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君を描いて、七等星  作者: 讀茸


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第二十四話 七等星

 洗導絵画(アートファタール)は見た者の精神や肉体に異常を引き起こす。

 その原因が精神的なものに依存しているため症例の幅が広く、明確な法則性はほとんど見出せない。

 ある意味、それは当然のことではある。

 一枚の絵に対して、どのような感情を抱き、どのような反応を起こすか。

 それは人によって千差万別のものだ。

 泣き崩れる者もいれば、走り出したくなる衝動に駆られる者もいる。

 記憶や思考を失う者もいれば、何かを受け取る者もいる。

 洗導絵画(アートファタール)は見た者に異常を引き起こす。

 その異常は必ずしも呪いであるとは限らない。


 地面に横たわる北神の首に、断頭の一撃を落とそうとした南視。

 振り下ろされる剣に手加減は無く、無感動に落ちる刃は北神の命を確実に刈り取るはずだった。


「――――光速躯体、完全開放(フルスロットル)


 その瞬間、南視は確かに見た。

 ぼやけた色彩が渦巻く視界の中で、星のように輝くスカイブルーの瞳を。

 空気が揺れる感触。ソニックムーブにも似た空気の破裂音。急激に膨れ上がる魔力。

 彼女の感覚器官が鳴らした警鐘を超える速度で、駆け抜けた光が南視の剣を弾いていた。


(速い! 私の感覚が追いつかなかった!?)


 一瞬で北神の側まで駆けた綺羅は、短刀で南視の剣を弾き上げた。

 疾走の勢いが乗った一撃は、北神に向けて振り下ろされた一撃を弾き返し、彼の命を救った。

 北神と南視の間に割り込んだ綺羅は、スカイブルーに輝く双眸で天才剣士を見据える。

 その威容を目に焼き付けた上で、そのプレッシャーを全身に感じた上で、七鉈綺羅は宣言する。


「北神は殺させない。もう二度と死なせたりしない」


 北神を守り通すと。

 もう二度とその命を失わせることはないと。


「君は! 今ここで私が倒す!」


 そして、己の勝利を。

 今まで相対したどんな敵よりも強大な剣士を前に、自身の勝利を吠えたのだ。

 光を纏う少女の宣誓が、夜の中庭に響き渡る。

 耳を澄ませずとも聞こえる大音響に対して、南視は斬撃を以て返答とした。

 南視が打ち放つは、連続怒涛の十七連撃。一秒にも満たない刹那の内に、十七の剣があらゆる方向から綺羅に襲いかかる。


(――――どうして)


 息を呑んだのは、南視の方。

 目の前の光景が信じ切れず、見えないはずの瞳を大きく見開く。


(どうして、全て捌かれている?)


 綺羅の反応速度では到底捌き切れないはずの連撃。

 愚かにも剣の間合いに入った綺羅を十八の肉片に変えるはずだった斬撃は、全て綺羅の短刀によって弾き返されていた。

 驚愕の表情を浮かべる南視の腹に、綺羅の蹴りが突き刺さった。


「か、ハ――――ッ!」


 綺羅の回し蹴りを直に受け、南視の肉体は遥か後方に吹っ飛ぶ。

 空中で体勢を立て直しながら、綺羅の急激に強化について考察する。


(私の剣速に対応できる速さ。あれは光速躯体のもので間違いない。問題は脳味噌の方。彼女の認識速度は、光速躯体に追いつけないはずでは?)


 綺羅の認識速度は本来、光速躯体の完全開放には全くついていけず、まともな行動すらままならない。

 そもそも、光速躯体の速度を上げ過ぎれば、肉体が自壊するというリスクもある。

 後者の問題は、ネトゥリエムの治癒魔術によってどうにか解消。

 残る前者の課題を解決したのは、北神の洗導絵画(アートファタール)が綺羅の脳に引き起こした異変だった。

 洗導絵画(アートファタール)の直視により綺羅の脳、及び脳と直結した眼球は変容。機能の一時的な拡張に至る。

 北神の絵によって綺羅が手にしたのは、超速度の動体視力とそれに応じた脳の処理速度。

 光速躯体の完全開放にも耐え得る、脳機能と視覚の獲得であった。


(何が起きたかは分かりませんが、今は彼女の認識速度が何らかの要因で術式の速度に追いついたと仮定するしかない。……ここに来て覚醒とは、今日は随分粘られますね)


 空中で姿勢を立て直し、軽やかに着地した南視は、鷹揚と剣を構え直す。

 脱力感のあるゆったりとした構えは、南視が自らの連続剣を最も扱いやすいように編み出した独自の構え。

 どこからでも、異常に回転率の高い連撃を放てる、南視特有の構えだ。


「良いですよ。付き合ってあげます。貴方が壊れるまで」


 剣を構えて待ち受ける南視に、綺羅は直線を描いて突っ込む。

 瞬きすら満足にできない一瞬の最中、南視の脳裏にはいくつもの予測が浮かぶ。

 光速躯体の速度に認識が追いついた今の綺羅なら、いくらでも搦め手を使える。

 一瞬で巡る思考の中、南視はあらゆる可能性を想定する。

 南視が予想したあらゆる可能性を裏切るかのように、綺羅が選択したのは真正面からの特攻。

 ただひたすらに加速し続け、絶対的なスピードを乗せた短刀を、正面から叩き込む。

 パリン、と金属の割れる音。

 綺羅が拳を打ち込むような姿勢で振り抜いた短刀は、南視の剣に衝突し、刀身が粉々に砕け散っていた。

 刃の破片が地面に落下するより早く、綺羅はその場で身を翻す。

 そのまま流れるような卍蹴りを放つが、光粒を纏った靴先は、剣の刀身によって阻まれた。

 蹴りの衝撃によって、数メートルほど南視は地面を滑る。綺羅の超高速を正面から受けて尚、南視には僅かなノックバックしか与えられなかった。


(守りが堅い! あと数センチで届きそうなのに!)


 綺羅の超高速に対し、南視は超反応で以て応じる。

 あと数センチで届きそうな刃が、あと数センチで入る蹴りが、悉く彼女の剣に阻まれる。

 たった数センチの空隙が、無限にも思えるほど遠い。


(走れ私! あと少し! あと少しで届くんだから! 今だけで良い! 今だけは、誰よりも速く……!)


 無限を走破するかのような勢いで、綺羅は光を纏って疾走する。

 南視から距離を取りながら、光の尾を引いて駆け回る綺羅。彼女の走った軌道が、光の線となって浮かび上がる。

 南視を囲うように描かれた星の光線。複雑に絡み合う幾何学模様は、夜空の星座を地表に落としたよう。


(私の周囲を旋回。なるほど)


 自らを包囲する星座を前に、南視は再び剣を構え直す。

 その直後、南視の周囲を無数の投げナイフが覆っていた。

 南視の周囲を旋回しながら、綺羅が投擲した投げナイフは合計二十九本。

 綺羅が携帯していた投擲用のナイフ全てが、三百六十度全方位から南視に襲いかかる。

 次いで、金属音が二十九度。

 南視は当然とばかりに、全ての投げナイフを剣で迎撃してみせた。

 その隙を縫って、予備の短刀を懐から取り出した綺羅が、南視の背後に躍り出る。


(背後! 獲った!)


 狙うは首筋。

 血管の詰まった急所に、刃を突き立てる。


「かかりましたね」


 夜を裂く横薙ぎの一閃。

 後ろを振り返らないまま、南視が振り抜いた剣は、的確に綺羅の短刀を打ち据えた。

 虚を突かれた綺羅。あまりに強烈な衝撃に、綺羅の手元から短刀の柄はすっぽ抜け、遥か遠くへ飛んでいく。

 状況把握を視覚に頼らない南視だからこそできた、背面への一撃だった。


(――――来る)


 短刀を弾き飛ばされた綺羅。

 目前には剣をふりかぶった南視。

 綺羅は予感した。次の瞬間、南視は綺羅を仕留めるべく連続剣を放つ。

 今までのような、綺羅に合わせるカウンターではない。

 三日月南視本来の、敵を殺すための連続攻撃が、綺羅の身に襲いかかる。


(避けろ。避けろ、私――――)


 後方に跳躍して回避、という手は綺羅の直感が否定した。

 大きな跳躍には、大きく膝を曲げる動作が必要だ。光速躯体の完全開放を加味しても、南視の剣速はその隙を与えないだろう。

 綺羅の瞳がスカイブルーに輝く。

 全神経、全魔力を両目に集中させる。

 洗導絵画(アートファタール)によって変容した脳機能。視覚情報の処理速度を限界まで向上させ、覚醒した動体視力で目の前の全てを見定める。

 スローモーションにも思える超集中の狭間、南視が放つ斬撃を一つ一つ認識する。

 一太刀目、振り下ろされる一閃が前髪を掠める。

 二太刀目、翻った刃をステップで避ける。

 三太刀目、引き戻される剣は全身を沈めて躱す。

 四太刀目が来るより早く、間合いの中に潜り込む。

 そして、無防備な腹に打ち込んだ掌底。南視は後方へと吹っ飛ばされる。

 すぐさま追い打ちをかけようとした綺羅だったが、額を撫でる冷たい感触に、思わず足を止めた。

 ツー、と流れる血。

 掌底で吹っ飛ばされつつ南視が振るった五太刀目が、綺羅の額を浅く切り裂いたのだ。


(危なっ! 走ってたら頭真っ二つにされてた!)


 南視は一度地面を転がるも、すぐに受け身を取って立ち上がり、綺羅への距離を詰めに走る。

 対する綺羅は懐から短刀を取り出し、南視へと仕掛けるタイミングを図る。


(手持ちの短刀はこれが最後の一本。体術だけで戦えるほど甘い相手じゃない。この一本が壊れる前に、仕留める)


 ネトゥリエムの治癒魔術と北神の洗導絵画(アートファタール)によって、術式の速度上限を取り去った綺羅。

 ほとんど無制限に加速する彼女の機動に、獲物である短刀は長く耐えられない。

 そもそも、南視の斬撃は綺羅の短刀を容易く砕く。

 綺羅が持つ最後の短刀。その寿命は決して長くない。長くない寿命の内に、綺羅は勝負を付けると決めた。


(来い。さっきと同じ。全部見切って躱す。その後、直接短刀を叩き込む!)


 決して遅くない速度で間合いを潰してくる南視。

 彼女が繰り出すであろう斬撃の雨を回避するべく、綺羅は光速躯体を途切れさせずに、南視を待つ。

 スカイブルーの双眸が光る。星のような光を纏って、綺羅は南視の剣を注視する。

 その切っ先の僅かなブレすら見逃さぬように、ほんの些細な予備動作でさえ見落とさぬように。

 全霊の集中力と視力で剣を見た綺羅の脇腹に、南視の踵がめり込んだ。


「そんなに剣が気になりますか?」


 剣士としては、オーソドックスな搦め手だった。

 剣に視線を釘付けにしておいて、死角から蹴りを繰り出す。

 どれだけ綺羅の思考速度と視力が上がっても、彼女自身の経験値は変わらない。

 極限まで追い込まれた今の状況で、死角に気を配れるほど綺羅は場慣れしていなかった。

 綺羅の脇腹に直撃した南視の踵は、光速躯体の反動で過度に軽量化した綺羅を軽々と弾き飛ばす。

 校舎一階の窓に叩きつけられた綺羅。職員室内に着地した彼女を追うように、南視は伐空を飛ばす。

 校舎の壁に叩きつけられた伐空。鼓膜を揺らす破裂音と共に、土埃が巻き起こる。散乱するコンクリート片が宙を舞っていた。

 視界を塞ぐ土埃の中でも、南視の感覚器官には影響が無い。

 南視は躊躇無く土埃の中に走り込み、視界を奪われた綺羅へと迫っていく。

 対する綺羅は土埃の中では不利と悟り、大きく外へ跳躍。崩落した壁面から、校舎外の空中へと飛び出した。


(空中に逃げた? なら、伐空で――――いや、違う)


 空中で身動きの取れない綺羅に対し、伐空で遠距離攻撃を仕掛けようとした南視。

 しかし、寸前で剣の柄を握り直し、僅かに構えを変える。

 南視の聴覚は捉えていた。綺羅が校舎の外壁に足をつける音。靴裏とコンクリートの外壁が鳴らす、ほんの些細な足音を。

 綺羅が纏う光が、一層強い光を放つ。

 校舎の外壁を蹴った綺羅。彼女が目指すはただ一点。土埃の中に見えた一つの人影。

 校舎の壁を蹴って跳躍し、一直線に南視へと肉薄する綺羅。


(壁を蹴って接近。なら、カウンターを合わせるまで!)


 綺羅の動きを読み切った南視。

 一直線に突っ込んでくる綺羅に、横薙ぎに振り抜く剣を以て迎撃とする――――はずだった。

 剣を振り切るはずだった南視の腕が止まる。


(あーもう! バレた!)


 南視へと愚直に突っ込んでいくかに見えた綺羅。

 しかし、彼女は光速躯体で自身の速度を調整し、南視に辿り着く直前で急減速。南視の剣を空振らせてから、その隙を突く算段だった。

 南視は綺羅の速度に違和感を抱き、減速の算段を立てていると看破。急激に速度を落とした綺羅の前で、剣を空振りすることなく構えをキープした。


(このまま突っ込んでも斬られる! だったら――――)


 刹那の読み合いに敗北し、一気に追い詰めれた状況。

 減速した状態で南視へ接近することになってしまった綺羅。

 彼女が土壇場で取った選択は、相手の虚をつくことだけに特化した一手。

 南視の方へと落ちていく最中、綺羅は左手に持っていた短刀を投擲する。

 狙うは南視の右腕。ここに来て綺羅が得物を捨てるとは夢にも思わない南視は、投げられた短刀を右腕に受ける。

 南視の二の腕に、湾曲した刃が突き刺さった。

 腕を刺されたことによって、一瞬だけ緩んだ南視の剣筋。

 その隙を縫って綺羅が打ち下ろしたのは、脳天めがけた踵落とし。

 跳躍と落下の勢いを乗せて、南視の頭蓋を揺らしにかかる。


「……ッ!」


 南視は綺羅の踵落としにも咄嗟に反応。

 負傷した右腕での剣術を諦め、左腕で直接綺羅の踵落としを受け止めた。

 南視の細腕に突き刺さる踵。南視は腕を貫く痛みと衝撃を、綺羅は確実に骨を折ったという感触を得た。

 直後、着地した綺羅。着地と共に姿勢を低くし、曲芸じみた蹴りで南視の肋骨を狙う。

 この一瞬で右腕の負傷具合を確認した南視は、着地際の綺羅を右手の剣で仕留めにかかる。

 両者の攻撃はほとんど同時に、互いを捉えた。

 綺羅の蹴りが南視の胸板に直撃し、南視は大きなノックバックを余儀無くされる。

 それと同時に、南視の剣も綺羅の右肩から右胸にかけてを切り裂き、決して浅くない傷を与えていた。


(痛いのもらったな……ネトゥリエムの治癒魔術でもすぐには治りそうにない。短刀も無くなたし)


 傷を押さえながら立ち上がる綺羅。

 視線の先では、右腕に刺さった短刀を左手で引っこ抜き、ご丁寧に剣の一振りで破壊する南視の姿があった。

 三日月南視の圧倒的な戦闘能力に、七鉈綺羅の爆発力が拮抗しつつある。

 戦況は互角。実力は五分。

 一秒後には再開されるだろう激戦に備え、綺羅は息を整えた。


「よし、あとちょっと。頑張れ、私」


 スカイブルーの瞳に光を宿し、星明りを纏う少女。

 目前で眩い光を放つ殺し屋に対し、本人も気付かぬ内に淡い瞳を細める剣士。

 彼女らの戦いの傍ら、安らかに眠る少年が一人。

 その瞳がゆっくりと開く。

 ネトゥリエムが北神にかけた治癒が、ようやく終わろうとしていた。

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