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わたしとあなたのタイムリミット

 

 ――実年齢(二十七歳)と魔法少女の名前(魔法少女『二十九』号)が被るまで、あと二年。


 二十七回目の誕生日を迎えて以後、空地川サビ子はこんなことを考えることが増えた。


(二十九号なんて、十五歳の時に適当につけただけだから深い意味もないけど……なんかいやだな)


 そんなもやもやを吹き飛ばすように、サビ子はワンツー、とジャブを繰り出し、右ストレートでコーチのミットを打った。ばん、と激しい音が響く。コーチの体が少し揺らいだ。同時、びー、とブザーが鳴った。ボクシングの訓練の終わりを告げる音。周囲で同じくミット打ちをしていた人たちの口から一斉に、ふー、と声が漏れた。


 ――〈フロントライン〉調布基地・第四体育館。


「いいですね、空地川さん。この調子で続けましょう。寧ろ、僕が教えてもらっているみたいですね」


 ミットを外しながら、コーチは笑顔でそう言った。対して、サビ子は頭を下げる。後ろでまとめた髪がどろりと垂れた。


「いいえ。ありがとうございます、福津さん」


 コーチ=福津は自衛隊に所属し、『民間人』に戦闘技術を教えている。自衛隊らしく短く刈り込んだ髪にがっしりとした体格の、二十代前半の男だった。つまり、空地川の方が年上である。


「空地川さんはこのまま帰りですか?」ボトルで水分補給をしながら、福津はサビ子に訊ねた。


「いいえ。射撃訓練と筋トレして、帰ります」


 サビ子は鞄からタオルを取り出して、汗を拭っている最中だった。黒のブラトップ姿の空地川サビ子の体に、無駄な脂肪は一切ない。百五十二センチの体にぎっしりと装着された筋肉は、彼女が汗を拭く動きに追従して、まるで蛇が躍るように隆起する。


「そうですか。頑張ってください」


 一瞬、そんな彼女に見惚れた福津は、慌てて顔を逸らしてタブレット端末を使い次の訓練相手をチェックする。


 彼がそうしている間にサビ子はタオルを首にかけ、鞄を手に歩き出していた。


 射撃場で銃を持ち、ジムでマシントレーニング。シャワールームでさっぱり汗を落とす。そうして体育館を後にした彼女が見上げた時計は、午前八時を指していた。当然メイクなど欠片もなく、白のウィンドブレーカーに身を包んでいる。


「お疲れ様です、空地川さん。朝食の食券はこちらです」


 出入り口で、受付の男が紙切れを手渡す。調布基地・民間人用食堂の食券である。サビ子は黙ってそれを受け取る。


 恐怖の大王の襲来、魔法少女の台頭――以降、自衛隊で特別に訓練を受ける『民間人』には、こうした特典があった。


 サビ子は食堂で、朝から唐揚げ定食を頼む。一人で席に着き、揚げたてのそれを見下ろす。体が勝手に、それらに含まれる油脂と強靭なたんぱく質に沸き立つのを感じる。にべもなく、空地川サビ子はそれに箸を立てた。


 これが、いわゆる地下魔法少女・空地川サビ子のモーニングルーティーンである。


 空地川サビ子は、これをなんと十二年間続けていた。だが、当然、彼女の感想は次の通りである。


(誰が好き好んで、こんな生活を毎日送るんだ!)


 疲れた体の要求に従い、一瞬で山盛りの白米と唐揚げ、申し訳程度のサラダと味噌汁、冷ややっこを平らげた空地川サビ子は、叫びを必死で抑えた。


(もっと、おしゃれですてきな、チルで丁寧な暮らしのQOLの高いモーニングルーティーンがしたいに決まってる! メイクも、髪も、ご飯だって……!)


 睨みつける自衛隊の食堂のラインナップに、スムージーなどあるわけがない。


 普通の魔法少女ならいざ知らず、視聴者数一桁の地下魔法少女の実力では、下級怪人にすら勝つことは容易ではない。


 つまり地下魔法少女は、死体回収などの底辺にとってはお決まりの『案件』の最中に下級怪人と遭遇しただけで、死が確定するのだ。それを避けるためには、訓練しかない。


 地下魔法少女・空地川サビ子は、十五歳の時からずっと自衛隊の民間人用訓練プログラム(無料)に通っている。正直、コーチ役の福津など、本気を出せば殴り殺せる自信すらあった。


(誰が好き好んでこんな体になった!)


 腹筋は割れ、胸囲は筋肉で膨らんでいる。可愛げのない腹斜筋や大腿筋。すべては、地下魔法少女として死線をくぐり続けてきた結果である。


(もうすぐ三十になるのに、なにやってるんだろう。このままでいいのかな)


 空になった食器を返すと、早々に食堂を出る。家に帰る前に、市場に寄ることにした。十年前はまだ基地の色合いが強かった駅前を、今は商業施設が覆っている。


「やっぱり、姉ちゃんはまだ魔法少女やってるんだろ。体、見ればわかるよ! 応援するからおじさんに名前教えてよ!」


 すれ違う五十代後半と思しき男の言葉を無視して、スーパーで食品や日用品を買い込む。そうして、やっと帰路につく。


 ――〈グレイベルト〉調布。


 調布結界の狭間。ぎりぎり人間が生存できる区画に、空地川サビ子は家を作って暮らしている。廃墟になったアパートを、トゥルーストーンの魔力で補強したものである。(大王が現れてから、こういった放置廃墟は原則勝手に使ってよいことになっている。サビ子の行動は問題ではない)


 吹けば崩れそうな、二階建ての錆だらけ、ひびだらけのボロアパート。


 サビ子はこのアパートを『ニートリヒ=シュロス』と内心呼んでいる。


『末法荘』


 そんな身も蓋もない名前が書かれた看板もコンクリート塀の一部に掛ってはいるが、見なかったことにしている。


 そんなわけで、空地川サビ子の毎日はこうして始まり、後は動画編集やたまのアルバイトをして終わっていくのである。


 ――本来ならば。


 だが、今の空地川サビ子は違う!


『ニートリヒ=シュロス』二階の角部屋、二〇一号室。この向こうに、空地川サビ子一発逆転の切り札が保管されている。


 震える手で鍵を差し込み、回す。その奥には、つい先日、偶然拾ったゲドードス大王が眠っている。配信画面に入らないように気を付けながら自宅に運搬し、なけなしの魔力(アーカイブや自力で編集した動画、切り抜きなどの再生数)を消費してファンシー手錠やプリティ有刺鉄線、キューティ拘束衣で捕縛した。


「さて、そろそろどう料理してやるか、決めなきゃな」


 サビ子は微笑みを我慢することができない。例えばゲドードス大王処刑配信をするだけで視聴者数は天井知らずだろう。きっと、世界中の魔法少女達が視聴者数を失い、一瞬で地下魔法少女になるほどの衝撃になるはずだ。


(結局、殺すべきか迷って保留にしてきたけど、もう限界だ。目を覚まされたらわたしが終わるし)


 がちゃり。ドアの先には、六畳一間が広がっている。コンロが一つの台所に、ユニットバス。そして、その向こうの狭い畳の上に、大王が転がって――


「ない! 転がってない! どうして!」


 サビ子は大声を上げ、部屋を見回す。大切にしまってあったはずの大王がいない! 動揺する空地川サビ子はその時、ぐしゃりと足元で何かを踏みつけた。


「大判焼き……の包装紙?」


 プリントされた文字を思わず読み、首を傾げた。そして、背後に何かの気配を覚える。


(動けない……!)


 ――恐怖。気温が急激に下がったような、或いは急に内臓が重くなり、鼓動は速まるのに、血流だけが遅い遅い。汗はどっと噴きあがるのに、ちらちらと背筋を流れゆく。振り向きたいのに、体が全くいうことを聞かなかった。


「――お前は、小麦粉を水で溶いて練った生地に餡子を入れて円盤状に焼いた菓子をなんて呼ぶんだ?」


 理解不能の問いかけをする背後の声は深く、空地川サビ子の心を見通すようであった。


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