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第二話  そして、歯車は回り出す

投稿遅くなり申し訳ありません。

そして明日より定期テストが始まる関係で、また期間をあけての投稿になると思われます。

申し訳ありません。

香坂愁蓮はその日、一睡もできずに学校へ向かった。

昨日に見た景色が頭にこびりついて離れなかったのだ。

愁蓮は学生でありながら、すでに職を手にしている。

その職と関係することなのだが、生憎と気心の知れた同僚は実家に帰ってしまったので、誰にも相談できず、立場上いきなり報告もできず、悶々としながら、一夜を過ごしたのだ。


昨日見た景色。

狡魔が群がる、一般人であるはずの留学生。

霞流一郎。

手練れの祓魔士であってもすぐには祓えない数の狡魔を、一瞬で祓った。

結界も、子式も使うことなく。

―彼は、一体…

こんなとき、司がいれば相談できるのに、と本部に呼び出された幼馴染みを思い浮かべる。

司令部からの連絡を一手に務める彼がいなければ、報告もできない。

いつ帰るのかわからない幼馴染みを思い浮かべながら、ふぅ、と一つ息を吐いた。


おはよう、と軽く挨拶をしながら教室に入ると、自分の席の周りに人だかりができていた。

―正確に言えば、愁蓮の席の隣、なのだが、あまりの人の数に隣の愁蓮の席にまで伸びてしまっていたのだが。

なんとか人混みをかき分け、席に近づく。

と、気づいたのか人混みの中心にいた人物はにこやかに挨拶をした。

ああ、おはようございます、香坂君。

昨日はどうも、と続ける彼の周りから、えー、ずるーい、と不満の声が上がる。

同時に、愁蓮に不満げな顔が向けられる。

どーしてレンレンのことはおぼえてるの〜?

すでに目をつけられたことに気づいているのかいないのか、流一郎は甘えたような声で詰る女子生徒に、穏やかに言葉をかける。

まあまあ、落ち着いて下さい、平加 悠衣さん。

名前を呼ばれて有頂天になる女子生徒へ、笑みを向けながら慣れたように群がる生徒をさばく。


穏やかに生徒と言葉をかわす横顔は、昨日狡魔を祓ったときとは、あまりに違う顔で、愁蓮は思わず同一人物かを疑ってしまったほどだった。


いつまでも捌けないように思われた集団を、漠然とした不安を抱えながら見ていると、チャイムの音が聞こえた。

名残惜しそうに各々の席へ戻っていく生徒、いつもと同じように授業を始める教師。

まるで自分一人だけが、違う世界にいるような不安が渦を巻く。


拭いきれない疑問を抱えた頭で授業を受けていると、横からカサリ、と紙片が置かれた。

顔色一つ変えず前を向く流一郎を、訝しげに一瞥し、紙に目を落とした。

『昼休み、図書室で。』

思わず横を見た先で、下ろされた前髪に隠れた横顔からは、何も伺いしることができなかった。


昼休み、昼食を急ぎで取って向かった先では、いつ抜け出したのか、日当たりのいい席で本を読む流一郎の姿があった。

何のようですか?

見慣れないはずなのに不思議と馴染む光景から抜け出したくて、先に言葉を発した。

本に落とされた目線が、ゆっくりとこちらに向けられる。

「ーどちらかというとそれは私のセリフだと思うのですが…」

困ったように眉を寄せながら、変わらず笑みをたたえた口元から、予想外の言葉が吐かれた。

「ー随分と熱い視線を送ってこられていたので。」


「それは…いや、そうだ、霞!昨日のアレは何だったのすか!

なぜあの時間外にいたのです?なぜアレを見て、あまつさえ還せたんだ!」


席を切ったように疑問があふれる。

流れる疑問を黙して聞く流一郎の口元には、変わらず笑みが浮かぶ。


すっと目を細め、流一郎は静かに口を開く。

「ーひょっとして、聞いておられないのですか?」


………は?


なんの話だ?


困惑する愁蓮をよそに、流一郎は一人ですべてを理解していく。

「ーなるほど、そういう事でしたか。ならば納得は…しかし、少々事をせいたようですね。」



また、後日わかりますよ。

意味深な言葉を残し、流一郎は席を立つ。

思わず後ろ姿に声をかけようとすると、思い出したように流一郎が立ち止まった。


「ああそうだ、案内の続きは後日でお願いします。

今日はもう、予定が入ってしまったので。」


こちらを振り向き、手短に言い終わるなり、今度こそ止まらずに去ってしまった。


残された愁蓮もまた、キツネに包まれたような気分で図書室をあとにする。


結局彼が何者なのか、敵なのか。

何一つわからない愁蓮の頭に、また新たに疑問が浮かんだ。


なぜ彼は図書室の場所を知っていたんだ…?


—————


あちらでは滅多に吹かない穏やかな風に目を細めていると、胸元から発信音がなった。

眉を顰めながら画面を開けば、見知った名前が表示された。

軽く息をつきながら、画面を押し、応答する。



[ええ…どうやら彼はまだ失ったままのようです。

S-rNo.は一致していましたが…書き換えた可能性もありますね。

何せ相手は未知数ですから。]


画面を隔て、くぐもった声が何かを言いかける。

どうせ小言だろう、と予想をつけ、早々に会話を切り上げる。


[ええ、ではこれで。

え?何ですか、任務は成功させますよ。

つつがなく。

ですからどうぞ、ご心配なく。]


[もう切りますよ、学生は忙しいんです。

それでは、神の名の下に、幸運を。]


踵を返す。

きっと相手は苦笑いを浮かべながら生意気盛りの子供の相手をしているのだろう。


迷いを払いように軽く首を振る。

遠く、この地の何処かにいるものを想う。


香坂愁蓮、伊那原司。


神の名の下に。

服の下、隠すように下げていたロザリオを、戒めを込めて握りしめる。

全てを晒せ。


——————



教室に戻ると、着戦履歴があった。

『夜には戻る。

 任務は無し。

 本部に向え。』


『了解。』


短く返しながら、予感していたような流一郎の台詞がよぎる。

何か関連する事はわかるのに、肝心の何かがわからない。

澄んだ水に一滴垂らされた墨のごとく、流一郎という存在が何かを変えるという、確信というべき予感があった。


結局ほとんどの授業を理解することなく、放課後を迎えた。

急ぎ本部へ向かおうと教室を出る。

昇降口へ向かいながら、そういえばあの男はどうしたのだろう、と靴箱の名前を探す。

すでにいないことを示すからの靴箱に、妙な予感がした。


振り払いように足早に本部へ向かった先には、みじんも疲れた様子を感じさせない背中があった。


「おっひさ~」

思わず声を掛けると、いつもと変わらない気楽な調子で返される。

この短期間で切り上げた時点で無茶をしたのは確かだろうに。

ため息をこらえ、眼鏡の弦を押さえながら、聞き返す。

「緊急だなんて…ここ十年はなかったはずでしょうに。

何があったのですか?」


んぁ~、それがなあ…珍しく釈然としない口調が、こちらの気を引き締めさせる。


「ー協会と手を組むそうや。」


「っ…な?!」

協会と手を?

真聖連と協会の対立は、狡魔討伐が本格化した頃と同じ、いやそれよりも古いとすら言われている。


その協会と—?


「ーまあ、なんやおえらいさんのとこでは納得したみたいでな。

それに伴ってこっちから何人か向こうに送ることなってなぁ。

ついでに向こうからも来るらしいんやけど。」


—っそれは。

つまるところ、人質交換…のようなものなのだろうか。


「何でもあちらさんきっての実力者らしいけど。」


「ーでは、これから向かう先にいるのは、その…」


「—ああ。多分な。」


気を引き締めながら、本部の奥へと向かう。

いやに柔らかく足の沈むカーペットに、動にも慣れない、と心の中でため息をついた。

と、くるりとこちらへ振り向きながら、前を歩く男が問いかけてきた。

「…そういや、何かあったんか?」

しまった。

顔に出てしまっていたのか。

急な要件に驚き、切り出すタイミングを失った、流一郎の件。


「えっ…ぁ、いえ…少し、妙なことがあると言えばあるのですが。」


言うべきか否かを迷う頭に。


ひょっとして。


閃光が巡る。

ある一つの考えが浮かんだ。


「—あの、司さん。」


前を歩く幼馴染みに声をかければ、なんや、と軽く返される。


「その、協会からの実力者というのは…もうこちらへ来ていたりするのでしょうか。」


「—何やって?」


首だけを回しこちらを向いた顔が、訝しげに眉をひそめる。


「—いえ、それが…先日大陸からの留学生と言うのが」


いいかけたところで、部屋に着いてしまった。

扉の前に控えた護衛が、一礼し扉を開いた。


「一級祓魔士、伊那原、香坂両名、現着致しました。」


部屋の前に立ち、声を掛けると、怒気をにじませた声が奥から響いた。


「協会は我らと手を組む気が無いのか!

こんな、こんな…呪われた黒髪を送ってくるなどとっ!」

部屋の奥へ目を向ければ、この地区の統括官である男が、口角泡を飛ばす勢いで椅子に腰掛けた男と、その背後に控えた数人に対し怒鳴っていた。


「—やってんなぁ。」


呆れたようにボヤいた相手を小声でたしなめる間にも、協会からの使者であろう一団への侮辱は止まらない。


「わが大陸では黒髪は古くから呪われた証!

そんな男を差し向けるとは、協会はっ…!」


度を過ぎた発言に、一団は色めき立つ。

と、椅子に腰掛けた黒髪の男が、反駁しようとする背後の一団を手で制した。

ようやく、目線がこちらに向けられていたことに気づいた。


こちらを見つめるアイスブルーの瞳が、ㇲっと細められる。

男の隠された口元が、ニヤリと笑った、気がした。


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