episode1.思い出の妖怪 4
「ほら、上がって上がって」
そう言って梢枝さんは部屋の奥へと進みました。
私は「お邪魔します」と小さく呟いて後に続きます。
初めて上がる梢枝さんの部屋は、なんだかいい匂いがします。
他人の部屋にお邪魔したのは初めてのことではありませんが、やっぱり落ち着かないと言いますか、変な感じがします。
なんと言えばいいのでしょうか、自分の手の届かないところといいますか、勝手の分からない場所、初めてのことや経験に対してどうしていいのか分からなくなるといいますか、つまり私には適応力というものがまるで無いのです。
端的に言うならばキョドってしまうのです。
ああ、なんか傍から見たら不審者みたいじゃないですか私、恥ずかしい。
まあ否定はしませんけど。
というかできませんけど。
私はそんな事を考えながら梢枝さんが入っていった閉まりかけていた奥のドアを開けます。
間取りは多分、私の部屋よりも圧倒的に広いと思いました。
そりゃそうですよね。
大家さんなんですもの。
流石に1Kの私の部屋と一緒ということはありませんよね。
他のドアをいくつか見ただけで、詳しい間取りは分かりませんが……。
梢枝さんの家のリビングはとても豪華で、それでいてお洒落でした。
普通のフローリングのアパートのはずなのに、天井にはシャンデリアがぶら下がっているし、ソファなんてどこの西洋の城にあるんだと思わせるような貴族が座るような少し、いやだいぶド派手な色と形をしていました。
「さあ座って」
と梢枝さんは言いましたが、私はどこに座っていいのか分からず、リビングに敷いてあるこれまた貴族が使っていそうな高そうなカーペットの端っこにちょこんと正座をしました。
それを見た梢枝さんはふふふと笑って、
「やあねぇ」
と言いながら右手ではたくような動作をしました。
「そんなに遠慮しなくていいって!ほら、ここのソファ座って」
遠慮とかそういうのではなく純粋に私には分不相応だなと思っただけで……と口には出さずに心の中で弁解しつつ貴族のソファに座りました。
貴族のソファと言うだけあって(というより私が言ったのですが)、思ったよりもフカフカしていて、バフッという音とともに私は思わず後ろに仰け反ってソファの背にもたれてしまいました。
恐ろしい。
さすが、貴族のソファです。
「じゃあ、通帳ちょうだいな。コピー取るから」
自宅にコピー機なんてあるのか……。
私は通帳を梢枝さんに渡します。
「来月からさ、家賃振込みにしようと思ってねえ」
別の部屋でガションガションと音を立てながら梢枝さんは言います。
多分、コピー機の音でしょうか。
たしかに今まで手渡しだったのが振込になるのは人と接することが苦手な私からするととても有難いことでした。
少しして別の部屋から梢枝さんが戻ってきました。
「はい、コピーは終わり。ありがとね」
私は「あ、はい」と言って通帳を受け取ります。
「それとねえ」
梢枝さんは私の向かいにあるテーブルを挟んだ先のこれまた貴族の椅子に座りました。
梢枝さんが座ると本当に何処かのおえらいさんのように見えます。
西洋のテーブル、西洋のシャンデリアなのに、着物を着た梢枝さんは見事に上品にそれらと調和していました。
……キレイだ。
「通帳とは別で、話があるんだけどねぇ」
「話……ですか?」
「あなた、仕事辞めたなら私の知り合いの会社で働かない?パソコンとか書き物とか、事務作業ができればそれでいいのよ」
現在ぐだぐだな毎日を過ごしている私からしたら、それはとても良い話のように思えました。
今から自分で仕事を探すのもめんどくさいのでら私はなんとなく話だけ聞いてみることにしました。
「どんな会社なんですか?」
「人材派遣会社よ。私の知り合いが経営してるの。私が連絡しておいてあげるから、早速明日行ってきなさいな」
「え、明日?!」
思わず声が裏返っちゃいました。
「だって早いほうがいいでしょう?」
「で、でも、履歴書とか、写真とか用意しなきゃいけないし…」
私がそう言い返すと、梢枝さんはニッコリと笑って言いました。
「履歴書は私が用意したから、これ使って。紹介なんだから写真は付けなくても大丈夫だから」
どこから出したのか履歴書を出してテーブルの上に置いて梢枝さんは言いました。
これは……計画的に仕組まれたものだ……!
と、気付いたときにはもう遅かったのです。
そんなわけで私は流されるまま、梢枝さんの知り合いだという人の会社の面接へ行くことになったのです。