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中級怪人カタバン・デンジャード

 〈フロントライン〉調布。午前八時。


 朝の喧騒の真っ只中。ほとんどの電車の機能は地下に封印した調布であるが、人の数は変わらないのだから、その改札口に人が殺到するのは必定である。


 そんな人の流れの中に釘島武(四十三歳)はいた。彼の勤務地は八王子である。まだ初期の戦痕が残るそこで魔法少女になり、トゥルーストーンを使用して建造物やインフラの復旧を行うのが彼の仕事だ。


 通常、魔法少女は視聴者数に依存してゲドードス怪人と戦うのが定めだが、そうではなく、単純な労働力としての魔法少女の活用も認められていた。それらは業務目的魔法少女として区分されている。釘島武も業務目的魔法少女クギタケとして活躍する『ム法少女』なのだ。


 八王子営業所に入ったら、少し恥ずかしいが呪文を唱えて魔法少女に姿を変えて、今日もお仕事である。


 地下へ伸びるエスカレーターに乗りながら、彼はイヤホンで八王子営業所のテーマソングを聞いていた。今日も明るく楽しく仕事をしよう、そんな内容の歌詞。それが女児でも楽しめるようなリズムに乗せられている。


 人には言えないが、実はこの曲が釘島武は好きだった。だが、まさかそれが命取りになるとは夢にも思わぬ。


 ふと、前に立つ男の後頭部の向こうから、強烈なライトが目を刺す。思わず顔を伏せたとき、肘がイヤホンのケーブルに絡まって抜け落ちた。すると、今まで聞こえてこなかった恐ろしい音が耳を貫く。


 ぎいいいいいいいいいいいいいいい!


 それは、金属が引き裂ける悲鳴の音だった。鉄と鉄がぶつかり、ひしゃげ、砕かれて、幾重にも響き、不快な絶叫を鳴らす。地下から地上に続く調布駅の長大な空間は、巨大な楽器となってその悲鳴を何倍にも増幅させた。


 そうして漸く、釘島武は自分が一瞬見た光が、電車のフロントライトだったと思い至る。


「それって、まずい――!」


 気付いた時にはもう遅い。釘島武の体は電車に跳ね上げられていて、朝日の下に戻される。そう、本来調布の地下を走っているはずの電車は今、超常の力に操られ、ホームを飛び出し、エスカレーターを辿って地上に出たのだ!


『ゲドードス侵略帝国国営鉄道』


 そんな、あり得ないステッカーがでかでかと張られた列車である!


 その時、調布駅に向かう人々は、天空を舞う三両編成の電車を見て目を丸くした。あまりにも非日常な光景であった。どんなに魔法少女が闊歩し、不可思議な魔法が宙を飛び交おうとも、電車を飛ばすなどという荒唐無稽な発想はなかった――否、技術的に不可能だったからである。


『ここが終点だ』


 そして、この三両の列車は三節棍であった。その車体を大いにくねらし、横断歩道で未知の光景を見上げる人間達を一薙ぎにした――はずであった。


「そうはさせないわ!」


 人々の周囲を、眩く燐光を放つ羽が守っている!


「『まもりの天使』! モリミが守る!」


 それは、調布駅前を持ちまわる魔法少女『まもりの天使』モリミの声! 五年前に調布に帰ってきた家電量販店の天辺で、彼女は声高に名乗りを上げた。その姿はまさに天使、純白の衣装に、十代ほどの見た目に不釣り合いな、差し渡し十メートル以上の巨大な鳥の羽の似たそれを背に揺らす。


『来たか、魔法少女!』所在不明の女の声が響く。


「調布のみんなはわたしが守る!」


 人類はみな、アカウントがBANされていない限り、マジカルスキスキステッキスマートフォンで配信、ならびに変身が可能である。だが、それでも全員がそれをしない最大の理由はやはり、視聴者数の取り合い、という問題があるからである。


 ――故に、魔法少女達は常に、誰かの怒り、喜び、悲しみの代理人である。


「ほざけ、魔法少女!」


 変わらず敵の姿はわからない。ただ三節棍となった電車だけが暴れる。振り回される列車の周囲には無数の羽が舞い飛んでおり、内外の破壊を防いでいる――モリミの力に他ならない。


 だが、羽が人を、建物を守るたび、はらはらぱらぱらと、〈まもりの天使〉モリミの翼が小さくなっていく。無論、増え、補充もされているが、それより破壊行為を吸収する方が早い!


 ――それが、視聴者数五千二十二人の限界であった。


「どうした、もうお前の『残量』は半分か?」


「ま、まだ! わたしは……」


 モリミは奥歯を噛んだ。そう、彼女には『決め手』がない。生来の攻撃への抵抗感からそれらを封じたモリミが手にしたものこそが、守ること。そして、それでは敵を倒せないことはわかり切っている。


「知っているぞ、〈まもりの天使〉! お前の力は防御に特化したもの! 例えわたしの居所を知ったところで倒すことなど……」


『チェック』


 そう、だからこそ、モリミは『幕府』に属している。


「まさか!」列車を操る怪人の声に動揺が走る。


「バーニング・シュート!」


 その時、調布駅周辺の雑居ビルから人影が一つ飛び出し、空に留まった。


「おのれ、別の魔法少女か!」


 空に引きずり出されたその姿こそ中級怪人〈カタバン・デンジャード〉であった。あの三節棍を片手に、怒りに燃える瞳で周囲を見渡す。


「その通り! 『熱血サッカー少女隊 マッハ撫子!』キックオフ!」同じく雑居ビルから飛び出したのは、燃えるユニフォームに身を包んだ魔法少女。


「もう蹴ってるだろ! 何がキックオフだ!」


 対して〈カタバン〉は怒鳴ることを忘れない。しかし、相手はそれを無視して名乗りを上げる。


「今日はあたし、燃えるストライカー! エースちゃんが相手だ!」


「エースちゃん! 電車の中にはまだ人がいるから気を付けて!」モリミの叫びに、エースは頷く。


「ああ! だからあたしのシュートに任せな!」


 エースの足元に燃え上がるサッカーボールが生まれる。それを、エースは蹴り飛ばす。


「無駄なことを!」


 素早く三節棍を操ると、それに応じて列車が〈カタバン〉を守る。本来であれば、エースの蹴ったサッカーボールは列車に阻まれて止まるはず。


「なに!」


 しかして、その燃える火球は確かに〈カタバン〉の腹に食い込んでいた。


「お前、幼稚園のキーパーより遅いぜ」


 さらに、無数のサッカーボールが〈カタバン〉の周囲に現れ、それらが一斉に襲い来る!


「ファンタジスタ・百点ゴール!」


 ついに調布駅上空に巨大な爆炎が上がる。それはまるで、燃え盛るサッカーボールだった。


「まったく、朝練にもなりゃしねえぜ」


 そういって、煌々と輝く炎にエースが背中を向けた。だが、その背中に悲鳴が刺さる。


「危ない! エースちゃん!」


 数枚の羽がエースの背中を守るが、足りなかった。エースの体は列車に叩かれ、アスファルトに叩きつけられた。


「ふん、所詮は視聴者数一万人か」


 煙を三節棍の一振りで消し飛ばし、〈カタバン・デンジャード〉は微笑んだ。


「へえ、たまには蹴りがいのあるやつもいるじゃねえか」


 ぱっと立ち上がった『熱血サッカー少女隊 マッハ撫子!』エースは、きっ、と空に浮く敵を睨みつける。


「ふん、お前程度ではこのわたしの肌に傷一つ付けられんだろう。もっと強い魔法少女を連れてこい、幕府の腰抜けめ!」


 二人の魔法少女には目もくれず、〈カタバン・デンジャード〉は叫んだ。エースもモリミも、内心顔を歪めた。


 ――その様子を、〈ニートリヒ=シュロス〉でぼうっと、まるでテレビの向こう、架空の物語として空地川サビ子は見ていた。


「なんでこういうとき、ぶん殴っても文句言わない、魔法少女に付きもののマスコットキャラみないなのがわたし達にはいないんだろう」


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