停戦後の青空
ゲドードス大王の停戦宣言から、十日。世界はあっという間に変わった。
各国の首都上空を威圧していた〈ミラーアイ〉はたった一つ、日本のものしか残っていない。
あらゆる町に潜伏し、次のゲドードスの問いかけのヒントとなる情報を収集していた怪人たちは一斉に降伏した。そして、各都市に残る一軒家ほどの大きさに縮んだダークドームを経由して城に帰った。
『停戦に際し、協定を結んだらおれは大王を退位し、四天王に託す』
そして、その大王は今、立川城にいる。二度と侵略帝国がこの星、人間、そして時空を侵略しないことを誓うとともに、互いの損失の埋め合わせについての協議を行っているという。
「これが、あなたの治療中に起きた出来事です。〈レツ・ワリコミ〉様」
〈ミラーアイ〉の彼方、ゲドードス城。その治療室で中級怪人〈レツ・ワリコミ〉は目を覚ましたのだ。
「おれが、あの特異点で全身を引き裂かれてから、こんなことが……」
ただの地下魔法少女に討たれた大事な部下〈コゼーニ〉の仇をとろうとして〈魔法少女二十九号〉に殺されたの中級怪人〈レツ・ワリコミ〉だったが、彼は生きていたのだ。
「〈コゼーニ〉のトゥルーストーンが、偶然引き千切られたおれの体を観測していた」
「そうです。そうでなければ中級怪人とはいえ、あなたは死んでいましたよ」
医者の中級怪人〈ヤミシャ〉は三つの首すべてで頷いた。
「おれはもう、なんともないのか」
「はい。治療は完璧です」
ベッドの上から〈レツ〉は立ち上がった。
「帝国は、これからどうなる」
「さあ。停戦ということになっていますが、事実上の終戦になるでしょう。われわれはそう遠くない間にこの時空から手を引き、あとは人間の好きにしろ、って具合ですかね。人類の損失の埋め合わせについても、ほとんど大王が応じる気はないでしょう。だからこその、停戦です」
「そして、おれたちの損失もそのままか」
「もともとそうでしょう。何かを得る戦いではなかった。そもそもは、全ての事象から争いを消すため、『指向』を統一する戦い。そういう意味では、帝国はこれから大きく変わるでしょう。この時空から手を引くということは、永久に統一は成されない」
「そうか」
「案外、あっさり受け入れますね。戦士中の戦士と呼ばれたあなたが」
「それが、ゲドードス侵略帝国の国民だ」
「そうですか。実は、わたしも驚いているんです」
〈ヤミシャ〉は窓を見た。この陰鬱な空間に、白くて正常な光が差し込んでいる。これは、新宿から取り込んだ光である。
「頭では、失った仲間のことを悔しく思う。でも、一方で心が言うんです。『ゲドードス大王が決めたことだから』と」
「不思議だよな。まあ、お前の言う通り、おれ達は大王に従って生きていくだけだ」
そういって、〈レツ〉は病室のドアにシャコ型怪人らしい大きな甲殻に覆われた手をかけた。
「ほら、見てください。今回の停戦の立役者ですよ」
〈ヤミシャ〉に促されるまま、〈レツ〉は壁に掛けられたモニターを見る。
『そしてこちらが、今回の停戦において大きな活躍をした魔法少女〈アハト・カノン・アライヴ〉ちゃんです』
〈レツ〉はその顔に見覚えがあった。
「あいつは……!」
盟友〈コゼーニ〉を至近距離から撃ち殺した地下魔法少女がいた。衣装の色をオリーブドラブからコヨーテブラウンにして砂に溶け込むという卑怯千万な手を使い、騙し討ちのような形で命を奪った悪魔。
『〈レツ〉様。おれもいつか、〈レツ〉様みたいな一騎打ちで堂々と魔法少女と戦いたいです』
『今度、一人で狛江に降りてみます。魔法少女と堂々と戦ってみます』
『子どもが産まれるんです。産まれてくるあの子に、おれは胸を張って言いたいんです』
『お前の父は、強いんだって』
「〈コゼーニ〉……」
それにしても、どうしてあの地下魔法少女の顔が浮かぶのだろう。
『スペチャなんて! こんな、こんなの……! わたしに扱えるわけがない!』
そうだ。地下魔法少女の体が赤く光ったとき、その姿はたびたび変化した。それに、〈アハト・カノン・アライヴ〉という魔法少女は似ている!
「こいつは何者だ!」
振り向き、〈レツ〉は〈ヤミシャ〉へ問うた。
「ご存じないのですか? 地下魔法少女として十五年間活動し、たまたま大王様を助けたことから再び魔法少女のスターダムを駆け登り、今やこの戦争を停戦にまで持ち込んだ超魔法少女、〈アハト・カノン・アライヴ〉ちゃんですよ」
「こいつがか?」
『なんか、大変なことになりましたけど、とりあえずいい方向に行きそうなので安心しています』モニターの向こうで魔法少女はそうはにかむ。
(なんだこのふんわりしたコメントは!)
〈レツ〉の体が震えだした。対して、〈ヤミシャ〉はそんな彼の様子に気づいていない様子。
「はい。大王様もそれで魔法少女や人間に対する意識が変わったのだと言われています。だからスペチャを送った、とも」
「なんでだ……なんでそうなる……」
『双方、いろんなことがあったと思います。いろんな意見があると思います。ですが、今回の停戦を前向きに取り入れていければよいと思っています』
『それではここで、ゲドードス大王からの最新のコメントを読み上げます』
『特にない。大攘夷や今までの戦いで傷ついた魔法少女と人間の皆様には、当然ながら治療を施す。できる保証はするつもりだ』
「待てよ、大王がスペチャを送ったおかげでおれは死にかけたのか? それに、大王様はあの魔法少女に助けられただと? ならば、目覚めてすぐに大王様があの地下魔法少女を殺していれば、〈コゼーニ〉は!」
気付けば、〈レツ〉は病室を、そして城を飛び出していた。〈ミラーアイ〉を貫き二十三区の背の高いビルの一つ、その屋上から戦場を見下ろす。
そこには、一面の赤が広がっていた。それは、ほとんどが怪人たちの血。死骸。腐臭。と、その中を、一台のトラックが超えていく。
「こんにちはー! それでは『見えちゃう予報士おてんきちゃん』の怪人死骸回収配信が、始まっちゃう予報をお伝えします!」
「『女子寿司! ちらし』だよ! それじゃあ怪人死骸回収の配信、握っていきますねー!」
「ぴょんぴょん! 『こうさぎ探偵たんたん』です! では、怪人さんの死骸、探していきま、ぴょん!」
「なんだ、何をするつもりなんだこいつらは!」
〈レツ・ワリコミ〉は、まるで脳みそがドライアイスのように熱くなるのを感じる。武骨なトラックの荷台から飛び降りた六名の地下魔法少女達は、まるで苺狩りにでも来たかのように楽し気に跳ねながら、怪人達の死骸犇めく二十三区へ繰り出した。そして、目に見える死骸へスコップや枝切鋏、つるはしなど思い思いのツールを突き立て、ぐちゃぐちゃに切開するとトゥルーストーンを抉り出していく。
「あーあ、これはハズレかあ」肋骨も大腿骨も頭蓋骨の位置もめちゃくちゃにかき混ぜて、から、ある魔法少女は肩を落とす。鋏についた大腸を捨てた。
「残念、もう誰かがとって行った後みたい」持ち上げた頭骨をしばし見つめていた彼女は、急にそれを自分の顔に並べてツーショットを撮る。
「あった! けどちっさいね」小指の先ほどの赤い石ころを見つめながら、彼女はなんとそれをその辺に放り投げた。
「やめろ、やめろ! なんなんだ! どういうことだ!」〈レツ〉は狼狽した。
そこは、魔法少女達にとっての畑だった。掘り返し、探す労働の場所。
ぶろろろろろろろろー。
そして、めぼしいものを魔法少女に奪われた死骸の山をトラックは何の躊躇いもなく轢き潰していく。魔法少女に捨てられた怪人の頭蓋をトラックは踏みつぶし、果実のように割った。
「なんなんだ! なんなんだよこの光景は!」
ただ一人、天空で〈レツ〉は混乱した。到底理解できる光景ではない。どうして死んでいった仲間たちが臓腑をかき混ぜられ、あまつさえごみのように扱われている。
「なんであなたが生きているんですか」
屋上で魔法少女の行いを眺めていた〈レツ〉の背中に声がかかった。
「お前は、〈センセン〉か」
そこにいたのは一人の下級怪人。そして〈コゼーニ〉の妻になるはずの女。妊娠していたはずだが、その体型は普通の怪人たちと変わらない――まだ、出産までは日があるはずなのに。
「なんで、あなたが、生きているんですか! 〈レツ・ワリコミ〉!」
なんと反応したらいいかわからず硬直する〈レツ〉へ、〈センセン〉は大いに怒鳴った。
「どうして! あなたは死んだはず! いいや、死んだんだ! 地下魔法少女ごときに惨めに殺されたんだ! なのに、どうして生きているんですか!」
「いや、違うんだ。今のおれがいるのは、〈コゼーニ〉が……」
「夫は死にました! 地下魔法少女みたいな弱くて愚かな気持ち悪い人間に殺されたのです! でも、それでもいいと納得していました……だって、それもこれも、夫を殺した地下魔法少女は、あの〈レツ・ワリコミ〉をも殺した、強くて、自分の強さを隠した卑劣な魔法少女だったからです! だったら、だったら仕方ないと、わたしは、納得して、納得して……」
〈センセン〉はその場で崩れ落ち、ぱらぱらと涙をこぼし泣き始めた。
「なのに、どうしてあなたが生きているんですか、〈レツ・ワリコミ〉!」
〈センセン〉は顔を上げると、傍に落ちていたコンクリート片を掴んで〈レツ〉に駆け寄り、殴りつけた。
「死んでください、〈レツ〉隊長! 死んでください! お願いですから、死んでください! 夫のために、それから、わたしより先にあの人のところに行った、わたし達の子のためにも!」
何度下級怪人の力で殴られようと、中級怪人の〈レツ・ワリコミ〉の体には傷一つつかない。ただ、〈レツ〉は砕け散ったコンクリート片を目で追い、ついに素手で自分の甲殻を殴り始めた〈センセン〉の乾いた手のひらのことだけを気にした。
「やめろ、〈センセン〉」
「どうして! どうしてあの魔法少女だけがちやほやされているんですか! あの邪悪な魔法少女――〈魔砲再革命アハト・カノン・アライヴ〉が!」
そう叫ぶと、ただただ〈センセン〉はその場で項垂れ、涙を流すだけになった。ただ、〈レツ〉はその様子を見ていることしかできなかった。
――ぴしり。
ただ、〈レツ〉は自分の体の中に、冷えた熱だけが噴き出すのを感じていた。それが、彼の甲殻に亀裂を入れた。




