ep00 覚醒 -aweke-
それは確かに、
あったかもしれない物語。
それは確かに、
確実に、
選択を強いてきた物語。
しかし──
そこに至るまでの旅路は、
干渉することのできない時間と空間と、
何よりも人々の意思と、
そんなものに支配された物語で。
そんな物語で、
語部は──。
何を目的に、
旅を続けるのか。
それはそんな、物語。
そんな物語に、
君こそ、必要だ。
そう。
あなたは思い出さなければいけない。
あなたが何者であるかを。
あなたに任された使命を。
何もかもすべてを。
〇
────。
……────ッ。
「……────かッ!」
「お──ですかッ!」
「……お目覚めですか?」
男の、虚ろ気な視界の端で、
薄い青色の何かが揺れていた。
「あッ! ようやく意識が」
次第にはっきりしていく視界に、
薄くて長い、青色の髪を揺らす、
翠玉色の瞳の少女の顔が映った。
「……お、れは、ッ!」
「あッ! まだ動いてはいけませんマスター!」
両腕に、そこまでするかといった具合に刺された無数の留置針が、
それまでの男の状態を物語っていた。
腕を動かそうとも、痛みもなく、なぜか動かせない。
首は回らず僅かに動く瞳と、震える唇の二つを、
男は精一杯を振り絞って動かそうとしていた。
「マスター! 少しお待ちください。麻酔を打ちます。大丈夫、少しの痛みも、これなら耐えられます」
翠玉色の瞳の少女は、言うや否や男の腕に注射針を突き刺した。
「これで少し安静にしていてください。そうすれば、マスターは以前のように動けるようになります」
「……そ、うか」
「はい」
「と、ころで」
男は未だ震える唇を精一杯、動かして。
「ここは、どこ、だ?」
「ここは──。
安全なところです。マスター」
翠玉色の瞳の少女は、ぼかすように。
答えた。
「マスター。マスターは少し安静にしていましょう。そうすれば、以前のような」
「……あぁ。──ところで、君は、俺は君の、ことが誰だか。
いや、それよりも。俺は誰だ?」
「──ッ! 私は、クリア。マスターの従者、クリアです。
そしてマスター、あなたは、──マスターです。すみません、私にはこれ以上は……。
私は、マスター。あなたを支えるためにのみいます。それだけは確かです。信じてください」
「そうか」
「あッ! マスター」
段々と楽になってくる体に、
男はついに体を起こした。
翠玉色の瞳の少女──クリアは驚嘆の声を上げた。
男は部屋を見渡した。
白色を基調とした部屋だ。病室、あるいは何かの実験室か。
消毒液のツンと鼻をつくような刺激臭が僅かに漂っていた。
ともあれ無機質さと機能性だけを重視した、
あまりにも無個性な部屋に、
白衣に身を包んだ翠玉色の少女が、心配を伝えるような瞳を男に送っていた。
「俺は、立てるのか?」
「支えます。マスター、手を」
「あぁ」
男はクリアの手を取った。
「外に出よう」
「はい。しかし、無理はしないでください」
「……あぁ」
男はクリアの手を握りながら、部屋を出た。
通路は、部屋と同じで、個性を犠牲に機能性を突き詰めた、ただだた白壁の道が続いていた。
「俺は──」
「マスター?」
「何をすればいい?」
「いずれ、分かります。マスター」
「……そうか」
クリアの、翠玉色の瞳がわずかに揺れた。
「着きました。ここです。
この先に、世界が広がっています」
「そうか、開けられるのか?」
「問題ありません。扉は開きます。酸素濃度も、気温も、人が存在するのに、必要条件をクリアしています」
「そうか、なら頼む」
「はい。……マスターのこの先に幸運が訪れることを」
「なに?」
「なんでもありません。ただのおまじないです」
「……そうか」
重厚な鋼鉄の扉の前に、二人は立った。
長い眠りと隔絶の時を象徴するように、その扉は分厚く冷たい。
「──はい。では開けます」
クリアの白い指が制御盤に触れた瞬間、
低い駆動音が響き、沈黙を切り裂くように扉が動き始めた。
「……これは、この匂いは」
「そうです」
わずかに開きつつある扉の隙間から、わずかに肌寒さを感じる冷たい風を受け、
その微かな、鉄さびと腐敗の臭いの混じった風を受けながら、
男は、世界を──眼下に広がる荒涼とした大地と、地平線に移る廃墟群を直に視界で捉えた。
「マスターがこれから歩む世界です」