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君を描いて、七等星  作者: 讀茸


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第十八話 定評

 剣技、伐空。

 得物のリーチを拡張し、斬撃そのものを飛ばす技術。

 剣士にとっては得難い遠距離攻撃手段。そもそもの習得難易度の高さはもちろん、伐空の射程を伸ばせば伸ばすほど、より綿密なコントロールと鋭いキレが必要となる。

 伐空を得意とする三日月裁架でも、射程距離は二十から三十メートル程度。


 綺羅とネトゥリエムの頭上へと跳んだ三日月南視は、五十メートル以上の上空から連続で伐空を放った。

 降り注ぐ斬撃の雨。時間にして三・五秒間。地上ではブロック状に刻まれたアスファルトが、無数に宙空を舞っていた。

 パラパラと落ちる無数のアスファルト塊。少し遅れて、今しがた自身で切り刻んで地面に着地する。


「貴方は殺したと思ってたんですけどね」


 地上、着地した南視の前に立っていたのは、派手な緑色の髪をした男。

 その体には無数の切り傷が刻まれており、南視の伐空が確かなダメージを与えたことが伺えた。


「キメラヒューム」


 最早命は助からないのではないかと疑うほどに、全身を切り刻まれたネトゥリエム。

 しかし、一見致命傷に見える傷の数々は、自然と再生されていく。出血は止まり、傷は塞がり、数秒もすれば元通りだ。


「死なないことには定評があってね。千年間も生きたくらいだ」


 軽口じみた言葉を返しつつ、ネトゥリエムは掌から長い針のような物質を創出し、その手に握る。

 細長い剣のような形をしたそれは、ネトゥリエムが持つ能力の一つ。

 鋭く長い針は南視の斬撃を何度か受けられるほどの硬度を誇る。何度か受ければ砕けるが、壊れた針はいくらでも創出できる。


「奇遇ですね」


 直後、南視が動く。


「私も殺すことに定評があるんですよ」


 駆け抜けざまに放った一閃をネトゥリエムは何とか針で受け止めるが、その衝撃に耐えきれず吹っ飛ばされる。

 民家の壁を突き破って、反対の通りにまで転がり出たネトゥリエム。

 それ相応の傷を負うが、ネトゥリエムの再生能力を考えれば、誤差のようなもの。


(とりあえず、受け切ったか)


 ネトゥリエムは吹っ飛ばされた勢いもそのままに走り出し、高校の方角を目指していく。

 すぐさま南視の追撃が来るかと思われる場面だが、意外にも南視は足を止めた。


「前より、狡い手を使うようになりましたね」


 剣の一撃によってネトゥリエムを弾き飛ばした南視。

 その体には、半透明な触手が絡み付き、幾重にも重なり合って彼女を縛っていた。

 細長く半透明の触手群。南視ならば簡単に引き千切れるほど柔い触手だが、その中には毒液が含まれていると、南視は過去の戦闘経験から知っていた。

 ネトゥリエムは南視の攻撃を受ける瞬間、触手を放って南視の体を縛ったのだ。


(あのキメラヒュームは継戦能力が高い。長期戦を視野に入れると、毒は食らいたくありませんね。どうせ無理に千切れば毒液が飛び散るんでしょう、これ)


 南視が足を止めている間に、綺羅と合流したネトゥリエムは夜道を駆け、南視との距離を稼いでいた。


「よく避けたものだな。アレの伐空は百メートル以上の射程を誇るが」


 初手で南視が降らせた斬撃の雨。

 おおよそ回避不能に見えたそれを、綺羅は光速躯体で攻撃範囲外に逃れることで躱していた。


「横道に入ったら斬撃飛んでこなくなった。多分、周りに被害を出さないようにしてるんだよ」


 三日月家は戦闘を生業とはしているものの、七鉈のような金さえ払えば何でもやる殺し屋集団ではない。

 周囲への被害は最低限に抑えるし、警察組織との連携も欠かさない。

 吹っ飛ばされたネトゥリエムが民家を突き破ったのも、ネトゥリエム自身がその方向に跳んだ部分が大きい。

 無論、家に穴一つ空く程度の被害ならば良しと、南視側も割り切った所はあるが。


「術式を使ったか?」

「使ったよ。使わなきゃ避けれなかったし」


 綺羅の返答を聞き、ネトゥリエムは並走する彼女の背に手を当てる。

 そして、その全身に治癒魔術をかけた。緑色の光が綺羅の全身を包み、光速躯体の代償として刻まれた傷が癒えていく。


「治癒魔術だ。ある程度の傷は自動で再生する。お前の体は治りやすい。これで多少の無茶は利くだろう」


 それは、ネトゥリエムが北神にかけている治癒魔術と同じもの。

 一人の人間が一度に使える魔術は一種類のみであるため、綺羅にも同じ種類の治癒魔術をかけていることになる。


「その治癒魔術、どういう原理? ほとんど死んでた北神も蘇生できてるし」

「俺の再生機能を一部譲渡している。俺の製造者が開発したオリジナルの術式だ」

「一部ってことは……」

「ああ、俺自身の再生機能はさらに高い」


 ネトゥリエムの言葉通りならば、彼は心臓を刺されても再生できる。或いは、それよりも深い傷でも再生できるということだ。

 治癒と再生。この二点において、ネトゥリエムの性能は常軌を逸している。


「それでも勝てないの? 南視って人には」

「勝てない……というより、勝てなかった」


 高速で夜の道路を駆け抜けつつ、ネトゥリエムと綺羅は言葉を交わす。

 次々と流れていく景色の中で、互いの声だけが鼓膜に残る。


「俺は一度やつに負けている。その影響で、今は万全の状態じゃない」

「治り切ってない傷がある、みたいな?」

「いや、因子を壊された。二つな。もう二度と治らない」


 人型合成獣の製造法は多岐に渡り、これといったセオリーは存在しない。セオリーを確立させて良いような技術ではない。

 だが、敢えて最も普遍的とされる方法を上げるならば、他の生物の遺伝子を魔力的な因子に変換し、人間の体内で安定させる手法だろう。

 その因子を活性化させることで、瞬間的に生物の特性を表出させることを可能とする。

 この手法で作られたキメラヒュームは、平時は人間の姿をしていながら、好きなタイミングで体内の因子に応じた生物の特性を扱える。

 ネトゥリエムもこのタイプに近く、元々は体内に五つの生物因子を内在させていた。

 アホロートル、ハゲワシ、ベニクラゲ、アリゲーター、ヤマアラシ。

 これら五つの因子を持っていたネトゥリエムだったが、南視の襲撃を受け、激戦の末に敗北。

 五つの生物因子の内、ハゲワシとアリゲーターの二つを破壊されることとなった。


「今の俺に残ってる因子は三つ。アホロートルとベニクラゲとヤマアラシ。万全の状態で勝てなかった相手に、戦闘向けの因子を二つ欠いて勝てる道理は無い」


 キメラヒュームについての知識をほとんど持たない綺羅は、ネトゥリエムの話をイマイチ理解できていない。

 それでも、一つだけ確かめたいことがあった。


「アホロートルって何?」

「ウーパールーパーだ」


 確かに、それはダメそう。

 そう思った綺羅だったが、口には出さなかった。

 実際の所、アホロートルは脊髄や心臓なども再生できる生物であり、ネトゥリエムの再生能力はアホロートル由来の能力である。

 北神の通学路を走り続けること数分、綺羅とネトゥリエムは高校の正門へと続く上り坂にまで辿り着いた。


「見えてきた……!」


 ついに視界に入った高校の校舎に綺羅は声を上げる。

 北神を背負ったまま、校門への坂道を一気に駆け上がろうと地面を踏みしめた瞬間、横合いから飛来してきた影が、綺羅に襲いかかった。


「――――っ!」


 首筋にまで迫った刃。

 死を確信した綺羅を救ったのは、ネトゥリエムが割り込ませたヤマアラシの針だった。

 ネトゥリエムの針が南視の剣を受け止めていられたのは、一秒にも満たない刹那の間。

 その間に綺羅は光速躯体を起動して跳び退き、南視の斬撃を回避した。


「走れ!」


 ネトゥリエムに言われるまでもなく、綺羅は駆け出していた。

 光速躯体による加速を惜しみなく使い、正門へと続く坂道を駆け上がっていく。


「なるほど、速い」


 スピードを活かした逃げの一手に出た綺羅に対して、南視は伐空を放つ。

 瞬きの間に三度振られた剣。三条の飛来する斬撃が、綺羅の背中に迫る。

 綺羅がそれを回避できたのは、裁架との戦闘経験によって養われた直感故。

 正門を飛び越えるように跳躍した綺羅を、三つの斬撃は捉え損ね、道路と正門と学校の塀をそれぞれ両断する。

 南視の伐空によって割られた道路。モーセの海割りを思わせるアスファルトを背に、南視は背後から斬りかかってきたネトゥリエムの針を、背面に回した剣で受け止める。


「後ろは見えてないとでも?」


 三日月南視は極度の弱視。

 視覚で以て外界を認知することはほとんど不可能であり、辛うじてぼんやりと色彩を把握できる程度。

 故に南視は、音の反響や空気の流れ、魔力探知などを用いて周囲の状況を認識している。

 彼女の認識能力は視力のある一般人よりもずっと高く、むしろ死角が無い分、より広範囲の状況をより高精度に把握できる。

 背後からの奇襲というのは、三日月南視にとって全く無意味な行動だ。


「本命はこっちだ」


 針を南視に防がれたネトゥリエム。

 南視の剣術の凄まじさは、彼自身が一度よく味わっている。

 一秒後には返す刃がネトゥリエムを切り刻んでいることは想定済み。

 滑らかにネトゥリエムの針を受け流し、流れるようなカウンターで彼の右腕を落とした南視。

 だが、切断されたネトゥリエムの右腕。その切断面から大量の触手が溢れ出し、一斉に南視へと襲いかかった。


(斬れば毒液が溢れ出す。斬らなければ刺胞に刺される。お前がどう動こうと、ベニクラゲの毒がお前を蝕む)


 蠕動するベニクラゲの触手は、その毒を多分に含んだ刺胞。

 刺されれば体内に毒を直接注入され、斬撃で防げば飛び散った毒液が降りかかる。この至近距離では回避も難しい。

 南視が選んだのは迎撃。

 旋回するような軌道で剣を薙ぎ払い、無数の触手を一刀の下に斬り払う。

 触手が破壊されたことにより、その内部に蓄えられていた毒液が溢れ出す。グロテスクな色味の液体が南視に降りかかる、寸前――――

 南視は剣をさらに一閃。空振りした風圧によって、毒液を吹き飛ばした。


「密着してないなら、風で散らせますからね」


 刹那の内に剣を二度振る早業によって、ネトゥリエムの策を正面から打ち破った南視。

 そのまま続けざまに刃を翻し、大量に蠢く触手の向こう側、ネトゥリエム本体の肉体も斬り伏せた。


(……?)


 奇妙な手応えに、南視は顔を歪める。

 さらに剣を振り抜き、半透明の触手群を完全に斬り払う。

 触手群にはネトゥリエムの魔力が意図的に込められており、それを至近距離で感じていた南視にとっては、視界を覆うベールのような役割を果たしていた。

 至近距離の魔力源を完全に取り払った今、南視はネトゥリエムの意図を悟る。


「触手は囮ですか。結構、器用なんですね」


 ネトゥリエムは触手群を生やした右腕をさらに自切。

 自身の魔力を込めて囮にし、逆に自身は魔力を潜めることで南視の魔力探知を欺き、既に校舎内へと移動を開始していた。

 伸ばした触手を五階教室の窓枠に引っかけ、それを引っ張ることで五階の高さまで跳躍。

 窓を蹴破って、五階の教室へと侵入した。

 ネトゥリエムは右腕を再生しながら無人の教室を駆け抜け、そのまま廊下へと出る。

 そこで、五階まで階段を駆け上がって来た綺羅と合流した。


「階段は!?」

「向こうの突き当たり!」


 学校の構造上、一階から五階までは一つの階段を上って移動できるが、その階段が通じているのは五階まで。

 五階から屋上に上がるには、一度廊下の突き当りから突き当りまで移動し、五階から屋上に通じる専用の階段を使う必要がある。

 ネトゥリエムと綺羅は廊下を疾走する。

 廊下を中ほどまで走り抜けた所で、背後から聞こえたガラスの割れる音。

 高さ五階まで跳躍した南視が、窓を破って校舎内に入って来た音だった。


「伐空」


 南視は廊下に出るよりも先に、壁越しの伐空を廊下へと放った。

 状況把握を視覚に頼らない南視だからこそ可能な、壁越しに飛来する斬撃。

 完全に意識の外からやって来た斬撃だったが、ネトゥリエムはギリギリで反応。

 ヤマアラシの針を剣として創出し、迫り来る斬撃を何とか弾いた。

 しかし、それでも足は止まる。

 南視の伐空を防御するには、それなりに防御行動が要求される。地面を踏みしめ、魔力で針を強化し、斬撃の位置を読み外さないように集中して防御しなければいけない。

 逆に南視は移動の片手間に伐空を放てる。

 廊下を走り抜けた勢いのまま、屋上への階段を駆け上がるはずだったネトゥリエムと綺羅。

 二人の足が伐空によって止まったことで、彼らは体験することとなった。

 長く続く三日月家の歴史の中で、最強と謳われる剣士の絶技を。


「     」


 瞬間、世界から音が消える。

 南視の強烈な殺気に当てられた綺羅とネトゥリエムは、咄嗟に防御を試みる。

 何が来るのか、どんな攻撃が来るのか。それさえも分からないまま、本能が鳴らす警鐘のままに、それぞれが得物を構える。

 創出したヤマアラシの針も、懐から取り出した短刀も。

 彼女の前では意味を為さない。


「え?」


 綺羅が視認できたのは、彼女が披露した絶技のほんの一部。

 廊下に出て居合じみた構えを取った南視。直後、彼女の斬撃を受けて真っ二つに切断される、ネトゥリエムの姿だった。


「今度は死にましたか? キメラヒューム」


 無残に割られた針と共に、縦に両断されたネトゥリエムの体が床に落ちる。

 脳天から股下までを一直線。綺麗に切断されたネトゥリエムは、二つの肉塊となって廊下に転がる。

 ネトゥリエムが動かないことを音と魔力探知で確認した南視は、攻撃対象を綺羅へと移す。

 北神を背負ったまま立ち尽くす綺羅。左手に短刀を握りしめたまま、南視から逃れるように後方へと跳躍する。

 綺羅の後退よりも、南視の踏み込みの方が早かった。

 流れるようなステップで迫る南視は、振り下ろす剣の一撃で背中の北神ごと綺羅を叩き斬りにかかる。

 極度の弱視でほとんど見えていないはずの淡い双眸と、綺羅は目が合う錯覚を覚えた。


(死ぬ――――)


 本能的に悟る。

 圧倒的な力の差。頂点捕食者と小動物が如き、絶対的な上下関係。

 埋まるはずのない絶対的な力量差を前に、綺羅は脳天を割られて死ぬ。

 その未来を阻んだのは、南視の背後から伸びた針。

 綺羅を叩き斬るはずだった剣。その柄を握る南視の手の甲を突き刺した、キメラヒュームの針だった。


「本当、呆れた再生力ですね。楽には死ねませんよ」


 体を真っ二つに裂かれて尚、再生して立ち上がったネトゥリエム。

 最早ボロ布当然と化した白衣を纏って、ヤマアラシの針を南視の右手に突き刺している。

 南視の手の甲から、ツーと一条の血が流れた。


「言っただろう。死なないことには定評があると」


 不死を思わせる再生力を以て、ネトゥリエムは南視に食らいつく。

 その目には、確かな熱が宿っていた。

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