表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雑なコラージュ写真

作者: 神谷カラス

 二十年ほど前の話。


 私の通う中学校ではある噂、占い、迷信が流行していた。


 自分の好きな人の全身写真と自分の映る全身写真を両隣になるように張り合わせ、常に持ち歩いていると、意中の相手とお付き合いができるという、今思うと可愛いものだった。


 どのぐらい流行っていたかというと、普段からモテている男女以外にも写真を撮影する生徒が増え、隠れてカメラを持ち込む生徒を注意するため、全校集会や親への説明のプリントが配られるなど、随分大ごとになっていた。


 私自身はそのコラージュを作った憶えもないし、写真を撮らせてほしいと言われたことも無い。しかし、友人のA君が随分その迷信を信じていた。私は、彼が意中のBさんにいつ写真を撮らせてほしいと願い出るのか気したり、本人でもないのに毎日そわそわとした気分であった。そういう意味では私も流行に感染していた生徒の一人だった。


 ある日、A君がBさんの写真を手に入れ、念願のコラージュを作ったという。私は写真はどうやって手に入れたのか聞いてみた。すると、彼は買ったのだという。迷信のはびこる時、こういった商売は生まれるのだろう。今ならそう思えるのだが、当時は幾分かの不快感を持った。


 しかし、A君は照れながらも嬉しそうな顔でその写真を見せてくれた。


 恐らく母親に取ってもらったであろう写真。A君の自宅前で彼は無表情で映っている。夕暮れ時だったのか、どこか薄暗い。


 その右隣、ハサミで切り取られた跡とテープとでへだてられた先にBさんの姿があった。A君とは対照的に、学校で撮られた物だろう。明るい日差しに照らされ、少し白すぎるように見えたが、どこか照れ笑いを浮かべている。ごく普通の女の子であった。


「よかったね」


 私はそう言った。多少の不快感はもう薄れ、真実そう思って彼に伝えた。


「うん、これで少しは希望が持てそうだよ」


 そう言った彼の表情を見ると、本当に希望があるような気がしたし、こういった迷信や呪術はバカにできるものではない。本当に人の行動を縛ることができるのだ。当時の私がそう思っていたわけではないが、何か期待を感じさせる雰囲気があった。


 事実、この写真は彼を変えた。


 服装から、髪型から、バッグ、小物に至るまで、当時学校で流行っていたものを揃え、いわゆる「一軍」と言われるような生徒たちと交友関係を持ち、その素朴な、暗い少年像は霧消した。


 当然私との会話も減り、目を合わせる機会も減った。寂しくもあったし、恋をすることでこんなにも人は変わるのかという驚き、そして羨望の気持ちがあった。私と彼との間に大きな壁が出来たのである。


 それから一月後、A君がBさんに告白したと聞いた。振られてしまったようだ。


 BさんはA君がよく付き合っていたグループの男子と既に交際していたらしく、なにやら一悶着あったらしい。それも噂でしかない。私はA君のことが心配であった。


 ある日、A君が私に久しぶりに声をかけてきた。廊下で後ろから声をかけられたのである。


「久しぶり」


 どこか気の抜けたような、何かを諦めたような顔をしているA君が言った。


「これ、燃やしといて」


 彼は私に何かを押し付けると、すぐにその場から立ち去った。


 例のコラージュ写真であった。


 本当に毎日持ち歩いていたのだろう、手あかがつき、少し皺の寄った写真。


 彼の強引さや我儘に腹を立てつつも、私は同情心が生まれるのを感じた。彼も必死に努力したのだ。しかし、報われなかったのだ。多少のことは大目に見よう。そう思った。


 私はその写真を自室の机で改めて眺めていた。


 確かに時間が経って汚れている。しかし、A君の隣にこんな黒い人影のような跡があったろうか。


 写真の上から何らかの加工をした様子はない。不思議に思ったが、すぐにそれを打ち消し、写真を引き出しにしまった。今度の休みにでも、燃やしてしまおうと思っていた。


 しかし、私はその写真のことをその後すっかり忘れてしまったのである。私は私で懸命に生きていたからだろうか、ただ単に怠惰なだけだったのだろうか。


 写真のことなどすっかり忘れ、半年以上たち、進級した私とA君はますます疎遠になった。


 ある日、街で買い物をしていると、偶然B君とその彼女に出会った。私は恐怖で固まってしまった。


「久しぶりだな。色々迷惑かけてごめんな。それじゃ」


 B君はそれだけいうと彼女をつれて離れて行った。


 B君に対しては何の感情もない。それよりも彼女の方だ。


 黒いスプレーをかけられ、モザイクのように暗い女だった。


 私はすぐに帰宅し、机にしまってあった写真を確認した。


 あの黒い影が、A君に寄り添い、彼の肩に頭をのせていた。本当の恋人のように。


 私はすぐに写真をライターで燃やし、何事も無かった、ということにした。



 今でも時々、私は男性に寄り添う黒い影を見るのである。それが何者であるのか、同一の存在なのかはわからない。ただ、どうやらそれが愛おしそうな様子で男に寄り添っているのは共通しているらしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ