブレザーリボン〉が現れた。白と金の豪奢な紋付袴姿の彼女がゲドードスの前を飛ぶ。
「御意!」しかし、彼女の頬を汗が伝う。大人たちは動揺しつつも各々銃を構えて敵を探した。すると敵が自ら姿を現し、声を張る。
「誰がやめるもんか!」
曇天の空の中央に、燃え盛る火の玉を一つ認めた。それは、まぎれもなく『熱血サッカー少女隊マッハ撫子』のエースちゃんである!
「なんで大人はそうやってこの戦いを終わらせられるんだ! まだ試合は続いている! ロスタイムだ!」
エースの背後には大きな十個のサッカーボールが控えていた。彼女はそのうち一つを選び取ると、勢い良く蹴りだした。
「やめて、エースちゃん!」
「うるせえ!」
こうなればどうしようもない。〈第六十六代美少女征夷大将軍ブレザーリボン〉は飛んできたサッカーボールを殴りつけようとして、その手を止めた。
「そんな! 嘘でしょ?」
ずどん、とその攻撃を胴体に受けて〈第六十六代美少女征夷大将軍〉は見事に吹き飛ばされた。会場を突き抜け、無様に泥をかぶる。
「どうした! 〈第六十六代美少女征夷大将軍ブレザーリボン〉があんな中小魔法少女に負けるはずが!」
そして、地面に転がるサッカーボールを見たとき、首脳たちはどうして〈第六十六代美少女征夷大将軍〉が攻撃を受けたのか、どうして破壊できなかったのかを理解した。
そのボールは、サッカーゴールに似た網に絡めとられた一人の少女、ミッドフィールダーのミドリちゃんであった。彼女は今、ぐるぐると網に巻かれ、丸められてボールにされているのだ。
「ボールは友達、イレブンはいつも一緒、あたしのために戦ってくれる仲間だ!」
そして、その場にいる全員が、残り九個、彼女の背後で燃える火球の正体を悟った。よくみれば、その火球一つ一つからはみ出た手足が動き、逃れようとしているように見える。
「さあ、ゲドードス! あたしの大事な十二人目のイレブン、『まもりの天使』モリミを返してもらうぞ!」




