表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

ep00 覚醒 -aweke-

 それは確かに、

 あったかもしれない物語ストーリー


 それは確かに、

 確実に、

 誰かに選択を強いてきた物語ストーリー


 しかし──


 そこに至るまでの旅路は、

 誰も干渉することのできない時間と、閉ざされた空間と、

 そして何よりも、無数の人々の意思と、祈りと、絶望とに支配された、

 果てのない物語ストーリーであった。


 風が砂を攫い、記憶は塵となって消える。

 それでも──語りストーリーテラーは歩き続けた。


 何を目的に、

 何を求めて、

 彼は、旅を続けるのか。


 それはそんな、ひとつの物語ストーリー

 誰かが語り、誰かが忘れ、誰かがまた拾い上げる、

 連綿と続く輪廻のような物語ストーリー


 だからこそ──

 ストーリーテラーこそ、必要だ。


 静寂の底から声が響く。


 思い出せ。


 あなたが何者であるかを。

 あなたに課せられた使命を。


 そして、

 あなたがこの世界に再び降り立った理由を。


 何もかも、すべてを。


     〇


 ────。


 ……────ッ。


「……────かッ!」

「お──ですかッ!」

「……お目覚めですか?」


 男の、虚ろな視界の端で、

 薄い青色の何かが、ゆらりと揺れた。


 淡い光の粒が、彼のまつげの奥で弾ける。

 耳鳴りのような低い音がまだ世界に残っていた。


「あッ! ようやく意識が──!」


 焦りと安堵の入り混じった声。

 視界が少しずつ焦点を結び、

 そこに映ったのは、長く細い青の髪と、

 翠玉の瞳をもつ少女の顔だった。


「……お、れは、ッ!」

「あッ! まだ動いてはいけません、マスター!」


 両腕に、何本もの留置針が刺さっている。

 まるで見えない糸で縫い止められたかのように、

 その体は、自分のものではないようだった。


 指先を動かそうとしても、重い。

 痛みもない。だが確かに“違和感”だけが残る。


 首を少し傾けると、硬質な光沢を放つ管が、

 腕から、胸から、無数に伸びているのが見えた。

 まるで機械仕掛けの繭のようだった。


「マスター! 少しお待ちください。麻酔を打ちます。大丈夫、少しの痛みも、これなら耐えられます」


 少女は言うが早いか、手際よく注射針を突き刺した。

 無機質な音。

 冷たい薬液が体内を走る感覚。


「これで少し安静にしていてください。そうすれば、マスターは以前のように動けるようになります」

「……そ、うか」

「はい」


 男は息を吸い込もうとしたが、喉がかすれた。

 口の中が乾いて、空気が鉄の味をしていた。


「と、ころで」

「マスター?」

「ここは……どこ、だ?」


「ここは──」

 少女は短く息を呑み、そして微笑んだ。


「安全なところです。マスター」


 翠玉の瞳が、わずかに翳る。

 その笑みには、どこか“訓練された”ようなぎこちなさがあった。


「マスターは少し休んでください。

 すぐに、以前のように──」


「……あぁ。──ところで、君は、俺は君の……ことが誰だか。

 いや、それよりも。俺は誰だ?」


 少女の表情が強ばった。


「──ッ! 私は、クリア。マスターの従者、クリアです。

 そしてマスター、あなたは……マスターです。

 すみません、それ以上は……。

 私は、あなたを支えるために在る。それだけは確かです。信じてください」


「……そうか」


 男は小さく息を漏らし、重い瞼を閉じた。


     〇


 やがて体の感覚が戻り、彼は身を起こした。

 金属と白光に包まれた室内。

 漂うのは、消毒液の匂いと、機械の微かな唸り。


 壁も床も天井も、同じ白。

 装飾も、生活の気配も、まるでない。

 それは病室であり、同時に“何かを作り出す場所”のようでもあった。


 白衣の少女──クリアが、慎ましく微笑む。

 その瞳に映るのは、ただ一人、男だけ。


「俺は、立てるのか?」

「支えます。マスター、手を」

「あぁ」


 彼は、その小さな手を取った。

 手は冷たく、しかし確かに“生きている”。


「外に出よう」

「はい。……無理はしないでください」

「……あぁ」


 ふたりは歩き出した。

 廊下は果てしなく続き、白壁に淡い照明が無音で流れていく。

 足音だけが、この世界の存在を確かめるように響いた。


「俺は──」

「マスター?」

「何をすればいい?」

「いずれ、分かります。マスター」


 その言葉に、わずかな寂しさが滲んだ。


「着きました。ここです」


 彼女が立ち止まり、前方を示す。

 鋼鉄の扉が、沈黙のまま二人を拒むようにそびえていた。


「この先に、世界が広がっています」

「……開けられるのか?」

「問題ありません。酸素濃度も気温も、人の生存条件を満たしています」

「そうか。なら頼む」

「はい。……マスターのこの先に、幸運が訪れることを」

「……なんだ?」

「ただの、おまじないです」


 クリアの指が制御盤に触れた瞬間、

 重い音が空気を震わせた。


 長い眠りを破るように、扉が動き出す。


 そこから流れ込んだのは、

 錆と腐敗の匂いを孕んだ冷たい風。


 その風に触れた瞬間、

 男の記憶の奥で、何かがざらりと音を立てた。


 扉が開く。

 眼下には、灰色の大地と、崩れ落ちた都市の残骸。

 生命の気配はなく、ただ風だけが世界を撫でていた。


「──マスターが、これから歩む世界です」


 少女の声は、静かだった。

 けれど、その声には確かな温度があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ