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視聴者数ゼロの地下魔法少女(27歳)が仕方なく助けた魔王に激推しされてトップ魔法少女に成り上がる ~魔法がないので実銃と筋肉で戦っていたら、なぜか同棲が始まりました~  作者: 杉林重工
二章 東京は燃えているか

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酔っ払い夜話

「かえったぞおおおお」


『ニートリヒ=シュロス』を間の抜けた声が揺らす。


「うごっんぬ」


 そして物理的にも揺らす。


 二〇二号室のドアを開けたのは、当然その家主の空地川サビ子である。彼女は見るからに酔っぱらっていた。赤ら顔でふらふらと足元も覚束ない。そのままよろよろと短い廊下を超えて、ローテーブルの傍、座椅子に倒れた。開けっ放しのドアから入った夜の冷たい風が、その奥にいた同居人の肌を撫でる。


「ふ。さあ選べ。シジミ汁か、経口補水液か」


 そしてそこに現れるのは恐怖の大王ゲドードス。彼はエプロン姿で問いかける。


「へたくそか。シジミ汁だろ」


「ならばこれを飲むがいい」


 ローテーブルに差し出されたシジミ汁に、サビ子は喉を鳴らした。


「かー、これだよこれ」


 箸を無視してそれをずずるずずると飲み干す。ゲドードスの整った顔は、一見するといつもと同じ平常であったが、微妙に眉間にしわが寄っていた。困惑しているのだ。


「お前、魔法少女の癖にそんな風に酒を飲むのか」


「ちーがーいーまーすー、今のわたしはアハトちゃんのお友達ですー」


「酒くせえし。おれの買ってやった服が台無しだ。早く脱げ」


 ゲドードスが手を差し出すが、サビ子は自身の胸元をきつく握ってへらへらと返す。


「変態」


「なっ! そういう意味で言ったんじゃない! 別にお前なんざ、おれからしたら蟻んこなんだよ」


 その白い顔に、珍しく朱が差す。ついでにそっぽを向く。その様子がおかしくて、サビ子はけらけらと笑った。


「嘘だよ。わたしの下着散々洗ってるもんね」


「そうだ。そういうことだ。おれは単に蟻の世話をしているだけだ」


「ねえねえ、その蟻んこなんだけどさ。本気で人間に勝とうとしているよ。あ、大攘夷の話ね」


「は?」


 座椅子に全体重を預けて『出来上がっている』ように見えるサビ子だったが、その口調だけははっきりしていた。


「言ったでしょ、アリアーネちゃんの代理人と話してくるって。そしたらねー、いっぱい凄いこと聞いちゃった」


 サビ子は少し顔を上げて、にやにやと大王へ笑みを向ける。


「視聴者を巻き込んで組織的行動を容認させるばかりか、大攘夷は一つのチャンネルとして扱うんだって。だから視聴者数の取り合いが起きて弱くなる魔法少女はいないってさ」


「待て、つまりそれは、視聴者と会話できるってことか?」


 ゲドードスは目を丸くしてサビ子に問うた。


「そうだよ。遅れてるなあゲドードスは」


「へえ、判官びいきだか知らねえが、随分舐めた真似してくれるじゃねえか」


 ゲドードスにも流石に思うところがあるのか、いつも余裕ぶっているその表情が曇った。


「でっしょ。わたしもびっくりしちゃって。ねえ、ゲドードスはどうするの」


「どうするってなんだ」


「戦うの?」


「それは……」「戦わないよね」


 サビ子はぴしゃりといった。


「いや、戦えない、が、正しいかな?」


「は? 何言ってんだ。今まではどんな無礼も見逃してやったが、今度ばかりは許さねえぞ」


 床が踏み鳴らされる。ゲドードスはサビ子の前に立ち、その胸倉を掴んで釣り上げた。だが、それでも赤ら顔のサビ子はへらへらと笑っている。


「図星だから、許せないんだよね」


「てめえ!」


 ゲドードスの声が震えている。そして、手も。


「怖いんでしょ。魔法少女が。アリアーネちゃんに殺されかけて、もう戦いたくないんでしょ。でも城に戻ったらあなたは、立場上もう一度、アリアーネちゃんと戦わざるを得なくなる」


 どん、と『ニートリヒ=シュロス』の壁が泣く。サビ子の体が壁に勢いよく押し付けられたのだ。おえ、とサビ子は呻く。


「そのまま潰せば。でも、そうしたらあなたは一生、魔法少女が怖いから逃げた王様だよ。わたしだけは、あなたの弱いところを知っている。わたしが死んだら、あなたはわたしから逃げたことを否定できない」


「ふざけやがって! 違うって言ってるだろう!」


 壁に捩じ込むようにサビ子の体を圧迫する。対して、サビ子は少し苦しそうだったが、それでも言葉を止めない。


「じゃあ、帰ってよ。それで、大攘夷から怪人たちを守って」


「お前、何を言っているのかわかっているのか?」


 ゲドードスの声には明確な困惑が混じっている。対して、サビ子は強く頷いた。


「怪人達を守って。あなたの部下なんでしょう」


「そんなことをしたら、今度は魔法少女が死ぬぞ」


「まあ、それは人間の事情だから気にしないで」


 サビ子は肩を竦めた。しばし言葉を失っていたゲドードスだが、すぐに一つのことに思い至る。


「いや、待て、そもそもなんでそうなる。大攘夷のことだって、視聴者のことだって、なんで何もかもおれに話す! そんなことをしてお前に何の得がある!」


「ないよ。いや、これはわたしの魔法かな」


「は?」


「今、幕府が捕まえてる怪人の〈ツキマ〉さん。あれ、ゲドードスがやったって聞いてるよ。だからわかった。立川に行ったのは、ただのデートじゃなくて〈ツキマ〉さんが問題だった。ストーカーがいるなって思ってたけど、それは怪人だった」


「そうだ。おれがやった。スペチャの痕跡を追ってずっとお前に付きまとって、それからおれの居所を割り出そうとしていた」


 ゲドードスの独白に、サビ子はふ、と笑って、やっぱりね、と息を吐く。


「『ニートリヒ=シュロス』がばれると、ゲドードスは城に帰らないといけなくなるもんね。この家には結界が貼ってあるからそう簡単にはばれないだろうけど、時間の問題。だから立川におびき出した」


「それは……」


「そして、あなたはいつもなら殺すはずの、意にそぐわない怪人を、殺さなかった」


「それがどうした! おれはいつも、おれの気持ちで生きている。それだけだ!」


「好きに言えばいい。だけど、殺さなかったのは事実でしょ」


「知るか。お前は何が言いたい! 遠回しにわからないことをいつまでもぐじぐじと」


「わたしも、同じ気持ちなの」


 サビ子は静かに、しかしはっきりと言い切った。すでにその赤ら顔は、酒ではなくゲドードスに締めあげられているからと知れた。


「あなたに応援してもらって、あなたに助けてもらって、あなたのおかげでもう一度、魔法少女になりたいって思えて、一緒に暮らして、わたしはもう、前のわたしには戻れない。わたしはもう、怪人を殺したくない」


「な、それじゃあ、魔法少女なんて……大攘夷なんて……」


 ゲドードスの手から力が抜けた。サビ子はずるりと床に落ちる。


「できないよ。アリアーネちゃんに声をかけてもらっても、わたしは戦えない。殺されていく怪人も見たくない。だって、どんなにあなたが恐ろしい王様でも、それでも慕う怪人がいる。あなた達は、わたしの敵じゃない」


「……」


「だから、帰って。お願い。怪人たちを守って。怖がっている場合じゃない」


「知るか! おれがいなくても、四天王がいる。中級怪人だっていくらでも! だから……」


「それで、あなたは死んでいく部下を見殺しにするの? 怖いから? アリアーネちゃんが出てくるから? ああ、そうだよ出てくるよ。アリアーネちゃんはシャイニー潜水艦で横須賀港から移動して、あなたが出てきたら東京湾沖から奇襲をかける。あの子だけは、いつ大王が出てきてもいいように控えている。他の怪人で潰すことは考えない方がいい。シャイニー潜水艦の魔法迷彩はそう簡単に見つからないだろうし。それから、魔法少女の部隊は全部で四つ。一つは町に出てきた時の備えだから、気にすべきは三つ。でも、どこから出てくるかは状況を見て〈将軍〉が判断するからこれ以上リークできない。だから、戦力は温存しないと奇襲をかけられる」


 一気にサビ子はそうまくし立てると、眠そうに目を擦った。


「これで全部かな。じゃあゲドードス」


 サビ子はよたよたと煎餅布団に向かって移動し、適当に服を脱ぎ捨てながらその中に納まった。


「がんばって」


 そういって、眠りについた。ぐー、すー、と寝息が聞こえる。


「がんばれって……お前……」


 ゲドードスの声は震え、縋るようにサビ子を見つめ続けた。


「おれは、どうすればいいんだ……だって、おれだって、魔法少女は」


 ゲドードスは、確かに今、サビ子を殺せる。否、本気を出せば立川城すらここから崩壊させることが出来よう。


 しかし今、彼は呆然と『末法荘』の一室で、怯えることしかできないのだ。


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