かみさまの目の下で
――人類滅亡まで、あと一か月。
チョコミント論争、唐揚げにレモンをかけるか、ビニール傘は共有財産か。
時々怪人をけしかけつつ、あらゆる問いかけにより人類同士の内乱を引き起こし、たった一か月でゲドードス大王は地球人口を半分にまで減らした。
だが、その侵略計画に予想外の展開が降りかかる。
『生き残った人類の皆様へ。十歳超えた人類へ、わたし達はマジカルスキスキステッキスマートフォンを配布いたします。こちらで専用のアプリ『ピカリライブ』を起動することにより、〈魔法少女〉の力を手にすることが可能です。死んだ怪人から採取できるトゥルーストーンは人類再建貴重な資源です。それでは、よい朝を』
こうして、一方的な虐殺だったゲドードスの『統一』は戦争に変わった。約百年前の出来事である。
「人類総人口の三十五億より、同じ時間のすべての魔法少女の視聴者数の合計は多い。つまりこれは、人類ではない『誰か』も一緒に、わたし達の戦いを見ていることになる」
家族連れ、友達、恋人たち。異なる顔ぶれの彼らだが、一様に笑顔を浮かべている立川のカフェで、この二人、空地川サビ子とゲドードスのテーブルだけが緊張感に包まれた。
「楽しんでいる、の間違いだろう」
ゲドードスはここで初めて、少し不安そうな表情を浮かべた。
「ピカリライブの仕組みや、スペチャの理論は解明した。だが、それでも『視聴者』はわからない」
ゲドードスはそう言って、自身のマジカルスキスキステッキスマートフォンを取り出すと、テーブルの上に置いた。
『いらっしゃいませ、ミリーの喫茶店にようこそ!』
「ミリーちゃんだ」
『マジカル喫茶ミリー』ちゃんは平均視聴者数二百人を維持する地下魔法少女である。自身の魔法で生成したコーヒーを売りに、主に関西圏でフランチャイズを行って金銭を稼いでいる。落ち着いた大人な雰囲気が一応見どころである。
「ちょうどいいからこいつでいいか」
そういうゲドードスは、配信を続けるミリーへ人差し指を向ける。その指先に、サビ子は目を丸くした。
「トゥルーストーン!」彼の指先、五ミリほど浮いた空間に、真っ赤な石が輝く。
「ん、お前にはそう見えるのか。まあ似たようなものだ」
それを、ゲドードスはスマートフォンの画面に押し込んだ。すると。
《スペシャルチャット》
【1000】
『moukarimakka』
チャット欄に、そんなワードがこぼれたではないか!
『いらっしゃいませ……って、え? なんやこれ! スペチャやないか! どういうこっちゃ? なんで? なんでなん! すご! ほんま、ほんまおおきに! ……じゃなくて、ありがとう、お客様!』
「キャラが崩壊している……じゃなくて! え、どういうこと?」
「見ての通りだ。スペチャは異なる事象が交差するエネルギーの循環系の向き先として特定の魔法少女を指向すると発生する。お前達が視聴者数で強くなるのとは少し違う」
「?」
何もわかっていなさそうなサビ子の顔に、ゲドードスは溜息をつく。
「配信を見ているとき、人間はあらゆる可能性を閉じて無意味な時間を過ごすだろう。その時に発生した、本来ならば発生するあらゆる可能性と現状の無意味な時間に発生する階差がお前達の魔法だ。それとは違うと言った」
人類が抱える謎の一つ、魔法少女の力の源が、あまりにもあっさりと解説されてしまった。
「といっても、人間のもつ階差はあまり価値がない。少なくともおれ達と同じか、この視聴者というのは相当に様々な事象を観測できるんだろうな」
「どういうことでしょうか……」
もう、サビ子にはどんな解説をされても理解できる自信はなかったが、自然とそう訊ねていた。
すると、ゲドードスはまるで出来の悪い生徒を前にしたように眉を下げた。
「あ、これからの話は真面目に聞くなよ。流してくれ」
「誰に向かって言ってるの?」
「人間とは所詮、事象の連続を過去から未来への流れとしか認識できない低次元の生き物であり、われわれにとって事象とは常に同時に無限に連鎖していく四次元的な空間的広がりをもつものだ。われわれからすればお前たちは一本の線の上をまっすぐ歩くだけに執着した蟻んこ同然であり、後ろに行くことだってできることに気づかず、線の外に世界が広がっていることも、本当は上も下もなく好きに移動できることを知らない矮小なものだ」
「?」
「それでもわれわれのことをお前たちが似たようなものに認識しているのは、あくまでわれわれの一側面しか見れない認識能力の欠如にある。わかったか、そもそも人間とはわれわれとは張り合うことも見ることもかなわぬ存在だ」
「正直に白状させていただきますと、何もわかりませんでした」
「まったく、時間を無駄にした。いいか、この有意義と無意義の間に発生する落差が階差によるエネルギーだ」
「意味わからん」
「さて、もういいだろう。おれ達は十分に時間を過ごした」
「え?」
急に冷たく言い放つようなゲドードスの言葉に、サビ子は身を固くした。
「やっぱり、わたし達がここに来たのには何か意味が……」
その時、テラスを、否、この建物自体を揺らす大きな衝撃が訪れた。途端、人々の間から悲鳴が漏れる。
「おれの制御を離れた怪人が、そろそろ暴れると思ったんだ」
「ま、まさか……」
サビ子は自分のスマートフォンを見る。丁度着信があった。
『緊急案件! 立川に怪人が出現。『まもりの天使』モリミの代理魔法少女として、幕府より〈魔砲再革命アハト・カノン・アライヴ〉へ戦闘要請』
「ちなみに、あなたの一声で部下の暴走を止めるっていうのはどう?」
「仮にも部下だが、おれが部下にしてやるのは命令ではなく恭順か死のどちらかだけだ。恭順する奴なら、このカフェで働くあのウエイターのようにいつまでも人間の振りをしておとなしくしているはずだ」
「わかった」
サビ子はスマートフォンを操作する。
『受諾』
「ちょっと行ってくる」
「ああ。おれはここで待ってる」
ゲドードスを置いてサビ子は席を立つ。
「勝手に、いなくならないでよ」
「ああ」
その声を背に、サビ子は怪しまれないよう早足で行く。
ゲドードスは、ゆっくりとパフェを口に運び、その甘さに嘆息したのち、言う。
「さあ、出てきたらどうだ変態め。話があるんだろう?」
周囲は相変わらず喧騒に包まれていたはず。逃げようかと話し合う家族や恋人達。だが、今この時、彼らの動きはぴたりと止まっていた。そんな中、ゲドードスの背後、柱の影からゆうらりと、一つの人影が動き出した。
「久しいな、中級怪人〈ツキマ・トール〉よ。サビ子のストーカーは楽しかったか?」
ピンと立った猫のような耳。人間に近しい顔つきだが、その所作は確かに、獲物に忍び寄る獣に似る。
「いいえ。わたしの目的は、あくまであなたです。恐れ多くも、ゲドードス大王閣下」
そういって、ストーカー=中級怪人〈ツキマ・トール〉は跪いた。




