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君を描いて、七等星  作者: 讀茸


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第十七話 逃亡戦

 疾走。

 縦に割れて崩壊する北神宅を背に、ノルニルを抱えた綺羅は走る。


「今の何!? 魔術!? 当たったら死んでたけど!」


 北神宅を丸ごと切り裂いた斬撃。

 あまりに荒唐無稽な出来事に、綺羅は思わず叫ぶ。


「さっきの声……ミナミだわな」


 ノルニルは何か知ったような雰囲気で神妙な顔をする。

 その真意を綺羅が確かめる前に、北神を抱えたネトゥリエムが追いつて来た。


「あの剣士はミナミと言うのか」

「ミナミが来てるなんて、詰んだかもしれないわな」

「ミナミって誰!?」


 夜の街を駆けながら、話についていけない綺羅は叫ぶ。

 ネトゥリエムとノルニルは刺客について知っているようだったが、綺羅にとっては正体不明の襲撃者だ。

 今の所分かっているのは、剣士であること、滅茶苦茶に強いこと、という二点だけだ。


「三日月南視。三日月家で歴代最強の剣士だわな。……もしかすると、世界でも最強かもしれないわな」

「世界、最強……?」


 分かりやすい肩書きに、綺羅は半信半疑の声を漏らす。

 七鉈家やら三日月家やらの家系も、力を持っているのは国内に限った話。

 世界にはもっと大きい組織や派閥が存在している。

 そんな最中、世界最強だなんてスケールの大きい話を聞かされても、そう簡単には受容できない。


「誇張表現とは言えないな。こと剣の扱いに関しては、この時代随一だろう。俺がここ数日息を潜めていたのは、やつに見つからないためだ。綺羅が致命傷を負った時は治療に出向いたが……やつの目に留まらないか肝を冷やしたな」


 ネトゥリエムが逃げ隠れるしかないほどの強敵。

 ネトゥリエムの脅威度を知らない綺羅には知り得ぬことだが、キメラヒュームを防戦一方に追い込むことの凄まじさは、その道に通じる者ならば一目瞭然だ。


「ちなみに、キタガミと同じ部活の先輩だったわな」

「え! 北神の彼女!?」

「付き合ってはなかったわな」


 綺羅にとっては非常に重要な情報が飛び出した気がするが、今はそれについて追及していられる状況でもない。

 「付き合って()なかったってどういうこと?」「付き合ってなかっただけで、結構良い感じだったの?」とノルニルを問い詰めたい衝動に駆られた綺羅だったが、どうせ海外逃亡してしまえばこっちのものだということで口を閉じた。


「色々あって、ミナミにキタガミと過ごした時の記憶は無いわな。だから説得は無理だわな」


 北神との関係はともかく、今の南視に交渉や説得の余地は無い。

 可愛い後輩のために見逃してください、と言える状況でもないわけだ。


「じゃあどうする? このまま高校まで走って逃げ切るんで良いの?」

「そうできれば良いが、やつの足をチギるのは無理だ。どこかで交戦する必要はある。とはいっても、正面からやり合えば一分でミンチにされる。上手くいなしながら高校の屋上まで逃げ切り、転移門に飛び込むしかないだろう」


 基本的には逃げの姿勢。

 しかし、純粋な鬼ごっこで勝てるはずもないので、正面戦闘にならないように牽制しつつ、高校の屋上まで走る。


「精霊擬き、魔術はあとどれだけ使える?」

「今はほぼ無理だわな。北神が回復しない限り、ニルの力もカスっちいままだわな。そもそも、ニルの魔術はミナミと相性が悪いわな」


 ノルニルは北神と契約している関係上、その力も北神の状態に大きく左右される。

 北神が瀕死に近い状態にある今、ノルニルが扱える力も大きくスケールダウンする。


「なら北神の精神世界で休眠状態に戻れ。少しでも力を蓄えろ」

「休眠状態のニルに接触する方法は基本的に無いわな。浅めに眠っておけばキタガミの呼びかけが届く可能性はあっても、キラ達の声は絶対聞こえないし、ニルも外の状況を把握できないわな。一度キタガミの精神世界に戻ったら、キタガミの意識が戻るまでニルは絶対出て来れないわな。それでも良いわな?」

「良い。北神は心臓を刺されていたが、傷自体の深さはそこまででもなかった。この調子で治癒魔術を回しておけば、そう長くない内に治療は終わる」

「了解したわな」


 ネトゥリエムとの作戦会議の後、ノルニルはふっと姿を消す。

 まるで幻であったかのように消え失せたノルニルだが、実際は北神の精神世界に帰還して、浅い休眠状態へと突入したのだ。

 これで当分の間は、ノルニルの精神魔術に頼ることはできなくなった。

 ネトゥリエムと綺羅の二人だけで、三日月南視から逃げ切らなくてはならない。

 足を緩めずに疾走する二人。ふと、ネトゥリエムが綺羅に北神を投げ渡した。


「ちょっ! 危なっ……!」


 危うく北神を落としそうになった綺羅だが、何とかその細い体を受け止めた。


「投げる前に何か一言くらい――――」

「お前が北神を取り零すことはないだろう」


 断りも無く北神を投げて寄越したネトゥリエムに文句を言おうとした綺羅だったが、彼の意外な言葉に遮られた。

 それは、信頼のような何か。

 ネトゥリエムと綺羅が顔を合わせるのは今日が初めてだが、ネトゥリエムは特殊な手段を用いて綺羅と北神を観察してきた。


「もうじき追い付かれる。やつと直接やり合うのは、再生能力を持っている俺が適任だ」


 夜道を全力疾走する最中、ネトゥリエムは告げる。

 それは無機質な作戦のようでいて、どこか感情の滲んだ言の葉。


「北神を頼んだ、綺羅」


 綺羅は一瞬目を丸くする。

 直後、頭上に感じた強烈な殺気。ネトゥリエムと綺羅は同時に上空を見上げる。

 そこには、少女が舞っていた。

 夜空を背にして、居合の形に剣を構える少女。月光を浴びる少女の瞳は、白と見紛うほどに淡い空色。

 透明に澄んだ瞳は、地上からでもくっきりと見えた。


「伐空」


 夜道、斬撃の雨が降る。

 際限無く浴びせられる刃の嵐は、さながら天変地異のようだった。

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