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君を描いて、七等星  作者: 讀茸


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第二十五話 ジャフーリア

 ふと、目が覚めた。

 一体どれだけの間、眠っていたのだろうか。

 俺が寝かされていたのはコンクリートの地面。というか、学校の中庭。そのせいか、背中が少し痛かった。

 けれど、そんな些細な痛みは、目の前の光景が吹き飛ばしてしまった。

 起き上がった俺の目に映る、眩い光の雨。

 幾つも光粒が宙を舞い、縦横無尽に駆け回る光が無作為な軌道を残す。

 夜の学校を満たす無数の光が、あまりにも美しい光景が、俺の目を奪っていた。


「綺麗……」


 幻想的な風景に酔いしれていたのは、ほんの数秒。

 俺はすぐに精神世界のノルニルに呼びかけた。

 ダメ元のコンタクトだったのだが、意外にもノルニルはすぐに姿を現した。


「やっと目を覚ましたわな、キタガミ」


 ノルニルは何やら事情を知っているような様子だった。


「今、何が起きてるの?」

「ミナミがお前を殺しに来たわな。それで、お前を守るためにキラが戦ってるわな」


 ノルニルは簡潔に事実だけを述べる。

 きっとそこに嘘は無くて、客観的な事象だけが示されているのだろう。


「三日月先輩が……?」


 それでも、心が簡単に受け入れてくれなかった。

 あの三日月先輩が誰かを殺すだなんて、とても信じられなかったのだ。


「ミナミは元々そういう世界の住人だわな。お前のことも忘れた今、上に命じられれば殺しもやるわな」


 それは、受け入れるしかない現実だった。

 俺の絵を直視したことで、先輩は記憶を失った。

 凄腕の剣士だった先輩は、自分が高校に通っていたことも忘れ、命令に従うままの殺戮人形となってしまった。

 先輩が自分の意思で歩み、決断し、手に入れたはずの日常を、俺は絵画一枚で破壊した。

 その結果、先輩自身が俺を殺しに来るとは、なんて皮肉な結末だろう。

 ただ、それも悪くない。俺が招いた過ちの代償を、俺自身が命で支払う。綺麗な因果応報だ。よくまとまったストーリーじゃないか。

 だから、俺が死ねば良い。

 俺が死ねば、それで良いのに――――


「どうして……」


 今も、一人の少女が戦い続けていた。

 光を纏って疾走し、何度も三日月の剣士に立ち向かってゆく。

 校舎全体を戦場に、彗星のように光の尾を引いて、崩れそうな肉体を引きずって戦っている。

 もう、彼女に俺を守る責務は無いというのに。

 むしろ、俺を殺すべき人間であるはずなのに。


「キタガミ、お前はどうしたいわな?」


 俺はどうしたいのか。


「お前の願いは何だわな?」


 俺の願いは何なのか。

 ずっと、答えの出ない問だった。

 絵を描きたかったのか。絵を評価して欲しかったのか。絵以外の何かがあったのか。

 どれもピンと来なくて、自分の中で答えが出せずにいた。

 だから、先輩がいなくなってからも部室に通って、幸福だった日々をなぞり続けた。

 満たされていた過去をトレースすれば、そこから答えが見つかる気がしていたのだ。


「俺は……」


 でも、一人の少女が答えをくれた。

 俺に思い出させてくれた。

 だから、今俺がするべきことは、したいことは――――


「俺は綺羅を助けたい」


 綺羅の命を繋ぐこと。

 綺羅に明日も生きてもらうこと。

 そうでないと、俺の願いは叶わない。


「ノルニル、力を貸してほしい」


 何としてでも、綺羅は助ける。

 彼女の命を明日に繋いで、もちろん俺も生き残る。

 そうやって迎えた未来で、きっと俺は自分の願いを見つけられる。

 すぐそこにある七等星が、俺の願いを叶えてくれる。

 煌めく星空の下、俺はそんな予感を抱いていた。


     ***


 絶え間無い熾烈な攻防の中、南視と綺羅は拮抗状態を保って戦闘を続けていた。

 右腕と左耳の負傷により普段よりも精彩を欠く南視に、一時的に無制限の光速躯体を手に入れた綺羅が食らいつくことによって、戦況は互角に保たれる。

 戦闘が長期化するにつれ、戦場は中庭から校舎全体に移り、学校全体を駆け巡る死闘が繰り広げられていた。

 しかし、その拮抗も一秒後には壊れてもおかしくない。

 ピンと張られた緊張の糸が少しでも緩んだ瞬間、どちらかの集中が一秒でも途切れた瞬間、決着がついてしまいそうな、危ういバランスの上に成り立つ拮抗状態だ。

 高校の校舎全体を舞台として高速戦闘を展開する綺羅は、光を纏って移動し続け、地上に星座を描き出す。

 星空を地上に降ろしたかの如き幻想風景を、学校の屋上まで上ったネトゥリエムは、どこか静かな心境で眺めていた。


(今の綺羅がアレとやれているのは、俺の治癒魔術を前提とした術式のブーストありき。……俺の魔力も残量は僅か。底を尽くまで、あと三分といった所か。そうなれば、無論治癒魔術も維持できない。残り三分、俺は綺羅を信じるしかない。会って間も無い小娘一人に、俺の悲願を託すなど――――)


 ネトゥリエムは生まれた時から強者だった。

 彼を作った研究者を親と呼ぶこともできるが、彼が彼女に守られていたというわけでもない。

 むしろ、ネトゥリエムの方が戦闘力の無い彼女を守る役割を負う機会が多かった。

 生まれた瞬間から強かったネトゥリエムは、誰かに守られたことも、誰かに願いを託したこともない。

 望むものは自らの力で手に入れ、願う未来を自らの手で掴み取って来た。

 そんな彼にとって、自分よりもずっと弱いはずの少女に、自分の全てとも言える悲願を託すのは――――


「中々、悪くないものだな」


 案外、心地が良かった。

 誰かに願いを託すこと。他者の存在ありきで計画を実行すること。

 そんな初めての経験は、ネトゥリエムにとっても、不思議なくらい幸福だった。

 理屈は無く、原因は不明。

 それでも、ネトゥリエムは今、一つの感慨に耽っていた。


「生きた証、か」


 ネトゥリエムはまだ知らない。

 今、自分が何故、どうしようもないほど生を実感しているのか。

 きっと、これからの寿命で考え抜いて、いつかその結論に辿り着くのだろう。

 生きるということは、生きた証を残すということは、他者の中で生きるということなのだと。

 誰かに自分の存在を認めてもらい、自分の存在を見てもらい、他者の認識の中に生きるということなのだと。


「少なくとも、俺はお前を見ていたよ。ジャフーリア」


 呟きは風に消える。

 何百年ぶりになるだろうか、ネトゥリエムは自分を作った女の名を呼んだ。

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