episode1.思い出の妖怪 5
翌日、私は施設の卒園式のお祝いに貰ったスーツを着て最寄りのバス停にいました。
もうそろそろ7月に入ろうとしているだけあって、日向にじっとしていると玉のような汗が出てきます。
日陰に入ろうにもここのバス停には屋根どころかベンチすらありません。
私は出来るだけバス停の影に身体を隠します。
梢枝さんが紹介してくれた会社は私の住んでいるアパートからバスで10分ほどの場所にありました。
バス停から歩いていける距離で、すぐ近くにコンビニがありました。
梢枝さんから貰った住所を頼りに歩いていると左手側に「夏彦特殊人材派遣センター」と書かれた看板のビルを見つけました。
「特殊人材派遣」というものがなんなのか、いまいちよくわかりませんが、とにかくこのビルの1階で間違いなさそうです。
1階部分はガラス張りになっていて、中には会議室とかでよく見るような細長いテーブルが一つと、椅子がいくつか並べられています。
パッと見はアパートを紹介するような、不動産会社のように見えます。
私は携帯で時刻を確認しました。
15時5分前。
約束の時間は15時なのでそろそろ入らないとまずいです。私は大きく深呼吸をしてドアを開けました。
ドアの上部についていた鈴がカランカランと鳴ります。
奥から「はいはーい」と声が聞こえました。
奥のドアから出てきたのは、20代後半から30代前半くらいの、細身の男性でした。
作業着のような…えっと、こういう服をなんというんでしたっけ?
上下が繋がっている……作務衣?みたいな服に麦わら帽子という、なんとも言えないスタイルの男性でした。
顔は結構整っているのになぁ。
と私は少し失礼なことを考えました。
麦わら帽子の男性は「どうぞこちらへ!」と白いテーブルの前の椅子を引いて笑顔でこちらを見ました。
笑顔と言っても、目の奥は笑っていないような気がして、私は少し怖くなりました。
とりあえず言われた通りに座ることにします。
男性はテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座りました。
「初めまして、夏彦と言います。今日はどんなご要件で?」
と夏彦さんは白い歯を見せました。
「えっと、あの、面接に来たんですけど……」
例によってどもってしまう私。
いい加減普通に言えるようになりたいんですが。
夏彦さんは急に真顔になりました。
「え、面接……?えっと……あれ……?」
携帯を取り出す夏彦さん。
私は少し不安になりました。
10秒ほど経って夏彦さんは「あーはいはい」と頷き、
「あー、ちょっと待っててねぇ」
と何処かに電話をかけました。
私はかなり不安になりました。
「おいおい、バーさん、普通メッセージに既読つかなかったら電話くらいするだろ〜!」
と、目の前で夏彦さんはちょっと笑いながら大きめの声で話していました。
おそらく、いやほぼほぼ、梢枝さんと話しているのだろうな、と私は思いました。
多分、梢枝さんがメッセージで送ったけれど、夏彦さんは見てなくて、そんな大事なことは電話しろよ!と言った感じでしょうか。
私的にはどっちもどっちじゃないかなと思いましたけど。
「ああ、もう来てるよ。もう一人欲しいのは本当だから。こっちで詳しく話を聞くよ。うん、じゃあ、また」
そう言うと夏彦さんは電話を切ってからふう、とため息を吐いて身体をこちらに向けました。
「いやぁ、ごめんね。話が伝わってなくてさ。でもせっかく来てもらったし…あ、履歴書ある?」
「あ、はい、全然、大丈夫です」
そう言って私は履歴書を取り出して夏彦さんに渡します。
「ありがとう。ところで君、名前は?」
夏彦さんは受け取りながら私に聞きました。
「えっと……水野、水野里真と言います」
私がそう言うと夏彦さんの手がピタリと止まりました。