第二十一話 名前を呼ぶ
南視の一撃を受け止めた裁架。
南視と剣を交えた瞬間、裁架は確かに自分の剣が軋む音を聞いた。
そこにあるのは、圧倒的なパワーの差。南視の膂力から放たれる剣の一閃は、切れ味の良さは無論、純粋な破壊力という点でも常識外の威力を発揮する。
一見鍔迫り合っているように見えるが、裁架はほんの少しでも気を緩めれば、剣の刀身ごと真っ二つにされかねない状況にある。
それでも、そんな状況にあっても、裁架は声を枯らして叫んだ。
「弱くても戦え! 戦えるだろ! お前は!」
慟哭じみた絶叫。
三日月裁架は知っている。
何度打ち倒しても、光を纏って立ち上がった少女を。
たった一人の少年を守るため、自身の体を分解することも厭わず、勝てるはずのない剣士に立ち向かい続けた、平凡で特別な女の子を。
「出会えたんじゃないのか! お前を見てくれるやつに!」
南視と鍔迫り合う裁架の剣が、ミシミシと軋む。
あまりにかけ離れた膂力の差に、裁架の手首は限界を迎えようとしている。
無情に剣を押し込んでくる南視の圧力に、裁架は自身の死を幻視する。
あと一秒後、自分は南視の剣で真っ二つに斬り殺される。そんな確信めいた幻想を抱いて、裁架は折れそうな足に力を入れて踏ん張る。
ミシミシと軋む。軋む。軋む。
それは、裁架の命が軋む音。自分の命に罅が入り、少しずつ欠けて崩れていくような。
脳内で絶えず木霊する、死神の足音。
(ああ、クソっ! パワーが違いすぎる! こんなに力の差があるのか! 何もできない! 少しでも力を抜けば剣を割られる! 反撃のモーションに移れない!)
少しずつ、大きくなる。近付いてくる。
カツンカツンと踵を鳴らす死神の気配は、裁架の脳内でどんどん濃くなっていく。
(まだだ! まだ粘れ! 裁架! 姉さんが一番大事にしてたものを、姉さん自身に壊させるのか!? そんなの認めない! 認められない! 認められないから! ここに立ってるんだろ!)
響く。響く。響く。
軋む。軋む。軋む。
三日月南視が何よりも愛していた学校での日常が、彼女自身の手で破壊されてしまう。
あの日、純白の部室で見た姉の絵画が、姉自身の手で黒く塗り潰されてしまう。
死神の足音が響き、命が軋んで音を立てる。
日常が崩壊していく音の中、裁架の耳に届いた――――
「――――光速躯体、起動……!」
たった一滴雫が落ちるような、かすれた少女の声。
夜の闇を裂く、一条の星明り。
駆け抜けざまに南視の手首を襲った綺羅の一閃が、彼女の皮膚を薄皮一枚掠めていく。
(速い……!)
南視の予想を上回る速度で駆けた綺羅。
ダメージ自体はたかが薄皮一枚。されど、その薄皮一枚の傷は、裁架と鍔迫り合う南視のバランスを僅かに崩した。
(崩れた!)
すかさず、裁架が剣を押し返す。
体勢を崩された状態で裁架の逆襲を受けた南視は、後方への跳躍を余儀無くされる。
後ろに跳ぶことで上手く衝撃を殺した南視。僅か数秒、地面から足を離した南視。
着地の瞬間に、とんぼ返りで折り返してきた綺羅が襲いかかる。
再び、駆け抜けざまに短刀を振り払った綺羅。
(やっぱり速い。さっきよりも、速度を上げてますね)
胴体を狙った一閃は南視が空中で振り抜いた剣に阻まれる。
疾走の勢いが乗った綺羅の一撃を、南視は踏み込む地面無くして防いで見せた。
そのまま南視の側方を駆け抜けた綺羅は、裁架のすぐ隣で停止した。
「やっとかよ。僕の時はテコでも折れなかったくせに」
自らの背後、地面に寝かされている北神を、裁架は横目に確認する。
北神の位置を確認しつつ剣を構え直した裁架は、自らの隣で眩い光を放つ少女へと視線を移す。
「ありがとう、裁架」
彼女の言葉を聞いて、裁架は思い出す。
そういえば、自分の名前を教えていたのだったな、と。
誰かに認識してもらうこと、名前を覚えてもらうこと。名前を呼んでもらうこと。
ある日を境に、姉がしてくれなくなったこと。
私は私だと、君は君だと、僕は僕だと、大切な人に定義してもらうこと。
「ああ。勝つぞ、綺羅」
互いに名前を呼び合う。
たったそれだけのことで、少女二人は肩を並べた。
彼女らの名前は七鉈綺羅と三日月裁架。
夜の中庭、あまりの眩しさに三日月南視は目を細めた。




