episode1.思い出の妖怪 6
「……水野?」
「え、ええ、そうですけど」
どもりながら私は答えます。
水野って名字、なんか変かな……?
「リマちゃん……って言うのかい?どんな字を書くの?」
「え、えっと、里帰りの里に、真ん中の真です」
「そうかぁ……とってもいい名前だねえ…」
と夏彦さんは言いました。
なんだか夏彦さんの表情は何処となくぎこちなく見えます。
どこか遠くを見つめているような、そんな表情でした。
「歳はいくつなの?」
「えっと、今年で19になりました」
「あのバーさんからなにか聞いてる?」
私を覗き込むように夏彦さんは聞きました。
「あー、と、梢枝さんですか?一応、人材派遣の事務だって」
「いやいや、そーじゃなく…え、それしか聞いてないの?……てか梢枝さんって呼んでるの?ウケるね」
何が「ウケる」なんでしょう。
……あー、もしかして名字で呼ばないから「ウケる」なんでしょうか?
いやでもそもそも私が「梢枝さん」呼びなのは、向こうがそう呼んでくれと言ったからで……。
しかも私、梢枝さんの名字知らないし……。
と考えはしたものの、いつものように口に出すことはしませんでした。
私が黙っていると、
「あーはいはい、なるほどなるほど」
と夏彦さんは一人で勝手に納得していました。
……何が「なるほど」なんだ…。
「里真ちゃんはさ、ご家族、いる?」
不意に夏彦さんが聞いてきました。
こういう系の質問は正直苦手です。
聞かれる事自体が苦手なんじゃなくて、答えた後の相手の気まずそうな顔だったり、同情するような空気が苦手なのです。
「えっと、両親は居なくて……」
私は一応正直に答えます。
「お、そうかぁ、僕も居ないんだよ」
と夏彦さんは予想外な切り返しをしてきました。
あまりに想定外の出来事だったので私は、
「あー、えっと、へー……」
と、なんとも間の抜けた返事をしてしまいました。
夏彦さんは気に障ることもなく、
「へーってなんだよ、へーって」
と笑っていました。
「それで里真ちゃんはさ……」
と夏彦さんが続けた時、私は異変に気付きました。
白いテーブルに、ポタポタと何かの雫が垂れています。
私は夏彦さんの顔を見ました。
夏彦さんはうつむきがちにしていましたが、間違いようもなくその雫は、夏彦さんの目から落ちているものでした。
こんなことは本当に文字通り生まれて初めての事なので、私はどうしたらいいのか全くわかりませんでした。
私の視線に気付いたのか夏彦さんは、
「ああ、ごめんごめん」
と言いながら袖で顔をぐいっと拭きました。
両親が居ないということが未だにショックということなのでしょうか。
私はだいぶ慣れたというか、元からいないというか、知らないのでなんとも言えませんけれど…。
両親がいないという点では一緒かもしれませんが、この手の話に関しては、むやみに突っ込まない方がいい、というのは施設育ちの私は嫌というほど思い知らされています。
もしかしたら夏彦さんは、私にも想像が付かないような、複雑な事情を思い出しての涙なのかもしれません。
もしそうだとしたら、思い出させてしまってなんだかとっても申し訳ないです。
なんで私が申し訳ない気持ちになるのかは分かりませんが申し訳ないです。