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君を描いて、七等星  作者: 讀茸


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第十九話 生きた証

 千年以上前のこと、俺はとある研究者によって造られた。

 女の研究者だった。ほとんで外に出ないせいで肌は白く、ボサボサの髪を梳かしもしないような、洒落っ気の無い女だった。

 彼女を一言で表すなら外道。二言で表すなら、頭のおかしい外道だ。

 そもそも、俺の製造方法からして、人の道を外れている。

 あの女は村から若い娘を攫ってきて、合成獣と無理矢理子供を作らせたのだ。

 娘の相手にあてがわれた合成獣は、生物と形容するのが躊躇われるほど醜悪な見た目をしていた。何せ、ワニとハゲワシとウーパールーパーとクラゲとヤマアラシのキメラだ。

 そんな最低最悪の手法で、俺はこの世に生まれ落ちた。

 母親は俺を出産後、舌を噛み切って自殺。父親である合成獣は、研究者の女によって殺処分された。

 自然、あの女が俺の親代わりとなった。


 ――――成功だ! やったぞ! 十年間の研究が実った! ついにキメラヒュームを造ってやったぞ! ハハハ! ハハハハハハハハ!


 世の親がどうであるか、俺はよく知らない。

 ただ、彼女は俺の誕生を喜んでいた。俺がこの世に存在し始めたというだけで、彼女にとっては成功だった。ただ在るというだけで、彼女は俺を肯定した。

 彼女が最低の外道だと、俺は知っている。人体実験で何人もの人を死に至らしめ、何人もの被験者を苦しめたと知っている。

 そんな最悪の人間に対して、俺は悪感情を抱いていない。

 むしろ、感謝や愛情すら覚えている。


 ――――ネトゥリエム。良いかい? 君はネトゥリエムだ。良い名前だろう? 初めて作ったキメラヒュームには、こう名付けると決めていたんだ


 ネトゥリエムという名前を俺に与えたのも彼女だった。

 由来は忘れた。何やら熱く語っていたような気がするが、何分昔のことなので思い出せない。


 ――――そうだ。良いぞぉ、ネトゥリエム。最初はヤマアラシかぁ。この調子でどんどん因子を使いこなすんだぞ


 彼女は俺の成長を喜んだ。

 それは俺の兵器利用を想定してのことだと俺は思ったのだが、この考えは彼女自身に否定された。


 ――――まぁ、それも良いんだけどね。僕としてはオススメしないな。君はいるだけで良いんだよ。有名にはなるのは良いけど、途中で戦死なんて最悪だからね


 俺には女の行動原理が理解できなかった。

 キメラヒュームだなんて馬鹿げたものを作っておいて、それで何をしようというわけでもない。

 ただ俺を造り、育て、完成させようとしていた。

 それはまるで、子供を育てる母親のようだった。


 ――――君を作った理由?


 故に、俺は尋ねた。

 俺をこの世に生み出した理由を。

 無辜の人々を数え切れないほど殺し、拷問じみた人体実験で苦しめ、その果てに作り上げた俺という完成品の存在意義を。


 ――――生きた証が欲しかったんだ


 彼女らしくもない、湿っぽい声で漏れた囁き。

 鼓膜が辛うじて捉えることに成功したその言葉以外、俺が彼女から答えを得ることはできなかった。

 それから何年かの後に、彼女は死んだ。

 どこからかやって来た殺し屋に、あっさりと殺されていた。

 別段不思議は無かった。恨みなど数え切れないほど買っている女だ。刺客の一人や二人は来るだろう。

 俺は彼女の遺品から、とある日記を見つけた。

 生前、俺には一度も見せず、存在すら知らせなかった日記。

 そこには、彼女の半生が綴られていた。

 彼女は厳しい家庭で育ったようだった。

 代々商売を営む家で、子供の頃から商人としての教育を受けて育ったらしい。

 研究者としての才能は悪い意味で群を抜いていた彼女だったが、商才には恵まれなかったらしく、家の商売ルートをいくつもダメにしたと書いてあった。

 整った字で書き連ねられた自己嫌悪の言葉は、あの極悪人が書いたとは思えないほど、自罰の念に満ちていた。


 「私は何もできない」「誰にも期待されてない」「父上に申し訳ない」「私は失敗作だったみたい」「生きているのが恥ずかしい」「私に生きる意味なんて無い」「ごめんなさい」「私なんか生まれなければ良かった」「もっと頑張らないと」「早く追い付きたい」「結果を出さなきゃ」「どうやっても上手くいかない」「死にたい」「生まれてこなければ良かった」


 後半になればなるほど、日記は支離滅裂になっていった。

 劣等感と自己嫌悪の中で、彼女が狂っていくのが見て取れるようだった。

 この日記を読んで、あの女はやはり救いようのない外道だと再認識した。

 日記を読む限り、女が家の者に暴力を振るわれた記録は無い。彼女が受けたのは、両親からの激しい叱責や使用人からの陰口程度。

 あの女が行った人体実験に比べれば、児戯にも等しい嫌がらせだ。

 それだけのことに、彼女は耐えられなかった。

 周囲から評価されないこと。落ちこぼれの烙印を押されること。価値が無いと思われること。

 他人の視線に耐え切れず、彼女は違法な合成獣研究の道に進んだ。

 落第生の自分が嫌になって、マッドサイエンティストの自分へと乗り換えた。

 自分は心が壊れた狂人だと思い込み、それらしい行動を取り続けることで、自分の心を保ってきた。

 彼女が俺を製造した理由が理解できた。

 彼女は結果が欲しかったのだ。自分はこんなものを作ったと、こんな風に生きたと、自分の在り方を証明できるような結果。

 それを、彼女は生きた証と呼んだ。

 俺という絶対的な結果を残して、彼女は自分で定義付けた自分を示したかったのだ。

 商才の無い落ちこぼれではなく、商売ルートを潰した無能ではなく、キメラヒュームを製造した極悪人としての自分を、他者に刻んでやりたかったのだ。

 自分の好きな自分で在りたい。

 けれど、自分を作るのは、いつだって他者の認識だ。

 だから、他者の認識を決定付けられるような、分かりやすい結果が必要だった。

 それが、彼女にとってはキメラヒュームであり、非道な人体実験であり、俺だった。

 俺は彼女の望みを果たしてやりたいと思った。

 その方法を何年間か考えて、その末に思い至った。

 俺の姿を絵に残そう。最高に腕の良い画家に、俺の姿を絵として描かせよう。

 彼女が作った俺という結果。その全てを絵という形にして残してやりたいと思った。

 外面や容姿だけではダメだ。内包する性質や俺の辿った道筋、俺を造った彼女の想いまでもを、一枚の絵として完全に描写できる画家でなければ、この仕事は頼めない。

 千年間、そんな画家を探し続けた。

 そして、やっと見つけたのだ。

 北神望人という正解を。

 彼女が生きた証を描くに相応しい、悪魔的なまでに卓越した表現者を。


     ***


 突き立てたヤマアラシの針。

 ようやっと彼女の手の甲に刻んだ傷を確かめつつ、ネトゥリエムはもう片方の手にもう一本の針を作り出す。

 今度は首元に突き立ててやろうと振り抜いた針だったが、南視の蹴りが彼の腹を穿つ方が早かった。


「か、ハ――――ッ!」


 少女の脚から繰り出されたとは思えない重みの蹴りに吹っ飛ばされ、ネトゥリエムは胃液を吐きながら廊下を転がる。

 起き上がって反撃に転じようとした時には、既にすぐそこで南視は剣を振りかぶっている。

 咄嗟にヤマアラシの針を構えて防御する。


「それ、防御のつもりですか?」


 直後、針が割れる。

 少女が放った斬撃は、ネトゥリエムが構えた針を割り、そのままネトゥリエム自身の胸に深い裂傷を刻んだ。

 剣を振り抜いた際に生じたソニックムーブで吹っ飛ばされ、廊下の壁に激しく背中を打ち付ける。


(なんだ? 何をされた? さっきの斬撃と同じ。目に見えず、防御もできない。俺はどうやって斬られてる? クソ、再生が間に合わない。ダメージをもらいすぎた。もう見えてきたか。再生能力の天井……!)


 血塗れの様相で這いつくばるネトゥリエム。

 最早死体にしか見えない男を、三日月南視は見下ろしていた。


「今度は早かったですね、再生能力の天井。北神望人にかけてる治癒魔術を解除したら良いんじゃないですか? そうすれば、その傷も治るかもしれませんよ」


 ネトゥリエムの胸を真一文字に抉る裂傷。

 内臓にまで傷を付けた一閃は、通常の人間なら致命傷以外の何でもないレベルの負傷。

 赤黒い傷口は塞がらず、蠢く肉面はぐちょぐちょと音を立てるばかり。

それは、無限にも思えた再生能力の限界。

 北神に治癒魔術をかけながら、自身の傷を治すほどの余力は、ネトゥリエムには残っていなかった。


「分からないんだろ? 俺の治癒魔術が死後も継続するのかどうか。だから、そうやって治癒魔術を解かせてから――――」

「別に、どっちでも良いですよ」


 南視の剣がネトゥリエムの胸に突き刺さる。

 トドメとばかりに放たれた刺突は、既に刻まれた傷口のさらに奥、ネトゥリエムの内臓を深々と刺し穿った。

 それは、致命の一撃。

 ネトゥリエムの体内に内在していた生物因子の一つが、南視の刺突によって砕かれたのだ。


「貴方自身の再生にすら限度がある。死後も治癒魔術が持続したとして、北神望人を殺せないことはないでしょう」


 因子の破損。

 自身の構成要素が一部抉り取られる激痛が、ネトゥリエムを襲う。

 人型合成獣に内在する因子は魔力的な存在であり、単純な物理攻撃で破壊できるものではない。

 しかし、南視は剣に高密度の魔力を纏わせることで、この問題をクリア。ネトゥリエムの中のベニクラゲの因子を破壊するに至った。


「貴方の体内で一際濃い魔力反応はあと三つ。全部壊せば死にますか?」


 串刺しにされたネトゥリエム。

 満身創痍どころ惨状ではないが、それでも彼の命は尽きていなかった。

 アホロートルの再生能力が、生命活動に必須の臓器だけをギリギリで再生し続け、ネトゥリエムの命を現世に縛り付ける。

 否、死のうと思えばいつでも死ねる。

 アホロートルの能力もネトゥリエムの意思で、いつでもオフにできる。

 生きたまま内臓ごと串刺しにされる痛みから解放されるのに、ネトゥリエムに必要な工程は、アホロートルの因子に流す魔力を切るだけ。

 呼吸よりも簡単な動作一つで、ネトゥリエムは痛みから解放される。

 それでも、彼が足掻いたのは――――


「……ずっと待っていた」


 未だ、勝機を見据えていたから。

 自分は、自分達は、まだ戦えると知っていたから。


「お前の意識が緩む瞬間を」


 死にかけの肉体が駆動する。

 不意に起き上がったネトゥリエムは、両の手で南視の右腕を強く掴む。

 死にかけの男の握力。南視の身体能力なら、コンマ一秒もかからず振り解けるであろう拘束。

 しかし、ネトゥリエムは南視を掴む掌からヤマアラシの針を生やし、彼女の腕に突き刺すことで少しでも拘束力を上げる。

 故に、一瞬。

 南視がネトゥリエムの拘束を逃れるまでに、ほんの一瞬のロスが生じた。


(光速躯体、起動)


 その一瞬を少女は見逃さない。

 音も無く起動した刻印術式。綺羅の肉体は眩い光と化し、夜の廊下を閃光で照らす。

 ほとんど光を捉えない南視の網膜が、あまりの光量に僅かな痛みを訴える。


「荷物持ちを連れているとでも思ったか?」


 ネトゥリエムの言葉で、南視はやっと自覚する。

 この一瞬、完全に七鉈綺羅を意識の外に追いやっていたことに。

 気付いた時には、綺羅の移動速度に対応する術は無い。

 ロスタイムゼロでトップスピードに乗った綺羅は、駆け抜けざまに短刀を振り抜く。


「俺が用意したのは、目的達成のための戦力だ」


 弱視の南視は気付かない。

 自身の左顔面を抉った傷の深さを、痛覚を頼りに推し量るしかない。

 ただ、夥しい量の赤だけが、彼女のぼやけた視界に映り込んでいた。

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