現行最強の魔法少女と空地川サビ子
立川駅北口。そこに接続したデパートの最上階はワンフロア全てにレストランが詰まっている。その内の一つ、『エンシェントムーン』の前に空地川サビ子は来ていた。
『わたしの代理人って人がいるから、詳しくはその人とお話してください』
昨日、空地川サビ子のスマートフォンに着信したメッセージ。その送り主は、現代最強の魔法少女と名高い『ラビリンス! アリアーネ』のアリアーネちゃんだった。
『わたしは迷わない! どんな相手でも正面からぶつかるだけ!』
あらゆる攻撃を無視し正面からぶん殴る。パワフルな戦闘を美少女が行うというド定番のスタイルが人気の魔法少女。しかし、過去には立川へ落とされそうになった東京スカイツリー二世を受けても無傷というあたり、多分相当込み入った『魔法』を使っているのだとサビ子は確信している。
――そういう意味でも、油断ならない相手だ。
(魔法少女の中には、敢えて十代でデビューせず、魔法を理論的に使いこなせる大人になってからにする人も多い。でも年齢がばれると一日も待たずに総スカンを食らうことも少なくないのに、それを躱して最強と呼ばれている相手)
本当に大人になってから魔法少女をやっているなら、相当な頭の良さがなければできない。サビ子は自然と唇を噛んでいた。
「お待たせしました。あなたが……」
思索にふけっていたサビ子に、女の声がかかる。サビ子は慌てて顔を上げて、声の主を向く。グレーのスーツの、落ち着いた雰囲気の女だった。二十歳前半だろうか。
「はい。アハトちゃんの友達で、空地川サビ子です」緊張しながらサビ子は挨拶した。
「はじめまして。わたしがアリアーネちゃんの代理人、エージェントエヌといいます」
(星新一のショートショートか?)
「エヌさんですね。今日はよろしくお願いいたします」
サビ子とエヌ女史は改めて頭を下げる。
(それにしても、スーツが正解だったか……)
サビ子の服装はアイボリーのブラウスにハイウエストの細身のスラックス。呼び出された場所にギリギリ合うよう、少しフォーマルを意識した服を(ゲドードスに買ってもらった私服の中から)選んだ。ちなみに、今回の冒険にゲドードスは好きにしろ、とだけいって送り出している。
「では、入っちゃいましょうか」
一見仕事人間のような見た目だが、こうしてエヌ女史の微笑みを見るとかわいいと思ってしまう。
この『エンシェントムーン』は、高級志向の居酒屋だった。店員に誘導されるまま、奥の個室に二人は入る。
「おしゃれですね」
サビ子はうっかりそんなことを口にした。絶妙に暗く、しかして手元ははっきりと見える灯りに、落ち着いた雰囲気の曲。テーブルも褐色の木目が美しく、椅子のクッションも心地がいい。壁には水槽が埋まっており、熱帯魚がふわふわと泳いでいる。
「いいですよね。大人って雰囲気で」
うっとりしたようにエヌ女史が言う。サビ子は頷いた。
「恥ずかしながら、あまりわたしはこういうところに来たことがなくて」
「そうですか。ならぜひ今度、また一緒に飲みましょうよ」
「あ、はい。ぜひ……」
「もしかして、あまりお酒は」
「まあ、そうですね。ほとんど……」
「失礼しました。じゃあ、ランチでも」
「そうですね。そうしましょう」
当たり障りのない会話。しかし、サビ子にはあまりにも久しいものだった。
――空地川サビ子には、友達もいなかった。
二十七にもなって魔法少女に精を出している女など、浮いて当然だからである。
「では何飲みますか、と言いたいところですが、先にわたしの話を聞いていただきたいです。いいですか」
「……はい」
遊びは終わり、ということだろう。
「こちらをご覧ください」
エヌ女史はそう言って、さっきからサビ子も気になっていた風呂敷から、薄い木箱を取り出した。大人四人が余裕をもってくつろげる広さのテーブルより、二回りほど小さいサイズ。それを机の上に置くと、彼女はゆっくりと開く。
「これは!」
サビ子は思わず息を飲んだ。
――ハートに翼、リボンの描かれた御紋がとにかく目を引く旗であった。
「これが示すところは……」
魔法少女はかわいいことが推奨される。それゆえ、滅多に許されないことの一つに『真黒』がある。しかし、この旗はその禁を侵し、真黒な墨染めに白抜きで御紋がデザインされているだけ――否!
「この旗についた白い点は、染めたときに偶然ついたものじゃない。それが二十三個。つまりこの墨の色は闇を示し点は二十三区を表す。これ即ち!」
顔を上げたサビ子へ、エヌ女史は深く頷いた。
「そうです。墨と白点は〈ダークドーム〉の象徴。それを背景に染め抜かれた幕府の御紋。これは〈魔砲再革命アハト・カノン・アライヴ〉ちゃんへの、正式な第二次大攘夷参加要請の証です」
木箱の蓋の裏には、はっきりと筆で『魔砲再革命アハト・カノン・アライヴ』の名と〈ブレザーリボン〉の御紋を使った印が押されていた。
「でも、どうして! 否、そもそも幕府の総攻撃だって視聴者が黙っていませんよ。組織的な魔法少女の運用は大人を想起させるからBANの対象です。アメリカのジャスティスガール事件をお忘れですか」
サビ子は震える声で問う。しかし、エヌ女史はいたって落ち着いていた。
「さすがですね。ですがこれを見てください」
さらにエヌ女史は鞄から封筒を取り出した。
「これは〈第六十六代美少女征夷大将軍ブレザーリボン〉ちゃんが『視聴者』へ宛てたメッセージです」
「は?」ついつい尖った音が飛び出した――視聴者へのメッセージだと?
「信じられないでしょうが、ほとんど百年の歴史を持ち、平均視聴者数十万人を維持した幕府には、そういうコネクションがあるそうです」
恐る恐る封筒の中身を広げる。中にはメールの文面が印刷されていた。長々と格式ばったブレザーリボンちゃんのメッセージに対し『視聴者』の返事は以下の通りだった。
『いいよ』
「まさか」
「幕府と視聴者は、非公式ですが密約を交わしています。配信でブレザーリボンちゃんはすべてを明かしているように見えたかもしれませんが、あれは氷山の一角。彼女は情報戦を既に展開し、確実に〈ミラーアイ〉を落とす気です」
てっきり十代の少女の気の迷いだと思っていたのに――彼女は、理由はわからないが本気なのだ。
「同盟に参加する魔法少女の数は、五十を超えます。アリアーネちゃんもいます。そして、その中にアハトちゃんも参加してほしいのです」
「でも、どうしてアハトちゃんに? やっぱりランキングですか? 確かに千位以内には確実にいますが」
「今は百二十二位。そして、日本に限るなら六千万のアカウントのうち六位の人気です。アハトちゃんは、スターダムの頂点にいると言っていい」
「おえ」まだアルコールの一滴も入っていないのに、サビ子は吐きそうであった。
「考えさせてください。こんな大事、即決できません。それに、アハトちゃんが場合によっては皆さんの視聴者を食ってしまうこともあります」
「大丈夫です。視聴者の取り合いの問題も、今回の大攘夷については解決済みです」
逃げ道を完全に塞いでくる。サビ子は辟易した。敵の実力を甘く見ていた。大人も大人が相手だったのだ。
「参加、されたくないのでしょうか。アハトちゃんは」不安そうなエヌ女史。
「わかりません。聞いてみないと」
魔法少女が配信していない場で会話をする場合は、代理人や友人、親戚の体を取るのがほとんどである。今回のサビ子もそれに則っているが、それがこれほどありがたいとは思わなかった。
(クソ、なんでこんなとき、ゲドードスの顔が浮かぶんだよ!)
「確かに今のアハトちゃんには魅力に映らないかもしれませんが、注目を集めるチャンスでもあります」
(そうだ。人気取りなら、これほど絶好のチャンスはない!)
サビ子はテーブルの下で手をきつく握った。
(でも、わたしにとっての魔法少女は、もうそれだけじゃないって知ってしまった)
「考えさせてください。と、アハトちゃんは言うと思います」
「わかりました。では、辛気臭いお話はもうやめにして、女子同士お話しませんか」
ぱん、と手を打ってエヌ女史は言う。サビ子の顔も自然と綻ぶ。
「そうですね。そうしましょうか。あ、でもその前に……」
サビ子はどうしても気になることを訊ねてしまった。
「どうして、アハトちゃんなんですか。さっきの質問、ちょっと意味が違ってて。ランキングの調子は確かにいいですが、それでもアハトちゃんは同盟には向いていません」
「どうしてでしょうか」エヌ女史は首を傾げる。対して、サビ子の顔が沈む。
「アハトちゃんにはバッシングも多いです。今だって成金だのお気に入りだの。視聴者とあれしたなんていうことも言われてますし。アハトちゃんが参加したら、幕府の威信にかかわりませんか」
それは、サビ子がずっと気にしている問題でもあった。二十七にもなって、年齢を隠さず痛い少女ぶった女。それを仲間に引き入れようとするとは正気とは思えない。
「ああ、それですか」
対して、エヌ女史は溜息をついた。
「もうちょっと後になったら話そうと思っていたのですが、丁度いいです」
そういってエヌ女史は一通の手紙を取り出した。
「中身は、ぜひアハトちゃんが直接読むべきなのですが、わたしは中身を知っているので、あなたにもお伝えします」
「はい?」
「わたしの だいじなおともだちを みつけてくれて ありがとうございます」
思わず息を飲む。頭が真っ白になった。
「これは、たなかねみちゃんからのお礼の手紙です」
サビ子は呆然として、何故か目元に涙を浮かべているエヌ女史を見つめた。あの日、サビ子が命からがら〈レツ・ワリコミ〉から守ったぬいぐるみは、確かに持ち主に届いていたのだ。
「この大攘夷は、ただの強いだけ、人気だけの魔法少女に声をかけているわけではありません。わたし達は、世界を救うために本物の魔法少女と共に戦いたいのです」




