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君を描いて、七等星 ~殺し屋少女が高校生天才画家の護衛をする話~  作者: 讀茸


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第三話 洗導絵画

 北神望人が生まれたのは、今から十七年ほど前の出来事。

 彼が初めてクレヨンを握るまでにかかった年月は一年にも満たない。

 当時一歳の赤子が握ったクレヨン。広げられた白い画用紙に描けるのは、せいぜいぐちゃぐちゃの線画。丸や四角が描ければ、お絵描きが得意な方だと言えるだろう。

 恐らく、この世界で北神望人だけが例外だった。

 一歳になったばかりの彼が描いたのは、夜空。

 三色のクレヨンを使い分けて描いた夜空は、大人でも描けるかどうかという出来栄えだった。

 画用紙に描かれた風景を見て、彼の両親は感動よりも先に恐怖を覚えた。

 月と星と夜の闇。齢一歳の赤子が描いた、美しすぎる風景画。

 それは、蛙が空を飛ぶかの如き不気味。魚が足を生やして歩くかのような異常。

 過度に優れた絵の才能を持って、北神望人はこの世界に生まれ落ちた。

 彼が十分に成長した時、十分に絵画の技術を学んでしまった時、そんなことが起こってしまった暁には――――


 ――――一体、どんな絵が生み出されるのだろうか


     ***


 夜道、倒壊した民家を背にして、私は一人の少年を見据える。

 伝え聞いていた通りの、如何にも大人しそうな少年。体の線は細く、茶色の瞳は優しげで弱々しい。顔立ちは、まあ、美形と言っても差し支えない。

 故にこそ、染めたのが色落ちしたような髪色は意外だ。

 褪せたベージュ色は今でこそ彼の雰囲気に合っているが、この大人しそうな少年が髪を派手な色に染めている姿は想像がつかない。

 見た目よりもやんちゃな奴なのだろうか、だなんて考えた所で正気に戻る。

 今、私の前に立っているのは北神望人。見た者を狂わせる洗導絵画(アートファタール)の作者。やんちゃな不良なんか目じゃないほどの危険人物なのだ。直近の事例では、この少年の絵を見たことで記憶喪失になった被害者がいる。

 話に聞く凶悪性とこの少年の人畜無害な雰囲気は、どうにも頭の中で結びつかない。

 だから、分かり切っているのに、こんなことを訊いてしまった。


「一応確認しときたんいだけど、君が北神望人だよね? 洗導絵画(アートファタール)の作者の……」


 一瞬。

 ほんの一瞬だけ苦しそうに歪んだ彼の表情を見て、「訊かない方が良かったかな」なんて思う。

 まあ、別にどうでも良い。私の役目はこの少年の護衛。傷付きやすい思春期の少年を慰めてあげることじゃない。


「うん、そうだよ。俺が北神望人。洗導絵画(アートファタール)も俺が描いた。君は……護衛?」


 実際、北神はすぐに表情を取り戻して、何でもないように話を再開した。

 うん、普通に大丈夫そうな感じ。だから、私が気にすることなんて全然無い。護衛対象の確認は必要なことだし。

 個人の感情がどうこうだなんて話は、無意味で無用で馬鹿らしいだけの妄言だから。


「そ。さっきの見れば分かると思うけど。君、命狙われてるから。私が護衛として派遣されてきたってわけ」


 事前に知らされていた情報では、北神に護衛の件は一切知らされておらず、彼自身こういった荒事とは無関係の人生を送ってきたらしい。

 洗導絵画(アートファタール)の作者という重要人物でありながら、彼の半生はありふれた日常の中に在る。

 どこまでも特別な人間でありながら、普段は一般的な高校生として普通の日々を謳歌している。

 それは、なんて、妬ましい――――


「君はどこの組織の人?」


 思考が断ち切られる。

 予想だにしなかった返答に、私は思わずフリーズする。

 彼はあくまで一般人。この世界の裏側なんて知りもしない高校生。だから、こんな事態に陥れば、慌てふためくので精一杯だろうと思っていた。

 もしかして、知っているのだろうか。

 こちら側について、知っているのだろうか。


「七鉈家……って言えば分かる?」


 青春なんて言葉とはかけ離れた血生臭い世界のこと。

 こっち側の世界に生きる者ならば、一度は恐怖を以てその名を聞いたはずだ。

 千年続く殺し屋の一族。血の通わぬ血。依頼とあらば赤子すら殺す異常者の集まり。殺人という分野では、世界最高峰とも謳われる、その家の名を――――


「え、知らない」


 北神は知らなかった。


「知らないのね!」


 いや、良いけどね?

 逆に知ってても困るけどね? 

 上からの情報が間違ってたってことになるから。


「えっと……有名なとこ?」


 遠慮がちに北神が訊いてくる。

 カラオケで誰も知らない曲入れちゃった時みたいな反応が妙に癇に障る。

 カラオケ行ったことないから分かんないけど。

 ただ、こうなってしまった以上、北神にも知ってもらう必要がある。

 この世界には、殺したり殺されたりすることを厭わない奴らがいること。これから、そんな奴らの中で生きていかなければいけないこと。


「七鉈家。こっちの世界では有名な殺し屋の一族。私はそこの一員。七鉈家が君の護衛依頼を請けたから、私に君の護衛任務が下った。……馬鹿みたいな話だと思うけど、現実だから。受け止めて」


 私の話を北神はボケーっとした顔で聞いていた。

 自分の命が誰かに狙われていて、その誰かから自分を守るのも殺し屋。

 そんな危険極まりない状況にあって、北神は緊張感の無い表情を浮かべている。

 あまりの急展開に頭がついていけていないのかと思ったが、そんな憶測は次の一言で吹き飛んだ。


「七鉈家に依頼した人は、俺を生かしておきたいってこと?」


 少し、怖いくらいだった。

 言っている内容自体は、頭脳明晰と言えるほどのものではない。じっくり考えれば、誰でもその程度のことは考察できるだろう。

 ただ、心の整理をつけるのが早すぎる。

 命の危機に陥るというのは、精神に多大な負荷を強いるものだ。恐怖、不安、焦燥。それらの感情に整理をつけ、大局的な思考に切り替えるのは決して容易くない。

 この少年はそれを一瞬でやってのけた。

 まるで、いつかこんな日が来ると、初めから分かっていたみたいに。


「そうなるね。君の絵は危険だけど使い道もある。それこそ、悪い方の使い道ならいくらでも。洗導絵画(アートファタール)をネットに流すだけで、大規模テロの出来上がりだ。危険だから消したいって勢力と使えるから残したいって勢力。その両方がいるんでしょ」


 そんなことを喋ってから、私は「知らないけど」と付け加えた。

 大局的な思考をした北神は、確かに稀有な能力の持ち主かもしれない。

 けれど、私に言わせれば、そんなのは丸っきり無駄な行為だ。

 歯車に機械全体のことを考える必要なんて無い。大局的に考えたところで、私は大局には何も影響が無いのだから。

 部品は部品らしく歯車を回しているしかない。私のような使い捨ての部品は特に。

 それとも、北神は私とは違うのだろうか。使い捨ての部品でしかない私よりも、ずっと特別な存在だとでも言うのだろうか。


「そっかぁ。それじゃあ、よろしく。綺羅」


 私の葛藤は知りもせず、北神は手を差し出してくる。

 私は何の気無しにその手を握った。


「まあ、よろしく」


 そういえば、誰かと握手したのなんて、いつぶりだろうか。

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