episode1.思い出の妖怪 3
私はポテチを口に運ぶ右手の動きをより一層早めます。
こんなときは携帯アプリのゲームをこなすのが一番です。
ゲームで心を落ち着かせて、飽きたら動画サイトを漁って、それにも飽きたら再びゲームをする。
こうして今日も一日が無駄になっていくのです。
と、その時「ピンポーン」と家のインターホンが鳴りました。
普段はあまり鳴ることがないので、思わず食べかけのポテチを落としてしまいました。
ああ、どうしよう。
とりあえずポテチは後で片付けるとして、まずはズボンと上着を着よう。
寝るときは下着姿で、というのが基本的なスタイルの私は、今も例によって下着姿だったので、急いでそこら辺に脱ぎ捨てられたズボンとトレーナーを身に着けます。
このアパートのインターホンはカメラがついていないので、私はドタドタと玄関のドアに付いている覗き穴で誰が来たかを確認します。
むむ、この人は1階に住んでいる大家さん、梢枝さんです。
いつも大体着物を着ている60代くらいの品のある白髪のおばあさまを想像してもらえたら、それがもう梢枝さんです。
今日も少し赤みのあるきれいな黄色の和服を、さも当然と言わんばかりに着こなしています。
こういう色を何と言うんでしたっけ。
山吹色、とでも言うのでしょうか。
こういう服装を自然とできるような女性になりたいなぁ…。
床にポテチを散らかしたままの今の私には到底真似できそうに無いですけれど……。
梢枝さんは私が施設の職員さんから紹介してもらった人で、私に両親が居ないこと、施設育ちなこと、内向的な性格で人と接することが苦手なこと、それらをすべて知ったうえで契約してくれている、心優しき人なのです。
少し語気が強いときもあるけれど、いい人だと私は思っています。
いい人の定義は私の中でちょっとあやふやだけれど……。
私は「はーい」と返事をして玄関のドアを開けました。
「こんにちは里真ちゃん、今日はお仕事休みなの?」
梢枝さんが聞いてきたので私は答えようとしますが、うまく声が出せずにどもってしまいました。
「あ…えっと、仕事は、その、辞めちゃって…」
人と話すときは目を見なさい、と学校の先生にも言われた記憶がありますが、見れないものは見れないし、どもってしまうのも仕方のないことなのです。
と私は心の中で言い訳をします。
別に梢枝さんがそう言った訳でもないし、咎められたわけでも無いのですが、むしろ梢枝さんは私のそういうところを知ってくれているので、わざわざ指摘することはありません。
私的には、それはとてもありがたいことでした。
「あら、辞めたの?家賃とか、生活費大丈夫なの?」
と、梢枝さんは首を傾げました。
一応施設にいた頃に貯めていたお金にはまだ余裕があります。
まあ2、3ヶ月くらいは高価な買い物をしなければ乗り切れるはずです。
「あ、あの、はい、一応……」
私は例によってどもりがちに答えます。
「そうなの?ならいいんだけどねえ」
さらっと梢枝さんはそう言って、本来の用事を思い出したように、
「あ、そうそう」
と続けました。
「あと、里真ちゃんいま通帳出せるかしら?」
通帳…?無くさないようにタンスの一番上の引き出しにしまってありますが……。
「あー、はい、出せます」
「じゃあそれ持って下、来なさい」
梢枝さんは言いました。
ん……?下……?
私が意味を理解できずにきょとんとしていると梢枝さんが更に続けました。
「私の部屋よ。ほら早く。」
「え…?あの、今ですか?」
私がそう返すと、
「そりゃそうよ、だって今、ヒマでしょう?」
と言われ、
「あ、……はい……」
としか言えませんでした。
暇かそうでないかと言われたら、たしかに暇ですけれど、ええ、暇ですけれども……!
せめてなんで行かなきゃいけないのか、理由だけでも教えてほしいんですけど。
と心の中で言うだけで口にはせずに私は通帳を取りに部屋へ戻ります。
でも思えばこれが、あなたを知るための、最初の一歩だったのかもしれません。