魔法少女二十九号と空地川サビ子
〈まもりの天使〉モリミの体力は限界だった。現在の視聴者は二万二千人ほど。増えてはいるが、暴れる列車をこれ以上抑えるのは厳しかった。
そして『熱血サッカー少女隊 マッハ撫子!』エースの体力もまたあと僅かであった。
「やってるスポーツが違いすぎる……」
空中をフィールドとし自在にサッカーを展開するエースだったが、その顔に焦燥が浮かぶ。何本ものシュートを放つも、そのすべてが通用しない。
「なんだいあんた、スポーツをやっているつもりだったのかい?」
一瞬で間合いを詰めると、あっという間にエースの目の前に〈カタバン〉が現れた。
「しまっ……」エースの顔が恐怖に歪む。そこへ〈カタバン〉の三節棍が唸った。同時、三両の電車『ゲドードス侵略帝国国営電鉄』のステッカーが眩しい列車が、その動きに合わせて避難の列に向けられる。
「あぶない!」
ばちん! と壮絶な音を立て、〈カタバン〉の三節棍をモリミが受ける。そして、宙で暴れる列車の一撃は彼女の羽々が防いで散っていく。
「モリミ!」
もはや意識はないらしく、彼女は真っ直ぐ地上へ落ちていく。
「モリミは死なせない!」
エースは落下していくモリミを助けようと急いで追う。
「周りが見えてないよ! それでよくエースなんて名乗ったね!」
その小さなエースの体が巨大な影に飲まれた。見上げれば、頭上にあの列車が迫っているではないか。
「しまった!」
このままでは、モリミもエースも、地上の人も、列車の乗客も全員が死ぬ。
「さあ、次の列車は特急だよ!」
今、エースが仲間を呼んだところで誰一人助からない。もっと早く決断していればよかったのか? 否、ここでイレブンを呼んでも、視聴者数は散って力にならないか? そんな言い訳がましい発想が頭を堂々巡り。
――だって、もう遅いから。
エースはモリミを追いかけることすら諦めて列車を呆然と見つめていた。ところが、その眼前を閃光が塗り潰した。
ずどん!
それは、落下する列車の軌道を捻じ曲げるほどの威力。光に遅れて巨大な銃声がエースの鼓膜を揺らした。
排莢、装填、照準、射撃。
ずどん!
排莢、装填、照準、射撃。
ずどん!
衝撃のあまり、しばし反応が遅れた。慌てて〈カタバン・デンジャード〉はある一点、二階から三階程度の雑居ビルが並ぶ方面を見る。その群のうち一つの屋上に人影を見た。
「ばれたか。まあいい、目的は達した」
最後の一発の銃声で、列車は〈カタバン〉の支配から脱していた。列車はゆっくりと、横たわるように建物群の上に着陸する。それは、モリミが列車の中に残した最後の羽根の力であった。
「どういうことだ? どうして列車が急に……」
エースは困惑するばかり。あれだけ苦戦した列車が、急に動かなくなったのだから。
(見てりゃわかるだろ)
〈彼女〉は溜息をついて、二メートルを超える、鉄パイプの集合体のようなボルトアクション式単発対戦車銃、マジカルデグチャレフPTRD1941をその場に放置して立ち上がった。そして、エースを無視してこちらを睨む怪人を見返してやる。
「終点はこっちだろ?」
「出たな! 〈魔法少女二十九号〉!」
対戦車銃を捨て屋上で挑発の視線を送る視聴者数二万四千二十三人〈魔法少女二十九号〉を認めると、〈カタバン・デンジャード〉は絶叫した。
「よくぞ、この列車に貼った『ゲドードス侵略帝国国営鉄道』のステッカーこそが、わが力を伝達したと見破った!」
「伊達に魔法少女はやってないんでね」
配信で当の昔にステッカーこそが力の伝達に関わっていると見破っていた〈二十九号〉は、砲ともいえる火器でそれを撃ち抜き怪人の制御から解放したのである。それは、二十七歳の経験がなせる技。
〈カタバン・デンジャード〉は宙を駆けて〈二十九号〉に迫る。それを平然と見つめながら、少女はマジカルスキスキステッキスマートフォン(自撮りモード)の取手部分を引っこ抜き、刀に変形させる。
――護拳のついた、やや洋風の日本刀。長さは五十センチメートルほどと短い。
それが、一瞬で一キロメートルの距離を詰めた〈カタバン・デンジャード〉の三節棍を受けた。〈二十九号〉は腰を落とし、フェンシングに似た構えで相対す。
「お前が〈レツ〉を! 〈レツ・ワリコミ〉を倒した魔法少女か!」
三節棍は空気を切り、きんきんと唸って〈二十九号〉を襲う。対して、それらを冷静に刀が弾き、払う。
「そうかもね。でもいちいち覚えてられないよ」
その軽い言葉が、〈カタバン〉を燃え上がらせる。
「おのれ! 地下魔法少女の分際で!」
〈カタバン〉の三節棍の速度がさらに上がった。刀の刃が欠ける。
「分も弁えず、こうしていけしゃあしゃあと現れて、その場のルールを乱す! なんたる破廉恥な魔法少女か! おかげで〈レツ〉はただの魔法少女に負けるのも屈辱なのに、地下魔法少女に土をつけられる不名誉に沈められたのだ!」
「女の子にルールなんてカンケイないよ。おばさん」
「お前も二十七歳だろ!」
三節棍は止まらない。そして、いくら卓越した技術を持つ〈二十九号〉であっても、視聴者数五万人級の怪人を相手にするのは限界がある。
今の〈魔法少女二十九号〉の視聴者数は三万五百二人。少し増えた。普段の彼女にとっては異常ともいえる数だが、それでもこの怪人の息の根を止めるには足りない。
(わかっていたことだ)
『がんばれ!』
『すごいじゃん』
『意外にやる』
『つまんね』
コメントも、軽々しいものばかりだと思う。それでも、昔の自分はそんな言葉に踊らされて、五年間魔法少女として戦っていた。
――みんな、嘘つきだ。
その場の雰囲気にのまれ、気分で軽々しく、人を乗せるようなコメントをする。
思えば、地下魔法少女とは心地が良かった。応援は全く来ず、多くて二、三人のコメントに愛想を振りまけばいい。
――だから、わたしは独りだ。
一度、強めに三節棍を弾いて時間を稼ぐ。その隙に、刀を投擲した。うお、と鳴きつつ、〈カタバン〉はそれを避ける。間髪入れずデザートイーグルを生成すると、ばちんばちんと引き金をひく。
『すごい』『おもしろ』『やるじゃん』『おれにもできる』
放たれた弾丸を警戒してか〈カタバン〉は丁寧に避ける。どうせ、当たったって血の一滴も流さないくせに。
『がんばって!』『勝て!』
――こんな言葉を聞いてはいけない。
『お前に、戦ってほしいからだ』
『だからおれは、もっとお前のことが知りたい……魔法少女をしているところが見たい……のかもしれない……』
『もういい! もうお前なんか、応援してやらねえ! 勝手に死ね!』
ついでに蘇るのは、大王の言葉だった。なんてばかばかしいんだろう。これも薄っぺらなそれに違いない。しかも、敵が言っているのだ。
(そうだ、何もかも、信じるに値しない応援だ)
『勿論『応援』してますよ、わたし!』女性自衛官もそういっている。
(だけど……)
戦況は芳しくない。敵は、視聴者数が五万、否、六万は必要な強敵だ。デザートイーグルの弾丸はすべて躱され、再び三節棍が〈二十九号〉を襲う。ぎりぎりで攻撃を避ける。
「ええい、しつこい! 落ちろ! 地下魔法少女!」
〈カタバン・デンジャード〉はこの建物の屋上を三節棍で破壊した。何の支えもない〈二十九号〉は、瓦礫とともに落ちていく。
(だけど、もう一度だけ、わたしは……)
視聴者数『37,882』
《スペシャルチャット》
【100,000,000】
『さっきは応援しないと言ったが、別にそれは今じゃないかも』
マジカルスキスキステッキスマートフォンの画面が明滅した。
《総視聴者数ならびにスペシャルチャットにより魔法が規定値を突破》
《エコノミープランを限定解除できます》
「わたしに、できるかな? 応援、信じていいのかな?」
その時、〈魔法少女二十九号〉の、否、空地川サビ子の背中を、そっと押す感触があった。
『フレー! フレー! ■、■、■!』
『あなたはもっと、誰かを信じていい!』
『頑張って!』
「……シャイニング・スモークディスチャージャー!」
〈二十九号〉のドレスに仕込まれたジャーマングレーのフリルの隙間から、一斉に真黒な煙幕が噴き出した。落ちていく彼女の姿が一瞬で暗黒に消え、見えなくなる。
「なんだ! 何をするつもりだ!」
突然のことに、〈カタバン〉が大声を上げる。そんな中、空地川サビ子は思わず微笑んだ。
「エコノミープラン、限定解除!」
そして、煙幕の中、彼女の声が高らかに!
「ゴー! ファイト! ウィン!」
「魔砲《再》革命! アハト・カノン!」
「アライヴ!」




