敵の王と魔法少女
『馬鹿な、あたしのギリギリオフサイドキックが阻まれるなんて!』
『ダメ! もうわたしの守りの力が……』
『耐えろモリミ! お前はあたしの十二人目のイレブン、守護神だろ!』
『違うって! わたしは天使!』
そんな賑やかな声を、空地川サビ子は冷ややかな目で見ていた。
「どうした、行かねえのか〈二十九号〉」
ぱちん。落としていた電灯を、相手は点けた。蛍光灯の明るい光が部屋に満つ。
「行かないよ。何言ってんの」
『ニートリヒ=シュロス』二〇二号室。その煎餅布団の中で、気だるそうに空地川サビ子は返事をした。その相手は、本来の宿敵・恐怖の大王ゲドードスであった。
「言っておくがなあ。あの怪人〈カタバン・デンジャード〉は、視聴者数六万はないと倒せないぜ。今は負けそうな魔法少女を眺めるのが楽しみな好事家が支えているが、それでも二人合わせて四万人ぐらいじゃないか。勝てないぞ」
「大丈夫だよ。負けそうになると『熱血サッカー少女隊 マッハ撫子!』からフォワードとかミッドフィールダーの子が増えるでしょ。あの子たちの固定ファンが追加されるから、五万人に近くなる。最悪、イレブンがそろえば何とかなるよ」
「お前は、それでいいのか?」
「いいでしょ。モリミちゃんは限界っぽいけど、それで死傷者が出るわけじゃない」
「お前を、待っているファンがいるとしてもか」
『〈二十九号〉ちゃんは出ないのか?』
『あんだけ話題になったんだから出てくんだろ』
『なんだよ、じらしか?』
「……適当なこと言わないで。あなたのおかげで悪趣味な変質者が増えただけ。それは、わたしのファンじゃない」
サビ子は体を強く丸めた。
「それに、今出て行ってみてよ。他の魔法少女の子の頑張りとか潰しちゃうし、怒られちゃうよ。わたし達にはね、縄張りとか暗黙のルールがあるの」
溜息をつく。
「地下魔法少女には、地下魔法少女らしい、地味さが大事なんだって」
配信画面の中で、ついに宙を暴れる列車は周囲の建物を破壊し、アスファルトを抉り出した。〈まもりの天使〉モリミの力が弱まっている証左であった。
「だけど、お前は地下魔法少女じゃない。魔法少女なんだろう」
「違うよ。違うんだって!」
イライラをそのままに、サビ子は布団から起き上がって大王を睨んだ。
「わたしは、毎日死体漁りをしたり、工事現場で復旧を手伝ったりして日銭を稼ぐが精々の、地下魔法少女なの! あんな風に中級怪人と戦ったりはしない! ああいうのからは逃げて、人気魔法少女に任せるの! それでいい! 地下魔法少女は、弁えないと生き残れないんだから!」
「本当にそう思っているのか? 見ろ。奴らの戦いは、このままいくと旧調布市役所に移行するぞ」
「え?」
確かに、怪人と魔法少女たちの戦いの場所はゆっくりと移動していた。
「当然、人々の避難は順調だ。だが、それはあくまでも人間だけだ」
「どういうこと?」
「お前が守ったねみちゃんのお友達、あのぬいぐるみは自衛隊預かりになったままだ。あれが、人間と一緒に運搬されるわけがない」
「そんな! ぬいぐるみだって大事なものでしょ!」
サビ子は狼狽した。しかし、大王は首を振った。
「人間の命に比べたらゴミほどの価値もないだろ」
「でも! あれにはねみちゃんの思い出が……!」
「そもそも、あそこにぬいぐるみがあるのを知っているのは、自衛官以外だとおれ達しかいないしな。さあ、どうする。このまま市役所ごとぬいぐるみが潰されるのを見物するか?」
まあ、それはそれでおもしれえな、と大王は笑った。
「笑うな! そもそもなんだ! お前は敵だろ! なんでこんなことを……」
意味が分からない。地下魔法少女とはいえ自分を生かしていることも、こうしてまるで戦場に送り出そうとしているその態度も。
「それは、おれがお前に、戦ってほしいからだ」
困惑するサビ子と対照的に、大王は真っ直ぐそう言い切った。
「は、はあ?」
「お前こそ、意味が分からない。魔法少女は、人気が欲しいんだろう。視聴者が欲しいんだろう。なのに、おれを助けるだけ助けて何もしないし、視聴者数にもならないぬいぐるみを必死で守って死にかけて、なんてばかばかしい」
「うるさい! お前に魔法少女のことがわからないのは当たり前だ! 人間をお遊びであんなに殺しておいて何を今更!」
「そうだ。今更だ。でも、おれが今ここにいるのはお前のそういうお前のばかばかしさのおかげだ。そうでなければ、他の魔法少女に見つかって殺されていたかもしれないんだからな」
そういって、ふん、と鼻を鳴らす大王の顔が、心なしか赤い。
「え?」
対して、サビ子は今度こそ間抜けな声を上げて宿敵を見つめた。
「だからおれは、もっとお前のことが知りたい……魔法少女をしているところが見たい……のかもしれない……」
なんだこいつは。サビ子は首を傾げた。
「もういい! もうお前なんか応援してやらねえ! 勝手に死ね!」
そんなサビ子の視線に気づいたのか、ゲドードス大王は急に大声を上げてサビ子に背を向けた。そして、部屋の隅に蹲る。
「知るか! お前の応援がなくたって、わたしはずっと独りで戦ってきたんだ!」
――そうだ、わたしは独りだ。独りで、あらゆるものと戦い、守ってきた。それは、これからもそうだろう。
『くらえ、あたしの切り札! フリースローアタック!』
『電車の中のみんなを、わたしの力じゃ、もう……』
『気張れ! あたしがもう一度シュートを決めてやる!』
握りしめるマジカルスキスキステッキスマートフォンからは悲鳴が絶えない。
「まったく、群れねえと何もできねえ小童どもめ」
サビ子はそう言って、再び電灯を消した。
「おい、どうした?」不安そうなゲドードスの声。対して、サビ子は微笑んだ。
「うるせえなあ。見せてやるよ、本物の魔法少女を」
そういいながら、マジカルスキスキステッキスマートフォンを操作する。
「ばかばかしいって、いくらでも笑えばいい。そうだ、魔法少女って本当は、そうやって卒業するものなんだ」
――でも。わたしはぬいぐるみ一つを守ることに、こんなに熱くなってしまっている! 戦いは、放っておけば終わるはずなのに、それでも自分が参加しないと気が済まないのだ!
◆魔法少女配信アプリ『ピカリライブ』
『Tap to STREAMING!』
『PIKARI LIVE』
《アカウント認証開始》
《認証対象:空地川サビ子》
《アカウント名『魔砲革命アハト・カノン』》
《注意・過去一か月の平均視聴者数が規定値以下》
エコノミープランで『ピカリライブ』配信をスタートしますか?
『はい』
いいえ
《エコノミープラン》
《アカウント認証開始》
《認証対象:空地川サビ子》
《アカウント名『魔法少女二十九号』》
◆サーバー接続中→接続完了。
配信開始まで、
●●○3
●○2
○1
《『ピカリライブ』スタート!》
六畳一間に、空地川サビ子(二十七歳)、否、魔法少女(十八歳)の声が響き渡る!
「号令! 立て愛、下げ迷い、抱え心、控え悪、捧げ恋!」
「〈魔法少女二十九号〉!」
「アドバンス!」




