少女の選択
早く死体を見つけたいのに、ヒントが詰まっている『配信』が止まってしまった。彼女は、スマートフォンの画面の中でくるくる回り続けるこの輪っかが嫌いだった。
ずっとそれでは賃金がもらえない。だが一方で、この配信を聞かなくて済むならそれはそれでいいとも彼女は思った。廃墟が倒れて作った洞穴で、一時の安息を得たとすら感じる。
ところが、なんとなく伸びをしてスマートフォンを高くかざしたとき、不幸にも『配信』は安定して聞こえるようになった。なってしまった。
『魔法少女! デイリー・ミニカの怪人退治報告配信! パート21!』
太陽のように明るい声が鼓膜を揺らす。彼女は無言で舌打ちした。これが嫌いなのだ。
『びっくりしたよね、ゲドードスの怪人さんが食料工場に入り込むなんて!』
『でも、町のみんなのことを考えたら負けてなんかいられないって!』
『それにもちろん、配信を見ているみんなの応援も!』
『あの時がんばれってコメントしてくれたみんなのこと、絶対に忘れないから!』
そんなキラキラとした配信が、スマートフォンの画面いっぱいに広がっている。それを彼女は、鉛筆の尻を齧りながら睨みつけていた。
(クソ、毎週毎週毎週、コピペみたいな台詞吐きやがって。これで視聴者数が稼げるのも今のうちだからな! その内、お前もわたし達『地下魔法少女』の仲間入りだ!)
そんなことを考えながら、イヤーマフ型のヘッドホンを耳から外して首にかける。噛み跡だらけの鉛筆で、くしゃくしゃの地図に印をつけた。
――砂塵と瓦礫の町〈アンダーグラウンド〉狛江。
「ここから遠くない。ついでにアリアーネちゃんが倒した奴も拾えるかも」
そう独り言ち、彼女は狭くて暗いこの空間から外に出た。
びょうびょうと吹き付ける砂嵐に、顔をしかめる。ヒール付きのコンバットブーツが、コンクリートの小片を打ち抜いた。
彼女が抜け出たのは、この狛江ではありふれた、折り重なって倒れる廃墟群の影からだった。そして、本来ならば呼吸も憚られる砂嵐の中、大きく息を吸う――それから。
「みんな! 見えてるかな? それじゃあ! 〈魔法少女二十九号〉の、怪人死骸回収作業配信、はじまるよー!」
ステッキのように長い自撮り棒の先についたピンク色の分厚いスマートフォンに向かって、彼女は手を振って笑顔を作った――まるで、つい先ほど見ていた人気魔法少女のように。
彼女の名前は〈魔法少女二十九号〉という。ジャーマングレーのフリル。オリーブドラブの丈の短いドレスに、カーキ色のマントを羽織った、十八歳ほどの『見た目』の魔法少女である。
元気よくスマートフォンへ、否、その向こうの視聴者へ笑顔を送る〈二十九号〉の視線は、一瞬だけ、その画面の右下、視聴者数の欄を見た。
『0』
静かに唇を噛む。かつてはここに『1,103』ぐらいの数字があったのに。
(誰も見てない! やっぱり、視聴者数の稼げない花もない『地下魔法少女』の配信なんて見向きもしないんだ……クソが)
しかし、そんな気持ちを押し込めて、〈二十九号〉は『視聴者』に望まれるようふるまいながら建物の残骸の上を歩く。
「確かこの辺だったよね、ミニカちゃんが戦ってたの。あ! あれかな!」
そうだ、それの在処を確認するために〈二十九号〉は聞きたくもない人気魔法少女の配信を聞いていたのだ。
〈二十九号〉は泥のようになった汚染物質を蹴り上げながら、廃墟の隙間に落ちたそれに駆け寄る。お目当てのものは、異臭とともに彼女を迎えた。
――千切れた腕。
――飛び散った体液。
――ひしゃげた胸。
――あらぬ方向に曲がった足。
――原形をとどめぬ潰れた顔。
瓦礫の隙間に落ちて広がる醜悪な花。ゲドードスの撒いた汚染物質の臭いに、怪人の腐ったそれが混ざる。目を背けたくなる光景を前に、〈二十九号〉は元気に呪文を発した。
「……ラブリーボルトクリッパー!」
スマートフォンを近くの瓦礫の上に固定すると、なけなしの『魔法』で両手持ちかつ柄の長い、枝切鋏のようなツールを生成する。
そして、その刃先を怪人の胸に突き刺すと、衣服と表皮、肋骨や筋肉を挟み込み、まとめて裁断する。
バチン!
断ち切ると同時に、まだ残っていた体液が飛び散る。それがドレスにびしゃりと飛んだ。通常の魔法少女であればその程度の体液は即時浄化できるのだが、〈二十九号〉にはそれができない。
魔法少女の力は、配信を見ている視聴者数に依存している。視聴者数が千にも満たない『地下魔法少女』の力など、たかが知れていた。
「くっ」
〈二十九号〉は唇を歪め、さらに怪人の胸部を切開する。
「ごめんね! ちょっと集中!」
バチン!
バチン!
バチン!
バチン!
こうして、不格好に、ぐちゃぐちゃに発かれた怪人の胸部を鋏で漁り、〈二十九号〉はその奥に赤く輝く塊を認めた。
「あった! みんな! あったよ!」
黒く分厚い手袋に覆われた指先で、二十九号はその真っ赤な宝石を手にする。
「トゥルーストーン、ゲット!」
引っこ抜いたその石こそ、トゥルーストーン。荒廃した地球で、人類再建に必要な最重要資源。それがよく見えるように、スマートフォンのカメラを向ける。その時、ふと吹き抜けた突風が、トゥルーストーンに纏わりついていた体液を飛ばし、〈二十九号〉の顔に注いだ。
「おえっ! くッさ……あ、みんなごめんね!」
『0』
勿論、誰も見てはいない。
〈二十九号〉は黙って肩に架けたボンサックへトゥルーストーンを放り込む。
「それから! この先にアリアーネちゃんが倒した怪人がいたよね! 見た? 大王もやってきて大混戦! 迫力あったね!」
〈二十九号〉は無理やり笑顔を作ると、次の戦闘地域に足を運ぶ。
西暦二千二十六年七月。恐怖の大王〈ゲドードス〉の降臨により、人類は滅亡の危機に瀕した。たったの一か月でその人口を半分にした人類だが、それを救ったのが、魔法少女の力だった。
『がんばれ!』
突然、スマートフォンの画面にコメントが映った。
「ありがとう!」
ほとんど反射的に〈魔法少女二十九号〉は声を上げ、スマートフォンに向かって笑顔を作った。
(ふざけんな。どうせならもっと早く来いよ)
怪人の血に汚れた衣装を〈二十九号〉は気にしていた。『地下』魔法少女らしい地味な衣装だが、それでも汚れるのは見てられないと〈二十九号〉は思う。体液が固着し始めたおかげで手袋が動かしずらくなっている。まるで、怪人と握手しているようだ。
(臭いし、キモいし、最悪だ……)
〈魔法少女二十九号〉は考える。それもこれも、自分に視聴者がいないせいだ、と。
(そうでなかったら、誰がこんな死体漁りの案件なんかするもんか!)
生成しっぱなしのボルトクリッパーは、持っているだけで負担になる。トゥルーストーンを収めたボンサックからは怪人の血液が染み出ている。汚染物質だらけの風は、肌を貫くように痛く響く。髪の間にも、たっぷり砂が詰まっているだろう。早くシャワーを浴びたかった。
キラキラとした魔法少女たちの活躍の下に押し込められた汚物の煮凝り。それが、『視聴者数』に見放された哀れなモノ、すなわち『地下魔法少女』の日常である。
(はあ……死体じゃなくてもっと一撃で人気になるような、激ウマな案件とかないかなあ)
ついつい、そんなことを考えてしまう。そうして顔が淀んでいることに思い至り、慌ててスマートフォンを見る。
『0』
誰も見ていなかった。さっきの視聴者は一瞬でいなくなってしまった様子。〈魔法少女二十九号〉は肩を落とした。と、眼前、吹きすさぶ砂嵐の中に、違和感を〈二十九号〉は見た。
「あれ? こんなところにも怪人さん?」
〈二十九号〉はぴたりと足を止める。この汚れた瓦礫の山の中に、見慣れぬ何かを見つけたのだ。だが、目的のアリアーネちゃんが倒した怪人まではまだ距離があった。
「待って! もしかして、人?」
途端、〈二十九号〉はスマートフォンを捨てて走った。
「大丈夫ですか! 聞こえますか!」
汚染物質が撒かれた空間では、魔法少女以外の人間は五分と待たずに肺が詰まって死ぬ。ところが、目の前の人間は明らかに魔法少女ではない。
(こんなところで配信しないで倒れるなんて! ここは狛江なのに!)
「聞こえますか!」
駆け寄った二十九号は、倒れた相手の体を起こしその顔を覗き見る。そして思わず息を飲んだ。
「あなたは……恐怖の大王ゲドードス……!」
病的なまでに白い肌。ともすれば美形ともとれるほど整った顔立ちに高い鼻の男。こけすぎたと言える頬。見間違えるわけがない!
「どうしてここに、ゲドードスが……」
否、〈二十九号〉は思い出す。今追い求める怪人の死骸を作った魔法少女のアリアーネちゃんは、ゲドードスと不意の戦闘を行っていた。
(配信を見ている限り、ゲドードスに致命傷を与えられてなかったように見えたけど、アリアーネちゃんの拳は届いてたんだ!)
吹き付ける汚染物質の風の中、小さく絶え気味な呼吸を繰り返す一人の男、否、大王!
「おいおい、やべえぞ! 特ダネじゃねえか!」
〈二十九号〉の頬が興奮に染まる。心臓の拍動は暴れに暴れ、薄い胸を突き破りそう。血まみれのボルトクリッパーを持つ手が勝手に震えだすのを抑えられない。
急いで戻り、さっき投げ捨てたスマートフォンに向かって、大ニュース! と叫びたい。
そして、意識のないゲドードス大王の首に、ボルトクリッパーを刺せばいい。
(そうすれば、こんなぱっとしない案件とはおさらばだ! わたしは魔法少女として毎日毎週、配信やネットニュースで永遠に取り上げられる! 寂れたSNSだってフォロワー数が爆上がり! 我が世の春が来た!)
……だが。
〈魔法少女二十九号〉=空地川サビ子(二十七歳・住所不定・無職・独身)は顔を歪めた。
「それが、魔法少女のすることか……?」
死にかけの抵抗できない敵、否、一つの命に対して問答無用でボルトクリッパーを使い頸動脈を切ったり、首の骨をぶちんと断つのは、魔法少女のすることだろうか。
汗を浮かべながら、空地川サビ子(二十七歳)は思い返す。
『わたし、プリミちゃんのこと大好き! 絶対わたし、プリミちゃんになりたい!』
『お母さん。わたし、魔法少女になる。だから、東京に行く』
『初めまして! わたしは〈魔砲革命アハト・カノン〉! みんなのこと、ずどんどかんと応援しちゃうよ!』
『聞いてください。視聴者数をもう、維持できません……わたし、アハト・カノンの配信は、今日をもって』
楽しくて、希望に満ちて、光などどこにもなかった魔法少女としての人生。
(だが、間違いなくこの状況を利用すれば、わたしの人生はすべて覆る)
「忘れるな、サビ子。魔法少女ってのは、食うか食われるかだ」
それを意識した時、〈魔法少女二十九号〉の手の震えがぴたりと止まった。




