新しい日常
「『魔砲再革命アハト・カノン・アライヴ』の、怪人さん死体回収配信、はじまるよー!」
〈アンダーグラウンド狛江〉に、明るい声がこだまする。ピンクの学ランをたなびかせ、少女は砂嵐の中を歩く。片手には愛用の地図。彼女が目指すのは『熱血サッカー少女隊 マッハ撫子!』のミッドフィールダーミドリちゃんの倒した怪人の死骸である。
『こいついまだに死骸回収やってんの?』
『いまだに地下気取りか?』
「もう、意地悪言わないで! いろいろあるんだって、魔法少女も」
〈アハト〉は苦笑い。しかしその中に嫌味はなく、実にカラッとしている。魔法少女の活動は複雑である。もしも元地下魔法少女が急に怪人をバンバン倒した場合、視聴者の取り合いが原則のこの世界ではやっかみを生む。だからといって、譲り合いをはじめとした過度な組織的動きをすると、アカウントがBANされるのだ。
「ほらほら、地下魔法少女の作業配信なんてつまんないでしょ!」
視聴者数『20,291』
『たまにはこういう地味なのもの面白い』
『配信画面二つあるから大丈夫』
「え、二画面? そういうのもあるんだ。ねえねえ、それでみんなの分もばーっと百万人分ぐらいできないの?」
『そういうこというとBANされますよ』
『ミテマスヨーミテマスヨー』
「げ。じゃあ昨日の晩御飯の話しよ!」
慌てて〈アハト〉は別の話題に切り替えた。
元〈魔法少女二十九号〉こと空地川サビ子の生活は大きく変わった。あれから二週間、視聴者数は一万人を全く割らない。
最初は物珍しさやスペチャの数値が注目されていたようだが、今では〈魔砲再革命アハト・カノン・アライヴ〉を当てにしたものも増えた気がする。
『アハトちゃんはフルーツピザってあり?』
『うわこいつゲドードスかよ』
「わたしはありかなー? 甘くておいしいよ」
『晩御飯としては違くない?』
「それはそうかも。晩御飯は違うかな。晩御飯はちゃんと塩気のあるものが食べたいよね」
『うわ、でた子供っぽくない発言』
『ババアだ!』
『運営さん、こいつ年齢詐称です』
「うるさいなあ! じゃあほかの子の配信観に行ってよ!」
すでに〈魔砲再革命アハト・カノン・アライヴ〉が〈魔法少女二十九号〉であり、〈魔砲革命アハト・カノン〉であることも知られている。魔法少女歴は十七年に及んでいることも。それゆえ、年齢をいじるチャットは頻繁に発生する。
(こいつら意外にイラつくんだよな。こちとら少女でやってんだよ)
とは思っているのだが、もちろん言葉にはしない。
(少し前は、少女っぽくない発言しただけでがんがん視聴者数が減ったのに。時代は変わったのかな)
「あった、死体だ! じゃあカメラの角度変えまーす」
『いぶし銀の活躍』
『こういう地味な音が作業に丁度いいんだよなあ』
『地下魔法少女の配信、もっと見てればよかった』
『でもアハトちゃんのやつが一番楽しいよ!』
怪人の死骸を裁断する音がちょうどいいとはどんな趣味か、とは思うのだが、気にしないことにしている。
「ありがとう! 変な人たち!」
『■す』
『チャンネル登録外します』
しかし、こうして〈アハト〉がきっかけで少しでも地下魔法少女の活動に注目が集まるのは悪くないと思っている。
「はい、トゥルーストーンゲット!」
『グロ注意』
そんなこんなで、ある種平穏に〈アハト・カノン・アライヴ〉の日常は過ぎている。
魔法少女配信アプリ『ピカリライブ』のランキングでも、『魔砲再革命アハト・カノン・アライヴの応援歌チャンネル』は千位以内が珍しくなくなっていた――今の総合ランキングは八百二十二位。急上昇ランキングなら十位以内はくだらない。
『おそらく、地下魔法少女ならではの作業内容の物珍しさや、年齢がわかっている上にいじりにも堂々と返す様子が面白がられているのでしょう』
というのが人間側の分析である。サビ子も同じ見解であった。いいかどうかはわからないが。しかし、それに伴いサビ子の生活は向上していた。魔法少女には自身が『欲しいものリスト』へ登録した食料や嗜好品が送付されてくるからである。
だが、いいことばかりだけではないと『空地川サビ子』は感じている。
〈グレイベルト〉調布。
相変わらず『ニートリヒ=シュロス』に住んでいるサビ子は、この夕暮れ、廃墟だらけの町を真っ直ぐ帰らない。大小様々なそれの間をこそこそと歩き、時にその影で小さく丸まってしばし時間を潰している。なぜならば。
(なんか、尾行されている気がするんだよなー)
――ストーカーである。
『ねえねえ、実は■■ね、最近お家の周りに普段見ない人がいる気がするんだ』
たまに魔法少女の配信で聞かれる言葉。
(まさか、この年になってそう言うのを気にする羽目になるとは)
サビ子は傾いた塀の残骸からこっそり顔を出して周囲を伺う。誰もいない。赤い日差しの中、物寂しい光景が続くばかり。一応、この辺りは複雑な魔法をかけてそう簡単に追跡はできないようにしているのだが。
(気のせいだとは思うんだけど……魔法少女は変身するところを見られるとアカウントがBANされる。それはさすがに困る)
「ただいま」
だが、きっとすべては自意識過剰だろう。この辺りでは人影や、動物すら見たことはない。全ては気のせいのはず。ここは安心できるわが家、『ニートリヒ=シュロス』なのだ。
「漸く帰ってきたな! さあ、お前はこのパイナップル入りの酢豚と、入っていない酢豚、どっちを選ぶ?」
――前言撤回。今の空地川サビ子は家の中にも安心できる場所はない。
尊大な悪役風の笑顔で出迎える男こそ、人類抹殺を企てる恐怖の大王ゲドードスである。彼はサビ子に拾われて以降、ずっと居座っている。帰る様子は一切ない。
「入ってない方」
「つまらない女だ。敢えて入っているほうを選んで個性を出したほうが受けるぞ」
「共感が第一でしょ。マジョリティに寄ったほうが安牌だっての」
お気に入りのウィンドブレーカーを脱ぎながら、サビ子はゲドードスへそう言う。本来なら敵の首魁、それも魔法少女など簡単にぷちっと潰せる戦力差の相手だが、すっかり軽口が慣れてしまった。
サビ子はローテーブルに着く。すでに酢豚と白ご飯、みそ汁と小鉢と麦茶がセットされている。
敵の作った料理を口にするのも抵抗がなくなっていた。昨日はホワイトシチューのご飯掛けだった。サビ子はホワイトシチューをご飯にかけるのが好きだ。(ゲドードスは子供っぽいと笑った)
そのほか、洗濯物も掃除もゲドードスがしている。Tシャツはひっくり返して洗うか否かの問いかけがうざかった。
これがサビ子の新しい日常である。だが当然、サビ子の同居人のことやスペチャの源は誰も知らない。配信さえしていなければ、視聴者などに魔法少女のプライベートが知られることはないからだ。
そういうわけで、守られた生活を送るサビ子はゲドードスと一対一で向き合い続けた。故に、彼のあらゆる行動に免疫が付いた。だが、油断は禁物である。
「ところでサビ子。お前、明日は早朝のトレーニング以外は何もしないだろ」
「動画編集ぐらいかな。魔法の貯蓄欲しいし」
そう返しながら、サビ子は勘付く。今度はどんな問いかけをしてくるやら。とりあえず喉が渇いていたので麦茶を口にする。相手は敵である。安心できない相手故、問いかけの返答は即時かつ、慎重に行う必要がある。
(さあ、何が来る?)
「じゃあ、明日はデートに行こう。立川に行きたい」
「ブオッフォッ!」
ゲドードスの問いかけは完全にサビ子の予想外だった。故に、勢いよくとりあえず口をつけた麦茶を勢いよく噴き出す。
(おいおいおい、一体どういうことだ! こいつ、本当に何を考えてるんだ!)
口を拭いながら相手を凝視する。この時、顔色一つ変えずそういうゲドードスに対し、サビ子は改めてこの化け物が何を考えているかなんて想像がつかないことを思い知らされた。




