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君を描いて、七等星 ~殺し屋少女が高校生天才画家の護衛をする話~  作者: 讀茸


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第八話 介錯

 三度、連続で鳴り響く金属音。

 それは剣士の急所目がけて振り抜かれた短刀が、巧みな剣術によって弾き返された音だった。


(っ……! 守りが堅い!)


 刻印術式を発動した綺羅は、高速でフロア内を駆け回り、幾度も剣士へと攻撃を仕掛ける。

 しかし、打ち込む刃の一切は弾かれ、叩き込む斬撃の全てが防がれる。


(捌ける……けど、こいつ加速してるな。単純に調子を上げてるのか、そういう術式なのか……)


 煌々と光る少女は彗星の尾を引き、目にも留まらぬ速度で剣士へと肉薄する。

 少しずつ速度を上げていく綺羅の攻撃に対して、剣士は防御に徹することで様子見をしていた。

 余裕はある。剣士は綺羅の動きに十分対応できている。

 もう少し綺羅が速度を上げたとしても、身を守ることは難しくないだろう。

 だが、得体の知れない感覚――――グロテスクな何かが、剣士の背筋を撫でている。


(何だ? この陰惨な感覚は? 奇妙な違和感は? 僕はまだ十分余力を残してる。慎重に立ち回ってる。なのに、何だ? この、感触は――――)


 剣士は捌く。捌く。捌く。

 星のような輝きを纏って襲い来る綺羅の刃を、容易く剣で弾き返す。

 驕り無く、油断無く、確実に防御を完遂する。あまりにも簡単に、全ての攻撃を捌けている。

 だというのに、吐き気を催す不気味さが、喉の奥に染みついて消えない。


「気色悪いな……ッ!」


 剣士は痺れを切らした。

 迫り来る綺羅に対して、剣士は構えを変える。

 防御から迎撃に。専守から反撃に。自分の身を確実に守るための構えではなく、襲い来る敵を斬り殺すための剣術へとシフトした。


(構えが変わった! また来る! あの斬撃――――)


 剣士が振り抜く一閃。

 フロアそのものを縦に断ち切るような、剣のリーチを度外視した長距離斬撃。

 歴史上でも非常に使い手の少ない、斬撃を飛ばす技術。

 ある時代の大剣豪が空に向けて放ち、曇り空を割って快晴を覗かせた逸話になぞらえ、その技はこう呼ばれる。


「――――伐空(ばっくう)


 フロアを縦に裂く一閃を以て、剣士が狙ったのは決着に非ず。

 むしろ、綺羅を動かすための布石として、かの絶技を披露した。


(伐空は大振りじゃないと打てない。それを分かってて、こいつは半端なヒットアンドアウェイに徹してた。だから、来るはずだ。焦って大振りの技を見せた僕の隙を、必ず奴は獲りに来る。――――来いよ。伐空は緩めに打った。意気揚々と飛び込んで来たお前の首を刎ねるくらいの余裕なら、十分残ってる)


 普通の相手なら、剣士の読みはかなり冴えていたと言えるだろう。

 剣士と付かず離れずの位置を保ちながら、一撃離脱を繰り返す綺羅の戦闘は、本来、長距離の攻撃手段を持つ剣士相手には有効ではない。

 ヒットアンドアウェイの利点は、仕掛けるタイミングを自分で選べること。

 自分は相手に一撃を仕掛ける一瞬しかリスクを負わず、相手はいつ仕掛けられるか分からないプレッシャーの中での戦いを強いられる。

 しかし、剣士は伐空で綺羅に攻撃を仕掛けることができる。仕掛けるタイミングを選べるという綺羅の利点を、剣士は伐空を放てば潰すことができる。

 故に、剣士は綺羅が伐空を誘っているのではないかと読んだのだ。

 如何にも伐空を打ちたくなるシチュエーションを作り、大振りの伐空に踏み切った剣士の隙を、綺羅は狙っているのではないのか、と。


「どういうことだ……?」


 目の前に広がる光景が、剣士の目算は間違いだったと告げていた。

 綺羅は伐空の隙を狩りに来るでもなく、何かしらの妙手を打つでもなく、ただ伐空の一撃を受けていた。

 短刀で防御を試みたのだろう、その湾曲した刀身は粉々に砕けている。

 肩から腰にかけて袈裟懸けに刻まれた裂傷からは、真っ赤な血が流れている。

 血だらけで傷だらけ。まさに満身創痍といった風体で床に転がる綺羅は、ハンターの銃弾を腹に受けた小鹿のようだった。

 先刻まで彼女が纏っていた光は、幻のように消え失せている。


(何だ? 何が起きてる? 僕の思惑に気付いたのか? いや、それにしても傷が深すぎる。手応えも軽かった。さっきは、全開の伐空も受け切れてたはずだろ。それも北神を守りながら。どうして今のが、致命傷になってる?)


 駆け引きの一手として放った軽い一撃が、目の前の敵を殺しかけている。

 そんな、剣士にとってはラッキーとも言える状況が、逆に彼女の背筋を詰めたく擦っていた。

 まるで、ギャングの麻薬取引を目撃してしまったような悪寒。児童虐待の現場に遭遇したような恐怖。


「痛い……痛いよ、お腹が熱くて、痛くて、耐えられない……」


 這いつくばった綺羅が、うわ言のように繰り返す。

 幼児のような口調。子供のような物言いは、あまりに戦場に似つかわしくない。


「助けて。パパ、ママ……」

「…………っ!」


 剣士は戦慄した。

 今、綺羅の口から漏れ出た言葉の不可解さと悍ましさに。


(何を……お前は、何を言っているんだ?)


 北神望人襲撃に際して、剣士はその護衛についての情報もある程度知らされている。

 だが、綺羅が殺し屋として実践投入されて間も無いこと、さらに七鉈家の秘密主義も相まって、これといった情報は見つからなかった。

 だから、分かっていることは二つ。

 彼女が七鉈家の人間であるということ。

 そして、七鉈家とはどういう場所なのか、ということ。


(お前をこんな所に送り込んだのは、他でもないお前のパパとママだろ……?)


 七鉈家の子供は産まれた時から、七鉈家が所有する訓練施設で育つ。

 そこで行われるのは訓練と選別。十二歳までに子供の数は半分に減る。優秀な半分を生かして、そうでない半分を殺す。

 十六歳までにも半数の劣等生をふるい落とす。結果的に生き残った四分の一が、殺し屋として実戦に投入される。

 十二歳から十六歳までの選別でふるい落とされた場合、男は殺されるが、女はその限りではない。子供を産ませる道具として使われる。

 そうして大量に産ませた子供を、また訓練施設で選別にかけるのだ。

 部外者である剣士も、その詳細は知らずとも七鉈家のえげつなさは認知している。その内部にいる人間が見てきた地獄は、想像を絶するだろう。


(縋らざるを得ないほど、お前は――――)


 剣士は全てを察した。

 彼女の想定を遥かに超えて、七鉈綺羅は弱く脆かったのだ。

 助けてくれるはずもない父と母に縋らなければならないほど、精神も身体も弱者のそれ。

 七鉈綺羅とは、不運にも戦場に放り込まれてしまった、凡庸でか弱い少女なのだと。


三日月裁架(みかづきさいか)


 あまりに憐れな殺し屋を前に、剣士は自らの名を名乗った。

 その憐憫にどれだけの意味があるかは、彼女自身にも分からない。

 ただ、名前も知らない他人に、訳も分からず殺されるなんて、あんまりだと思ったから。


(せめて、これ以上、痛まないように――――)


 裁架は剣を構える。狙うは蹲る綺羅の首筋。

 痛覚が反応する暇もないほどに速く、一瞬にも満たない刹那の内に、その首を伐空にて落とす。

 ただ、それだけを目標に、裁架はゆっくりと剣を構えた。

 この逡巡に数秒の時間を使ったことを、裁架は後悔することになる。


「……北神」


 綺羅の口から漏れ出た名前に、裁架の動きが一瞬止まる。


「そうだ、北神。北神。守らなきゃ、北神、だって、私は北神の……北神、北神は……」


 まるで、精神病患者。繰り返される四文字の音が、裁架には呪いの呪文のように聞こえた。

 北神望人と七鉈綺羅が接触したのは、つい昨日のこと。特別な関係性を築けるほどの時間は経過していないはず。

 そんな理性的思考を、裁架は頭の中で切り捨てた。

 そんなものが、今の彼女に通用するはずがないのだから。


「北神、褒めてくれるかなぁ」


 得体の知れない恐怖に背中を押されて、裁架が伐空を放つ。

 ほとんど同時に、綺羅は光速躯体を再起動していた。

 再び走り出した星の光。裁架も目を疑うほどの速さで駆け抜けた綺羅は、一瞬で伐空の攻撃範囲から抜け出す。

 そのまま、剣を振り抜いた裁架へと肉薄する綺羅。

 その状況は奇しくも、裁架が想定していたものだった。


(しまっ――――)


 大振りの伐空に踏み切った裁架の隙をつき、綺羅の短刀が彼女の脇腹に突き刺さった。

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