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君を描いて、七等星  作者: 讀茸


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第二十二話 名前の無い剣技

 戦場は中庭に移り、三日月裁架が新たに参戦する。

 状況は移ろいゆくが、ネトゥリエムが北神と綺羅にかけた治癒魔術は、絶えず正常に作用していた。

 術式の性質上、肉体に魔力との互換性がある綺羅。彼女は体質的に治癒魔術の効きが良い。

 常時体内を巡る治癒の波動は、光速躯体によって欠けた綺羅の肉体を即時補う。

 速度の上限を取り去った綺羅。彼女は眩い光を纏って疾走し、南視の周りを走り回る。


(速さは一級品。ただ、動きが単調なのは変わりませんね。スピードに認識速度が追いつかないんでしょう。タイミングを合わせれば簡単に仕留められる。迂闊に飛び込んで来なくなったのは少し面倒ですが、まあ何とかならないことはない。むしろ、厄介なのは――――)


 南視の周囲を超高速で旋回する綺羅。

 彼女とは対照的に裁架は、真正面から南視に斬りかかっていく。

 刃を交える姉妹。実力差は一々言及するまでも無いほど隔絶した二人だが、不思議と南視は裁架に有効打を与えられずにいた。

 幾度も裁架を襲う斬撃。縦から、横から、裁架の防御を縫うようにして。

 迫り来る剣の猛襲を、裁架は自らの剣捌きで防いでいた。


(仕留め切れない。何と言うか、硬派ですね。基礎に忠実で隙が無い)


 南視と裁架。

 姉妹として生まれた二人だったが、剣士としての性質は真逆と言って良い。

 型破りで天才肌の南視に比べ、裁架は要領こそ良くとも頭抜けた才には恵まれなかった。

 彼女に許されたのは、ひたすらに積み上げることだけ。

 姉のように軽やかに駆け上がっては行けない。一段一段踏みしめて、小さく刻んだ壁を一つずつ超えて行くしかなかった。

 凡庸ながらも鍛え上げた肉体。愚直に磨き上げた剣技。

 三日月裁架は順当な強者として、天才剣士の前に立ち塞がる。


(なんて、面倒な……)


 ひたすらに堅く立ち回る裁架に対し、南視は内心歯噛みする。

 以前、南視は優勢である。裁架との剣戟は南視が押しているし、綺羅はカウンターを恐れて迂闊に飛び込めない。

 ただ、決め切れないという戦況が、南視の胸にほんの僅かな焦燥を生む。

 皮肉にも、と言うべきだろうか、彼女と対峙する裁架は、どこか落ち着いた心持ちで南視と斬り結んでいた。


(意外と戦える。いつもの姉さんよりは鈍いよな。左耳やられてるし。綺羅の急襲も警戒しなきゃいけないわけだし。でも、何だろう。思ったより抗えてるっていうか……)


 三日月裁架にとって、南視は超越者だった。

 常識に囚われず、家の決まりに囚われず、周囲の意見に囚われない。

 三日月家という剣士の家系に生まれながらも、日常を手に入れることのできる圧倒的強者。

 裁架では届きもしないような世界にいるのだと、ずっと思っていたのだ。


(見てなかったんだな、姉さんのこと)


 裁架は改めて思い知る。

 それは神話だったのだと。幻想だったのだと。

 南視はいつも裁架の先を行っていた。でも、決して置いて行ったりはしていなかった。

 ずっと数歩だけ先にいて、手を伸ばせば届く距離にいてくれた。

 目を向けて、手を伸ばせば、いつだって裁架の手を握ってくれたはずなのだ。

 自分と南視は違うと決めつけて、南視を見ようとしなかったのは、裁架の方だった。


「貴方三日月家の人ですよね。なんで、私の邪魔するんですか?」


 交えた剣越しに、南視が冷たい声で問いかける。

 記憶を失った彼女の冷徹な声に、裁架は燃えるような視線を返した。


「邪魔するよ。……学校(ここ)は姉さんが大事にしていたものだから」


 弱視の南視には見えていない。

 それでも、裁架は彼女の空色をしっかりと見つめた。


「僕に……! 見せようとしてくれたものだから!」


 裁架と斬り結ぶ南視の左側方、綺羅が投げナイフを投擲する。

 南視の左側頭部に迫る投げナイフ。高速で飛来するそれを、南視は容易く剣で打ち払う。

 その隙を勝機と見た裁架は攻勢に転じ、横薙ぎに払う剣で、南視の胴体を狙う。


(間に合う)


 投げナイフを弾いた勢いをそのままに、南視は剣を翻す。

 美しい弧を描いて旋回した剣は、大きく踏み込んだ裁架の剣を打ち返した。

 刹那の早業。

 左側方からの投げナイフと前方から切り込む裁架の一撃。ほぼ同時に放たれた攻撃二つを、南視は高速の剣技で弾き返した。


「とんだ隙を晒しましたね」


 防御に徹していれば何とか凌げる南視の猛攻も、一度攻勢に出てしまった裁架に防ぐ術は無い。

 強く弾かれた剣を構え直すより早く、南視の剣が裁架を切り刻む。

 それよりも早く、駆け抜けたのは星の一条。

 光粒を纏って疾走する綺羅が、南視の間合いへと一気に踏み込んでいく。


「――――七鉈綺羅」


 南視が狙いを定めていたのは、綺羅の方。

 裁架を追い込めば、必ず綺羅は彼女を救うために突っ込んでくる。

 光速躯体の速度に脳が追いつかない彼女は、予め決めた直線軌道をなぞることしかできない。

 タイミングを合わせて剣を振り抜けば、光速躯体の速度が彼女を真っ二つに割ってくれる。

 南視は自らへと迫る高速の光に対して、綺麗なカウンターを合わせた。

 直後、南視の剣が空を切る。


「……っ!?」


 逆に南視の右大腿部が切り裂かれている。


(避けられた? まさか、途中で軌道を変更した? あの子の認識速度は術式の追い付いてなかったはずじゃ――――)


 綺羅には認識できるはずのないカウンターを躱され、南視は困惑する。

 魔力探知と右耳の聴覚で彼女を追えば、綺羅は低姿勢でコンクリートの地面を転がっている。

 スライディングを失敗したような格好でコンクリートの上を滑る綺羅は、それでも、足を止めない。

 光を纏って駆けながら、全力で思考を回している。


(やっぱ上手くいかない! 最初からスライディングして足狙うって決めてたけど、全然タイミング合わない! 掠り傷しか付けられなかった!)


 綺羅は南視のカウンターを見てから避けたのではない。

 馬鹿正直に突っ込めば反撃を浴びると読み、初めから足狙いの低姿勢特攻を行っていたのだ。

 結果、胴体を狙った南視の剣は空を打ち、綺羅は南視の大腿部を浅く裂いた。


(もっと思考を! 策を! 無策じゃ勝てない! 勝つんだから! 私が勝って、北神を守るって決めたから!)


 極限まで先鋭化された思考は、綺羅の脳内で止めどなく溢れては消える。

 北神を守るという強いモチベーションが、ただ歯車のように命令を遂行するだけだった綺羅に、試行錯誤して立ち向かう意欲を与えていた。

 思考し、工夫し、実行する。自ら考えた策で戦い、自らの目標に近付かんと努力する。

 綺羅にとっては初めての経験が、戦いの中、彼女を急激に成長させていた。


(良くなっている。あの少女の動きが、初めよりも格段に――――)


 急成長する綺羅に、南視が気を取られた一瞬。

 その一瞬が裁架にとっての勝機だった。


「やっと隙を見せてくれた。姉さん」


 裁架が静かな笑みを浮かべる。

 南視の反応は速かった。咄嗟に後方へと跳び退き、裁架から距離を取る。

 相手は剣士。剣の間合いから外れれば、一旦はその脅威から逃れることができる。

 そんな間違いを、妹をよく知る頃の彼女ならば犯さなかっただろう。


「伐空!」


 南視が後方へ逃れることまで読んでいた裁架。

 大振りの剣が空を裂く。飛翔する斬撃が南視を襲う。

 無論、裁架の伐空を南視が防げないはずはない。飛来する斬撃は、彼女が剣を一閃するだけで掻き消せる。

 後ろに跳んだ体勢のまま、迫り来る斬撃を剣で打ち返した南視。

 剣の柄から伝わる感触が、南視に教えていた。

 これは相手を浮かせるための一撃だと。


(私が跳ぶタイミングを狙って、下から上に持ち上げるような伐空……! 上手く浮かされた!)


 僅かに中空へと浮いた南視。

 空中で身動きの取れない南視へと疾走していくのは、星明りを纏う少女。


(空中だろうと剣は振れる。あの子を迎撃するのに、派手な技は要らない。ただタイミングを合わせるだけで良い。大丈夫。迎撃できる)


 裁架が作った絶好の機会。

 それでも、南視は万全の迎撃態勢で綺羅を待つ。

 綺羅の認識速度は光速躯体に追いつかない。故に、南視は綺羅が加速するタイミングに合わせ、軌道上に剣を置いておくだけで良い。

 先のような低姿勢特攻も、二度目が通じるほど南視の感覚は鈍くない。

 光速躯体の速度を落とせば綺羅の認識速度が追いつく可能性もあるが、その鈍足で南視に太刀打ちできる保障は無い。


(突っ込めば、カウンターを合わせられる。正面からじゃ通用しない。何か、この人の裏を掻ける何か――――)


 思考する綺羅。

 しかし、熟考するほどの猶予は彼女に与えられない。

 ものの数秒待つだけで、南視は地面に着地する。裁架が作ったチャンスは水泡に帰す。

 思考し、結論を出し、行動に移る、なんて悠長なプロセスは踏んでいられない。

 思考も結論も行動も全て一つにまとめ上げ、綺羅は最高速度で地面を蹴る。

 精神と身体が一体化する。思考と行動がシンクロする。体で考え、頭で行うような、澄み渡った感覚の中、綺羅は無意識的に新たな扉を開けた。

 自らに刻まれた術式の、新たな可能性の扉を。


「……まさか」


 呟きを漏らしたのは、剣を空振った南視。

 最高速度で地面を蹴ったはずの綺羅。

 彼女はいまだ南視に到達せず、ほんの一メートル先にいる。

 タイミングを完全に合わせて振ったはずの剣は、綺羅の前髪を僅かに掠めたのみ。


「減速……?」


 光速躯体の本質は、質量を速度へ変換すること。

 その変換は基本的に不可逆であり、自傷を代償とした加速は可能でも、減速を代償とした治癒は起こり得ない。

 しかし、常にネトゥリエムの強力な治癒魔術が作用し続けた結果、綺羅の術式は変容し、速度を質量に変換することを可能とした。

 綺羅が無意識に行った減速により、タイミングを外された南視の剣は空を打ったのだ。

 慣性を無視した超減速。スピードダウンにより、綺羅の脳が自らの速度に追いつく


(いける。剣を振り切った姿勢。防御は間に合わない。このまま、短刀を――――)


 直後、響き渡る金属音。

 それは恐るべき速度で剣を翻した南視が、綺羅の短刀を跳ね上げた音。弾かれた短刀が天高くに飛んでいった。

 三日月南視。剣士としてのあらゆるパラメータが常識外の彼女。

 全てに秀でている故に分かりにくいが、彼女のバトルスタイルには明確な特徴がある。

 それは、連続剣。一太刀目から二太刀目を繰り出すまでの速さ、二撃目から三撃目に繋げる滑らかさ、三撃目から四撃目に移る上での隙の無さ。

 言うなれば、剣の回転率とでも言うべきもの。

 連続で剣を振るという点で、三日月南視の技術はズバ抜けている。

 短刀を弾き飛ばされた綺羅。残っているのは肉体一つ。振り抜いた右脚で、南視の胴を狙う。


(え、嘘……)


 綺羅の脳裏を掠めた違和感。

 あり得ないと理性で決めつけていた出来事に、現実が追いついて来るような悪寒。


(三撃目……?)


 一度空振り、二度目で短刀を弾き、さらに繰り出す三度目の斬撃。

 南視が斜め上から振り下ろす剣は、綺羅の蹴りが南視の胴に当たるよりも早く、綺羅の右脚を切り裂くのではないかという速さだった。


「つ、ゥ――――ッ!」


 瞬間、綺羅は本能的に光速躯体を全開にしていた。

 急加速した綺羅の蹴りと南視の剣が交差する。太腿を剣の峰に打ち付けるような蹴りは、彼女の手首を靴先で捉え、側方へと弾き出す。

 側方に吹っ飛ばされた南視と光速躯体の勢いを殺せずに地面を転がった綺羅。

 刹那の内に起きた空中での攻防。その終わりを告げるかのように、南視が弾き上げていた短刀が、コンクリートの地面に落ちた。


(あり得ない。あの一瞬で三回も剣を振ったってこと? 速いなんて次元じゃない。光速躯体がここまでスピード負けするなんて……)


 薄く切り裂かれた自らの太腿を見下ろし、綺羅は南視の凄まじさを再確認する。

 戦闘の中で急激に成長していく綺羅。異様な成長曲線を描いて強くなっていくからこそ、綺羅はより鮮明に認識した。

 三日月南視という剣士が、遥かな高みに立っていることを。

 超越者じみた剣士との間にある実力差を、はっきりと認識するに至ったのだ。


「右脚だな。まだ動けるか?」


 綺羅を庇うように、彼女の前に出た裁架。

 綺羅は右大腿部の傷がネトゥリエムの治癒魔術で再生していくのを確認しつつ、すぐに立ち上がった。


「大丈夫。動けるよ」

「ならさっきと同じように頼む。正面は僕が受け持つ」


 正面を受け持つ、という裁架の発言に綺羅は思わず感心する。

 一度南視の連続剣をその身で味わった綺羅にとって、彼女と正面から斬り結ぶのは、とんでもない偉業に思えた。


「凄いね、裁架って」

「……僕だって今の連撃は捌けない。あれを打たせないように立ち回ってるだけだ。それも、お前が姉さんの周りをウロチョロして、気を引いてくれないと成り立たない」


 裁架が如何に優秀な剣士とは言え、南視の連撃を捌けるほどの腕は無い。

 南視がいつ奇襲してくるか分からない綺羅に警戒を割いていること。妹である裁架は南視の癖や特徴を熟知していること。左耳を負傷したことで、南視の感覚が鈍っていること。

 そして、身内である裁架を殺さぬように南視が手加減していること。

 それだけの前提条件ありきで、裁架は南視と拮抗状態を保てていた。


「ここまで来れば、仕方無いですね」


 悪寒。

 背筋を撫でる悪寒に二人の肉体が反応するよりも早く、南視は俊足の踏み込みで彼女らとの間合いを潰していた。


「殺しますか」


 グレイッシュブルーの瞳に、剣を振り上げた南視の姿が映る。

 すぐ目の前、肌を刺すような殺気を迸らせた少女が見せた予備動作に、裁架は反射的に防御を選択していた。

 南視の斬撃を受け止めるために構えた剣。それが無意味だと悟ったのは、彼女はその技を知っていたから。

 それは、三日月南視が誇る絶技。

 彼女しか扱えないが故に、名前を持たない超絶の剣技。

 瞬間、世界から音が消える。


「     」


 自分が構えた剣の割れる音を、裁架は聞いた。

 魔力で強化した剣で受けたにも関わらず、裁架の剣は粉々に砕ける。

 紙屑当然の防御を貫通した斬撃は裁架に直撃し、ガラスに入った罅のような裂傷を、彼女の胸に刻み込む。

 斬撃痕と言うにはあまりに異質な傷を受け、裁架は力無く両膝をついた。


「あのキメラヒューム以外に、これを使うとは思いませんでしたよ」


 南視が裁架に対して放ったのは、想像を絶する速度で放たれた三連撃。

 同時と見紛うほどの速さで、同じ個所に三度の斬撃を叩き込む。

 ただ速すぎるだけの三連撃。しかし、それによって生まれる破壊力は常識の範疇を超えている。

 南視が起こしているのは、三つの斬撃をほぼ同時に重ねるといった現象。

 重なり合った斬撃は空間を歪ませ、次元そのものに罅を入れる。三連撃を一撃にまとめ上げ、生じた極小規模な歪みを斬撃として対象にぶつける。

 まさに、連続剣の極致。

 完成に至った南視の三連撃を防御できた者は、未だ一人も存在していない。


「裁架!」


 倒れる裁架を見て、綺羅は咄嗟に駆け出す。

 トップスピードに乗るまでコンマ一秒もかからない。

 地面の短刀を拾い上げて南視に迫る綺羅は、反射的に最高速度を出してしまっていた。


「今度は素直だ」


 最高速度での愚直な突撃。

 それが南視の前では最も致命的な悪手だと、綺羅の横原を殴打した蹴りが証明していた。

 空間を歪ませる三連撃は、南視の剣技を以てしても、放った後には剣を完全に振り切って隙ができる。

 故に、南視は光速躯体で突っ込んでくる綺羅に対して、回し蹴りを以て迎撃した。

 光速躯体の使用によって過度に軽量化していた綺羅は、蹴りの衝撃で派手に吹っ飛び、一気に部室棟の方まで吹っ飛ばされた。

 蹴り飛ばした殺し屋が、部室棟の壁を突き破るのを確認し、南視はゆっくりと足を進める。

 そして、立ち止まったのは、地面に寝かされた北神望人のすぐ目前。


「結構、手間がかかりましたね」


 地面に横たわる北神。

 色褪せたベージュ色の髪と茶の瞳をした、どこか存在感の希薄な少年。

 その地味な色彩故に、弱視の南視の目に映る彼は、ほとんど地面の灰色に同化する靄のような何かだった。

 呼吸音と魔力から北神の位置を特定し、南視は剣を振り上げる。

 狙うは北神の首元。静かな寝顔を晒す北神の首を、振り下ろす刃にて一刀両断する。


「さよなら」


 何故か、南視の口元から零れた別れの言葉。

 どうしてか、言わなければならないと思った言葉。

 心の奥底で蓋をされた感情には気付かないまま、南視はひどく悲しい刃を振り下ろした。

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