第五話 再来
時刻は昼過ぎ。私は北神に連れられて、駅ビルの画材屋に来ていた。
店名は「夜景堂」。かなり大きい店舗で、駅ビルの中に建てられているだけあって、店構えも綺麗な印象を受ける。
何となく、北神は小ぢんまりとした老舗の画材店に通っているイメージがあったのだが、普通にメジャーな画材屋に来るらしい。
「これとこれと……あとこれ」
この画材屋には通い慣れているのか、北神はサクサクと画材を手に取っていく。
絵の具やらインクやらを買っているみたいだが、素人の私にはさっぱり分からない。
ただ、一点だけ私にも感じ取れたのは――――
「選ぶの速くない? もっとじっくり考えても良さそうだけど……」
速い。あまりにも速すぎる。
まるで、初めから買う商品が決まっていたみたいに、北神は画材を集めている。
いや、何を買うか初めから決めていたにしても、もう少し商品を吟味するはずだ。
北神は画材を一瞥しただけで、買うか買わないかを判断しているようにも見える。
「え、なんか良さそうだったし」
北神はポイポイと画材を買い物かごに入れていく。
まあ、北神は色々な意味で画家として規格外だ。素人の私が口を挟む問題でもないだろう。
そう思って、私は北神を静観していたのだが。
「ちょっと待って。それ要る?」
北神が変な壺を買い物かごに入れた時は、流石に待ったをかけた。
それは流石に要らなくない? そもそも画材じゃなくない?
私の問いに北神は首を傾げる。心底疑問そうな表情を浮かべた後、北神は納得いったとばかりに手を打つ。
「ああ。今の絵の具はさっきのと似てるけど、微妙に色味が違ってて――――」
「違う違う。そっちじゃない。その変な壺みたいなやつ。それ買うの? カルト宗教が売ってそうなやつ」
北神はかごの中の壺を見下ろす。
壺にしてはかなり小さいそれは、掌ほどのサイズしかない。
「幸運を呼び込むって書いてあるし……」
「いやダメじゃない!? それ! やっぱりカルト宗教で売ってるやつだよ! いくらするの!?」
ダメだ。これは明らかにダメな感じがする。
北神の家を見た限り、彼の家が裕福であることには違いない。彼の画家としての腕前を考えれば、お金も相当稼いでいるだろう。
そんな人間が幸福の壺なるものをあっさり購入しようとしている。このままでは、北神が悪徳宗教業者のカモになりかねない。
「二百円」
「安っ! 幸福の壺がそんな安いことあるんだ!?」
思ったより良心的な価格に、私は思わず叫んだ。
冷静に考えれば、駅ビルの中にそんなヤバい壺も無いとは思うのだが、怪しさ全開の表題から二百円という価格設定はギャップがありすぎる。
「にしても、今日は空いてるね」
幸福の壺の安さに驚く私を横目に、北神はそんなことを呟く。
確かに、駅ビルにしては人通りが少ない。この画材屋に普段どれくらいの客が入っているかは分からないが、土曜日にこの客数はかなり少ないのではないか。
というより、ほとんど無人に思える。私と北神以外に人が見当たらない。
気配も音もしない。店員の姿さえ見つけられない。まるで、何かのイベントのために貸切られたかのような静けさの中――――
「ああ、ちょうど民間人の避難が済んだ所だ」
背後、ハスキーな少女の声が響いた。
咄嗟に振り向けば、グレーのコートを羽織った剣士の姿が目に入る。
遠目に見れば少年と見紛うような容貌。暗い銀髪とグレイッシュブルーの瞳は、研ぎ澄まされた刃のような無骨さを放つ。
「昨日の……」
北神が小さく呟く。
剣の切っ先を床に引きずりながら歩いてくる少女は、昨夜北神を襲った刺客その人だった。
「このビルには今、僕とお前達しかいない。加えて、結界でビル全体を覆っている。――――昨日みたいに、周囲の被害は気にしなくて済む」
「――――っ! 北神! 伏せて!」
直後、駆け抜けた斬撃が商品棚を両断する。
店そのものが叩き斬られたように、画材屋の棚は端から端まで斬撃の餌食となった。
斬撃によって切り取られた棚の上半分が滑り落ち、崩落の不協和音を奏でる。飛び散った画材が、綺麗だった店の内観をカラフルな色彩で汚していた。
一瞬で災害直後もかくやという惨状に成り果てた画材屋にて、咄嗟に床へと伏せた北神と私は間一髪で命拾いしていた。
「今度こそ、お前を殺せるよ。北神望人」
無人の画材屋。
飛び散った絵の具とインクが無遠慮な色彩をばら撒く店内で、無彩の剣士は薄く笑った。




