袂を分かつ
「久しいな、中級怪人〈ツキマ・トール〉よ。サビ子のストーカーは楽しかったか?」
ピンと立った猫のような耳。人間に近しい顔つきだが、その所作は確かに、獲物に忍び寄る獣に似る。
「いいえ。わたしの目的は、あくまであなたです。恐れ多くも、ゲドードス大王閣下」
そういって、中級怪人〈ツキマ・トール〉は跪いた。
相変わらず、周囲の人々は動きを止めており二人のことには目もくれない。
「そうか。それで。お前の固有能力、極小位相連続遷移だったか、こんなものまで使って。要件は手短にな。お前のためにも」
「大王様、城へお戻りください」
「お前らしい。ならばおれの答えはこうだ。戻らぬ。ちなみに、このことを知っているのは?」
「わたしだけです」
「いい判断だ。お前は数多の同胞を救った。じゃあ、帰るといい」
「いいえ。なりません。どうして大王様はあんな魔法少女……地下魔法少女とともに過ごし、そして力すらお与えになったのですか。教えてください。ちゃんとお話しくだされば、わたし達はあなたにどこまでも付き従います」
「違うな。別にお前達は、やりたくないことをやる必要はない」
〈ツキマ〉の背筋が冷えた。そうだ、この男は従わせるということをしない。自分の考えと違うものはただ殺すだけなのだ。
「い、いえ、失礼いたしました。とにかく、わたしは大王様の御身が心配で……」
「おれの心配ならいらない。同じことをもう一回言わないといけないのか?」
「そうではありませんが……ですが、そうならば理由を聞かせてください。そうです、いつものように、統一のための問いかけをわたくし達にください。それでいいのです!」
まるで縋るような声。そう、彼女は思っていたのだ。
「ゲドードス様に、わたしはお戻りいただきたいのです! わたしが、わたし達が憧れ従う、あの強くて、真っ直ぐな……」
それは、立場という意味ではない。ゲドードスという、統一に向かい迷いなく進む純粋な矢印への願いである。
「帰れ。帰るか、帰らないか。それだけだ」
「そんな! 大王様は変わられてしまった! どうしてですか! やっぱり、あの地下魔法少女が……」
「さっきもあいつのことを、わざわざ地下と呼びなおしたよな」
「はっ?」
つい、〈ツキマ・トール〉は大王のことを見上げた。その時の視線を、なんと形容すればいいか。
「もういい。まったく、わざわざ幕府の見えるところにまで出向いてお前をおびき寄せた理由がわからないのか」
彼の視線はこのテラスから見える巨大な和城に向いた。昭和記念公園と二十三区に立ちはだかる六百メートルはある巨大な建造物。
パステルブルーの板チョコを思わせる整然とした石垣に支えられた、真っ白な漆喰の壁。それぞれに櫓がついており、かわいらしいハート型の窓が開いている。
そして、それらに囲まれ今日の青空や雲を貫く五重六階の天守閣! 淡いピンクの瓦屋根に、巨大な翼の装飾を広げたそれこそが『ストロベリーリボン立川城』である。それを見て、一瞬ゲドードスは身を震わせた。
「どうした、早く逃げろ。時間がないぞ」
ゲドードスは首を傾げた。
「どういうことですか、大王様」
〈ツキマ〉は首を傾げ、やがて大王の視線が自分の腕や足に向いていることに気づく。
「え、これは……」
そこに、赤い点線が引かれていた。
「色を付けた部分だけ、おれの力で、お前の極小位相連続遷移に同期させてある。ただし、それはお前が能力を解いても継続する」
「は?」〈ツキマ〉の顔が青ざめる。
「事象を並行的に連続移動させて疑似的に時間を発生させないお前の能力を継続させてある。同じ事象の中にいる間は問題ないが、お前が能力を解除した瞬間、主体との認識の誤差で全ての事象間のお前の手足は吹き飛ぶぞ」
「そんな馬鹿な! なんてことをしてくれたんだ!」
思わず立ち上がり、〈ツキマ〉は泣くように叫んだ。
「だからここまで来たんだ。急いで逃げろ。お前の能力の持続時間は体感であと、一分か、二分か? 早くしないと立川のど真ん中、幕府の魔法少女達の目の前で手足が千切れて動けなくなる。捕虜にされて、実験動物として扱われた怪人がどんな目に遭うかは知っているだろう」
「ふざけるな! 信じられない! お前なんかがわたし達の王だなんて! お前を少しでも信じたわたしが馬鹿だった! あんたは変わってしまった! 人間に与するなんて! 絆されたんだな! 許さない! 絶対に伝える! あの時のお前はもういない!」
〈ツキマ〉は涙をこぼし、すぐに走り出した。あっという間にゲドードスの前から消え去る。ゲドードスはじっと、新春いちごパフェを見つめ続ける。
「ねえねえどうする? 逃げたほうがいいかな?」
「あ、みてみて、〈アハト〉ちゃんが戦うってよ!」
「へえ、あの二十歳越えの魔法少女?」
「珍しいよね。視聴者っていうか神様? って二年もしたら大体の魔法少女に飽きるくせして」
「ロリコンのね」
「ちょっと見ていこうか」
しばらくして、そんな声がテラスに戻る。〈ツキマ〉の能力が尽きたのだ。
「まったく。早くサビ子が帰ってこないかな」
そう呟いて、ゲドードスは何事もなかったかのようにパフェを口にする。
彼の視線の先にはマジカルスキスキステッキスマートフォンがあり、その中では〈魔砲再革命アハト・カノン・アライヴ〉が見事な空中戦を展開している。




